僕と契約してください!「そういえばさ、知ってる? 監督生とセッ○スするとブロットがなくなるって話」
「聞いた聞いた! あいつ異世界から来て魔法使えないから吸収するんだってな!」
そんな話は聞いたことがありませんが、試してみる価値はありそうですね。
アイスブルーの奥が鋭く光ったことに気づいた者は誰もいなかった。
*
アズールは魔力が高い分ブロットが溜まりやすい。再度オーバーブロットしないように気をつけてはいるものの、モストロ・ラウンジの営業で疲れている日にはなかなか抜けないことも多かった。そんな中聞こえてきた噂話はまさに恵みの雨。あのオンボロ寮の監督生と愛の営みとやらをするだけでブロットがなくなるならこれ以上のことはない。
「という訳でユウさん、僕と契約していただけませんか?」
「……結構です」
「なぜです!? あなたはどこの誰かもわからない輩から狙われることもなくなるんですよ!?」
「……アズール先輩は、何をするかわかった上で言ってるんですか?」
「もちろんですよ。抜かりはありません。陸の人間の方法もちゃんと調べてあります」
「ならどういう関係性で行うかも当然……」
「陸ではそういう行為をするだけの関係性もあるところまで調べてあります」
当然でしょう? と書いてある先輩の顔をみて、ユウはまたひとつため息をついた。誰が流したのかわからないものの、この噂が流れ始めてからは散々な日々だった。知らない人からは行為を持ちかけられ、知り合いからもこっそりどうなんだと声をかけられる。その度に否定をし続けているが状況はよくならないどころか悪化している。
こういうことはてっきり苦手だと思っていたのに、目の前の人は自信満々な顔を崩さない。この話をするための下調べは万全ってことか。それなら……。
「アズール先輩は、そういうことができる人ってことですか?」
「まさか! 人魚は一途なんですよ。心に決めた番としかしません」
「……それって、私のことが好きってことになりません?」
その瞬間、ボンッと音が聞こえるくらい耳まで赤くなった先輩がそこにいた。見事な茹で蛸の出来上がりである。
「そ、そそそんなわけないじゃないですか!」
さっきまでの流暢なプレゼンは一体何だったのかと思うくらい、動揺している先輩はブリッジをあげるがその手が震えている。
「あなたみたいな人を僕がす、好きになるなんてあり得ません!」
だいたいあなたは……なんて語りだしたものの、すべての語尾に「だからそういうところが好きなんです」とつけてもいいくらいに細かい。私すら覚えていなかったことまで覚えているとは。単に記憶力がいいだけではなく、それが良いようにとられているってことはつまり、そういうことなんだろう。
「……では契約は聞かなかったことにしますので、今日はこれで失礼しますね」
「ま、待ってくださ」
最後まで聞く前にVIPルームの扉を閉めた。これ以上はお互いのためになかったことにしたほうがいい。後片付けをしている寮生に挨拶をしながらユウはオンボロ寮を目指した。
*
あれから数時間。念入りに計画したはずの契約が何故うまくいかなかったのか、アズールは頭を抱えていた。双方にとってメリットであることを全面に押し出せば、あの監督生を落とせると思ったのに。もしかして、案外ロマンチストだったのだろうか。だとしたらもっと好意を含んだものにすれば正解だったかもしれない。しかしそうすると契約の関係ではなくなってしまう。
「ねぇねぇ、告白はうまくいったの?」
「……告白? 僕は契約を持ちかけただけですが」
「ユウさんの様子からして、その契約は無駄に終わってしまったようですが……。残念ですね、アズールはユウさんのことがお好きなのに」
「は?」
「おやおや。まさか、まだお気付きではないんですか」
「アズール、最近はずっと小エビちゃんの話してたもんねぇ。小エビちゃんに会えた日は機嫌いいしぃ」
「はい?」
「ユウさんにちゃんとお伝えしたほうがよろしいのでは」
「はぁ!?」
「しかし困りましたねぇ。アズール渾身のプレゼン、もとい告白が効果なかったとは……」
「小エビちゃん、他に好きなひといんじゃね? オレだったりして~」
「そんなわけないでしょう!!」
そもそもこの二人には契約の話なんてしていないはず。それが何故このような事態になっているんだ。
「そもそもお前たちに契約の話をした覚えはありませんが?」
「だって営業終わりにVIPルームに呼び出すなんて告白しかねぇじゃん」
「そうですよ。個人的なお呼び出しに間違いありません」
「だとしても告白とは限らないでしょう」
「最近のアズールは口を開けばユウさんの話ばかり。先程の様子ですと自覚されてないようですが彼女に好意があるのはバレバレです」
「なるほど。事情はわかりましたがユウさんに好意はありません。たまたま最近お会いする機会が多かっただけですから」
「そういってぇ、小エビちゃんに会えるようにこっそり行動パターンを変えてたくせにぃ」
「気のせいですよ」
そう、彼女に気があるなんて何かの間違いだ。
「フロイド。アズールはどうしても認めたくないようです」
「えぇ〜認めちゃったほうが楽なのにぃ」
「認めるも何も最初から好意なんてありません」
もう夜も遅い。二人をVIPルームから追い出しながら自室へと足を運んだ。
*
目の前の監督生はいつもの制服ではなく、清楚な白のワンピースを着ていた。誰もいない海辺で二人きり。自分の眼鏡が彼女に取られて、それを合図にお互いに目を閉じて。それから……。
「は!?」
変な夢を見た。あの二人があんなことを言い出したからに違いない。妙にリアルな感触だったがそんな経験は生まれてから一度もないはずだ。まさかこれが深層心理というやつなのだろうか。いやいやそんなはずはない。
それからどこか調子が狂う日々が続いた。彼女を見かけると胸がキュッと締め付けられるような感覚がするし、気がつくと発言する予定のなかった言葉まで彼女に伝えてしまう。これはもう、嫌でも認めるしかない。
彼女のことが好きなのだと。
自覚してしまえばあとはもう欲しいものを手に入れるだけ。陸の女性が喜ぶ方法を徹底的に調べては試すことの繰り返し。しかし、いくら試しても効果があるようには思えない。彼女は以前と変わらないのに、自分だけが舞い上がっている。それがどうにも悔しい。
「ユウさん。参りましょうか」
いつか見た夢で着ていたワンピースを贈り、調査という名のデートはもう数十回繰り返した。あと何回、次のデート場所を調べればいいのでしょう。
「はい、わかりました」
最初は美味しい食べ物につられて、疑いつつも連れてこられた調査にもずいぶん慣れてきた。洋服をもらったときはさすがに何かを要求されることを覚悟したが、着ていったときの優しい表情に何の疑いも持たなくなってしまった。いまだにエースやデュースには心配されているけど。
アズール先輩と調査に行くようになってからあの噂に振り回されることもなくなった。噂自体はなくなっていないのだろうけど、もしかしたら先輩が何か手を回してくれたのかもしれない。
「ではユウさんはこちらを召し上がってください」
「わかりました」
調査なだけあって好きなものを選べないことが不服だったが、最近は私の好みに合ったものをお願いされることが増えてきた。そういう分析が自然とできるところも努力家の先輩らしい。
美味しい料理について意見を交わして、ついでに街中を散策して。傍から見ればきっとこれはデートなのだろう。でもそういう関係ではないし、先輩のことを知れば知るほど不釣り合いだと思う。
「この近くには海があるんです。よければそちらに行ってみませんか?」
「わかりました」
いつもと同じ返事をして、彼女は頷いた。今なら何を言っても了承してしまいそうな危うさに心配になってしまうのと同時に、それを利用してしまおうとする心の声が聞こえてくる。いや、まだだめだ。でもいつなら?
青い海。白のワンピース。あの日の夢が感情を揺さぶる。彼女が不思議そうな顔で見つめてくるが自分が何を言葉にしたのか、わからない。
「……ユウさん、今度は契約ではなくちゃんと伝えさせてください」
溢れ出る感情がどうか貴女に響きますように。差し出した手に別の温もりが重なった瞬間、自分の中へと引きずり込んだ。