不意に動きを止められた。袖を捲ろうとした中途半端な体勢のまま、眉をひそめる。さすがのブラッドリーも予想のつかなったタイミングだったせいで、カイン相手に易々と行為を阻止されてしまった。
何のいたずらだと視線を上げれば、赤茶の髪が乱れるほどに焦った顔が見えて面食らう。
「……何やってんだ、てめえは」
「いや、その、えーっと……」
もごもごと意味のない言葉を呟いて、そっと顔を背ける。その頬が少しずつ赤く染まるのを見て、ふと数日前の夜を思い出した。あの時は随分楽しく遊んで、ぐずぐずになったカインに思い切り爪を立てられたのだ。場所は、そう、丁度今爪の色が変わるほど力が込められている掌の下だった。思わず笑い声を零せば、拗ねたような目に咎められる。
それに怯むはずもないが、この状況を楽しまない手もない。
軽く腕を引けば、ぶすくれた顔がすぐ傍までやってくる。小さく膨らんだ頬にキスして、額を擦り合わせた。乱れた赤茶の髪が目尻に当たる。
「何かあったのか」
「……あんた、わかってて言ってないか?」
「当然だろ」
これで何もわからない方がおかしい。やるならもっと上手くやれ、と言えば、むっとした唇が鼻先に噛み付いた。抗議にしては弱く、甘えるにしては強い力にカインの心情がよく現れていて笑うしかない。いつも以上にわかりやすいのは、久しぶりの休暇だからだとよく知っている。こんな子供のような戯れを終わらせることが出来ないブラッドリーも、考えるまでもなく同じ穴の狢だ。
そっと唇を離したカインが先を期待するように見つめてくる。応えてやろうと唇を寄せれば、むずがるように逃げられた。いつもなら顎を掴んで引き戻してやるところだが、腕を掴まれていては叶わない。と、いうことにしておいてやる。
「逃げんなよ」
「逃げてない。そんな気分じゃないだけだ」
「俺はそんな気分なんだよ。いいだろ?」
なあカイン、と甘くやさしく声を掛ければ、肌に触れる指先が小さく揺れた。僅かに力が緩み、はっとしたようにまた強く握られる。引き結ばれた唇は、絶対に絆されないと言っているのと同義だ。だからこそ逃げられないのだと、知っていて同じことを繰り返すのだから仕方がない。
顔を背けた拍子に目の前に現れた頬に、甘えるように擦り寄ってやった。赤く染まる耳元に囁く。
「さみしいことすんなよ、カイン」
こっち向けよと耳朶に唇を落とした。首筋に、頬に、髪を鼻先で掻き分けて目元にも。じゃれつくようにキスをして、更に腕を引き寄せた。いつもより高い体温が触れ合う。
「折角休み合わせてやったのに、顔も見せてくんねえのか?」
そう言ってやれば小さな唸り声が聞こえ、ぱっと腕が離された。そのまま、ぶつかるように抱きついてくる。ずるい、いじわる、といつも通りの文句を一通り言って、それから急に静かになった。控えめに裾を引かれる。
「その、……ごめん」
「それはどっちにだ?」
未だはっきりと痕の残る腕にか、思い切り拗ねて甘えた時間にか。
どっちも、と呟いた指先が、腰を抱く腕に触れた。しおらしい様子でそっと傷跡を撫でる。
「痛かった、よな」
「問題ねえよ。男の勲章だろ」
笑い混じりの言葉に、指の動きがぴたりと止まる。
「なあ、もしかして……誰かに自慢とか、してないよな?」
恐々と顔を覗き込まれて、思わず笑い声を上げてしまった。ベッドの中の恋人の様子を教えてやるほど、ブラッドリーは優しい男ではない。勿論それをカインに言うつもりはないが。
さあな、とわかりやすくはぐらかした台詞に、カインが焦って服を掴んだ。