ぼんやりと意識が浮上した。カーテンを引いていても、隙間から漏れる光で今日は良く晴れているのだとわかる。触れ合った古傷だらけの肌の上にも一筋光が差し込んでいた。白い筋を辿るように指先を滑らせる。
そのまま、光の線が終わっても指を離さずに上へと動かした。鎖骨を通って首筋へ、顎を通り過ぎて頬をなぞり、大きな傷を撫でる。その先に見えたワインレッドの瞳に嬉しくなって笑い声が零れた。
「おはよう、ブラッドリー」
返事を聞く前にキスをした。先程指でなぞったラインを逆さまになぞるように唇を落としていく。頬、顎、首筋まで来たところで止められた。呆れかえった顔で額を小突かれる。何してるとは問われても、離れろとは言われないのがうれしい。長い前髪を耳にかける指先に頬をすり寄せれば、ため息を吐かれた。
「鍛錬があんじゃねえのか」
時計を指し示されて目を向ける。飛び込んできた数字に飛び起きた。一気に頭が覚醒する。
「まずい!寝坊だ!」
慌ててベッドから飛び出して床に散らばった下着を手に取った。スラックスを履いてシャツを羽織る。ベルトを探したが見つからなかったので諦めて、洗濯物の山から新しい靴下を何とか見つけ出した。シャツのボタンを止めながらブーツに足を突っ込む。
レノックスもシノも、恐らくこの時間ならもう部屋を出ているだろう。もう少し早く起きるべきだったと反省するのは後回しだ。シャツのボタンを下までとめて上着に腕を通す。何とか準備は出来たと息を吐いた。
最後にシャツと上着に挟まれた髪を引っ張り上げて、まだ髪留めをしていないのに気が付いた。いつもの定位置に目をやって、見慣れたものがないのに少し焦る。無くても外には出られるが鍛錬をする時にはしておきたい。服と一緒に床に投げてしまったかと視線を落とした。
「探してんのはこれか?」
笑い交じりの声に振り向くと、ベッドの上で身を起こしたブラッドリーが髪留めを掌で転がしているところだった。そこでようやく、昨夜どうやって髪をほどかれたのか思い出して少し気恥ずかしくなる。全く見当違いの場所を探していたらしい。
ありがとうと指を伸ばすが、髪留めに辿り着く前にひょいと避けられてしまった。
「いいじゃねえか、まだゆっくりしてろよ」
「だめだ。二人を待たせるわけにはいかないだろ」
渡してくれと手を差し出したが、今度は呪文と共にふわりと浮き上がってどこかに飛ばされてしまう。思わず声を上げると笑い声が追いかけてきた。いつものカインをからかう顔で、シャツのボタンを軽く叩く。掛け違えていたところが元通りになった。
「あんな遊んでなけりゃ、もっと余裕があったのになあ?」
「それは……」
反論しようとして口ごもる。仕方ないだろと目を反らせば、言ってみろと楽しそうな声が言う。その手に再び髪留めが戻ったのを見て、観念して口を開いた。
「あんたの腕の中は安心して気が抜けるんだ」
だから寝過ごしちまう、と言う声は少し小さくなってしまった。子供っぽいのはカインが一番わかっている。からかわれる前に髪留めを、と顔を上げて、予想以上に機嫌のいい表情にぶつかってちょっと怯む。
だけど、カインと呼ぶ声は甘く、腕を引き寄せる指先は優しくて。近づいた唇を拒否することは出来なかった。
今度は朝まで起こしといてやる、という言葉には、はっきりと首を振っておいたけれど。