重ねた手のぬくもりピピピッ……ピピピッ……
ウォロは布団の中から腕を伸ばし、枕元にあったスマホを探り当ててアラームを止める。
「……シマボシさん、おはようございます……」
自分の身体にくっついて眠るシマボシに声をかけて起こすのが日課なのだが、今日の彼女はいつもと様子が違った。
「……ケホッ」
「……シマボシさん?」
いつもより頬が赤く、目はとろんとしておぼつかない。そしてその身体は普段よりも熱を帯びていた。
「シマボシさん⁉」
「う……」
彼女の異変に気づいたウォロはがばりと跳ね起きて、リビングの隅にある救急箱から体温計を持ってきた。
シマボシの脇にそれを差し込み、数分後。
「三十七度五分」
「……」
ウォロはふぅとため息を一つつくと、不安そうな表情のシマボシにきっぱりと宣言する。
「今日は、仕事お休みですね」
「え、で、でもこれくらい…大丈夫…」
「朝でコレなら、昼間はもっと上がってしんどいですよ?」
「う」
「無理して出社して、社内でぶっ倒れたり通勤中に動けなくなる方が迷惑かけちゃいますし」
「うぅ」
「体調不良でミス連発して体調悪化させて何日も休むより、今日休んで体調万全でお仕事の方が遥かに効率もいいと思いますけど」
「……はい」
彼の言う事は至極真っ当で、シマボシは渋々頷くしかなかった。
「お休みの選択をした良い子のシマボシさんには、朝食後に特別なデザートつけてあげますね」
「!」
先程までしょんぼりしていたシマボシだが、デザートと聞いてその目がキラキラと輝く。
「それだけ食欲があるなら、安静にしていれば治りそうな気もしますね。……んー、今日は木曜日だから、どこも病院休みか…熱以外でしんどいところは?」
「……頭痛がする。あと、喉が少し痛い」
そう言うと、彼女は小さく咳をした。
「頭痛は熱のせいかもですねぇ。とりあえず、ご飯食べてから風邪薬を飲んで安静にしましょ。ジブンがしっかり看病しますので、ご安心を!」
笑顔でそう宣言すると、シマボシが訝しげな表情を浮かべる。
「……キミも休むのか?」
「当然。愛する奥さんが病気なんですから」
ウォロがしれっと言うと、シマボシはゴホゴホと激しく咳き込んだ。
「……よくもそんなセリフを……恥ずかしげもなく…」
「お望みなら、もっと差し上げますよ?」
右手をそっと彼女の細い顎に添えて上向かせると、シマボシはその手をペシッと払う。
「いらん」
「遠慮しなくていいのにぃ」
ウォロは食事を済ませたシマボシに薬を飲ませて布団に寝かせると、食器を洗ってから寝室に戻った。
熱でいつもより肌が赤い彼女は、少々眉間にしわを寄せつつもよく眠っている。
付き合い始めてからそれなりに時間が経つが、彼女が体調を崩したのは初めてだ。
おそらくただの風邪であろうが、普段は健康そのものの彼女が辛そうに寝込む姿は見ていて苦しくなる。
「休んで正解でしたね。出勤したとしても、アナタの事が気になって仕事になりませんでしたから」
側にしゃがんでシマボシの額にそっと手を乗せると、先程よりも熱くなっているのが分かった。
ウォロとしてはずっと側にいたい所だが、気配に敏感な彼女が休まらない可能性があるので別室に移動しようと立ち上がる。
「…う」
そのまま足音を立てないようにそっと布団から離れようとすると、彼女の口から小さな声が漏れた。
「起こしちゃいました?」
「……」
シマボシは応えない。じっとウォロの顔を見つめるだけだ。
「シマボシさん?」
「ぁ……」
熱で潤んだ瞳で乞い願うように見つめられ、ウォロの鼓動が早くなる。
「…もしかして、ジブンに側にいて欲しいんですか?」
「……!」
ウォロの言葉は図星だったらしい。シマボシは下を向いて、なんとも居心地の悪そうな表情を浮かべている。
「そんな遠慮する間柄じゃないですよ」
ウォロはシマボシの側に再び腰を下ろすと、彼女の額ににじんだ汗を軽く拭いてやった。
「さて、他に何かしてほしい事はありますか?」
「……っ……」
優しく声をかけると、シマボシは自分の手を布団からゆっくりと差し出す。
いつもならこんなに素直に甘える事はしないのだが、動けない程の体調不良は心細く不安になるのだろう。
不謹慎だとは思いつつも内心だだ漏れの笑顔を浮かべながら、ウォロは自分の手を差し出した。
「はい、どうぞ」
「ん……」
ウォロがぎゅっと彼女の汗ばんだ手を握ると、シマボシはホッとしたような嬉しそうな表情を浮かべ、そのままゆっくりと目を閉じる。
「……いや、ちょっと、たかが手を繋いだだけで…そんな嬉しそうな顔しちゃうんですか?」
真顔で尋ねるウォロだが、その質問に答える者は無い。規則正しい彼女の寝息が聞こえるだけだ。
「……ホント、可愛いんですから……もぉ……」
自分の手を握り、安心しきった顔で眠るシマボシの姿に愛しさを募らせるウォロだった。