炭酸水と氷の入ったビニール袋を下げながら、部屋の鍵を開けた。カバンの中には友人に貰ったウイスキーのボトルが鎮座している。興味本位で買ったものの、あまりに癖が強すぎて飲めないからと渡されたものだった。カインもウイスキーはほとんど飲んだことはないのだが、友人と同じく興味をひかれてしまって引き受けた。さすがにロックで飲む勇気はなかったので、ハイボールを作るための材料を買ってきたところだった。
ただいま、と告げた言葉におかえりと返ってくるのにも慣れた。一人暮らしだったはずの部屋には、見慣れた白黒の髪が当たり前の顔をして座っている。カインが朝家を出た時と変わらぬ様子にため息を吐く。
「今日、四限あるって言ってなかったか」
「休講だったんだよ」
悪びれる様子もなくそんなことを言われるが、完全に嘘だ。
「俺が同じ講義受けてるって忘れてないか?」
荷物を下ろしながら顔を顰めても、ブラッドリーは自主性があっていいだろと適当なことを言うだけだった。つまりはサボりである。レポートさえ出せば単位は取れるので必ず出席しろと強く言えないのがもどかしい。これでいて、レポートの出来はカインより上だ。もう一度ため息を吐いて、次はサボるなよと釘を刺す。あんまり意味があるとは思えなかったが。
ブラッドリーは生返事をしながら、勝手にカインのカバンを開いてウイスキーを取り出している。ぱっと顔が輝いた。
「結構いいやつじゃねえか!」
「飲むのは俺だけだからな」
まだ二十歳になってないだろ、と言い添えてやる。カインの誕生日は八月、ブラッドリーは十二月。今はまだ九月だからブラッドリーには飲酒の権利は与えられていない。
次は講義に出ると形だけでも約束してくれればウイスキーを明日に回したが、ああも聞き流されればそんな気も起きなかった。少しぐらい仕返ししたっていいだろう。
小さなキッチンから一つだけグラスを持ってきて、たっぷり氷をいれ、ウイスキーと炭酸水を注ぐ。軽く混ぜて、ふと顔を上げた。ブラッドリーがやけに静かだ。
ぱちりとぶつかった視線は、思っていたよりずっと冷静だった。
「早く飲めよ」
「あ、ああ」
何か企んでいそうな気もするが、進められたままにグラスに口を付ける。鼻に抜けた香りに目が丸くなった。酒に詳しくないカインには表現が難しいが、確かに物凄く癖がある。だけど何だか妙に気になる味わいだった。もう一口、と飲み進めて、気づけばグラスが空になっていた。
「次はロックで飲んでみろよ」
「そうだな、やってみるか!」
ロックはかなり上級者向けのような気もするが、好奇心が勝った。氷とウイスキーだけをグラスに入れて口を付けた。先程より強烈に感じる癖に少しだけ顔を顰めてしまった。まだ早かったなと苦笑して顔を上げ、頬に触れた指先とすぐ傍で感じた吐息に動きが止まる。
「んっ」
唇が触れ合い、入り込んできた舌が絡み合う。執拗にそこばかりを責められて、力の抜けた手からグラスを取り上げられた。それでもまだ、離れてはくれない。
「ぅ、んんっ……ん、ぁ」
目一杯吸われて撫でられて、常にないしつこさに振り払おうとする寸前でようやく唇が解放された。やっぱ美味えな、という呟きと共に。
零れた唾液を拭いながらブラッドリーを睨みつける。
「飲むのは俺だけだって言っただろ」
「だから飲んではいねえじゃねえか」
確かに、ブラッドリーがしたのはウイスキーを飲み込んだ直後のカインにキスしただけ。酒を飲んだわけではない。だけどどうにも詭弁にしか思えなかった。
機嫌よく笑うブラッドリーが、ウイスキーが残ったままのグラスを揺らす。まだ残ってんぞと言われても、素直に従う気にはなれなかった。