新婚三択「ご飯にします?お風呂にします?それともワ・タ・ク・シ?」
「食事」
ギンガ団の本部から帰宅したシマボシに新婚三択を投げ、間髪入れずに返答されたウォロは眉尻をへにゃりと下げる。
「つれないですねぇ…。そんな所も魅力的ですけど」
「飽きもせず、毎回毎回よく言うなとある意味では感心している」
「ありがとうございます」
笑顔で礼を述べられ、履物を脱いでいたシマボシは怪訝な顔をした。
「礼を言われる事ではない気がするが。しかし、なぜ私がキミの望む回答を言わないのに毎回尋ねるんだ?」
その言葉を聞いたウォロの表情がスッと変わるのに気づき、シマボシはしまったと口に手を当てる。
「…へぇ、シマボシさんはジブンが望んでる答え…知ってるんですか?」
彼は笑顔のままだった。しかし、その目の奥には仄暗い欲がちらちらと見え隠れしている。
「…っ」
「ジブンとしては、普通に食事か風呂か聞くのもつまらないのでベタなネタですが使っていたんですけど。まぁ、すこぉし期待する気持ちもありますけどね?まさか、シマボシさんが焦らしプレイしているなんて意外でした」
ウォロの長い指が、するりと蛇のようにシマボシの手首を捕える。
「ちが…っ」
「否定するのですか?ジブン、今とっても嬉しくて期待してしまっているんですけど…シマボシさんたら、男の純情をもてあそぶなんて意地悪ですねぇ」
ウォロに身体を引き寄せられて、耳元で甘く囁かれる。彼の熱く湿った吐息が耳殻にかかると、シマボシの背筋に快い刺激が走った。
「……先に、食事を」
「嫌です。これで、ガマンして下さい」
ウォロは己の唇に金平糖を咥えて、じっとシマボシを見つめる。
要求を飲まねばどうにもならない事を悟った彼女は、ふぅとため息をつくと目を閉じて彼の腕に身を委ねた。
「おかえりなさい、シマボシさん!ご飯にします?お風呂にします?それともワ・タ・ク・シ?」
翌日。
こりもせずウォロが尋ねると、職場から帰宅したばかりのシマボシはじっと彼を見つめた。
「……」
「……え、あの……」
昨日が昨日だったので食事と即答されるだろう、と思っていたウォロは、沈黙するシマボシに少し戸惑う。
「……」
「し、シマボシさん……?」
名前を呼ばれた彼女は一つ小さく頷くと、ウォロの顔に両手を伸ばした。その手を、戸惑う彼の頬に添えてぐいっと引き寄せ熱烈な口づけをする。
「……っ⁉」
半開きになった唇の合わせ目から、するりと舌を滑り込ませたのはシマボシの方だった。
「……ん……ふ、ぅ……っ」
ねっとりと口腔内を蹂躙する彼女の舌の動きが艶めかしくて、ウォロは思わず声を漏らしてしまう。
「……はぁ……っ」
ようやく開放された時には、すっかり息が上がってしまっていた。
対してシマボシの方は息も上がっておらず、普段と変わらない涼しい顔をしている。
「キミがいい」
「……え?」
「キミがいいと言ったんだが。どうした?」
次々と起こる予想しない展開に、ウォロの頭はついていけなかった。
これは夢なのか…それともゾロアやゾロアークが見せる幻なのか、判断がつかない。
「え、いや……その……。……もしかして、気を使わせてます?」
「?」
「その、昨日……焦らしプレイとか何とか言って…」
シマボシが昨日の自分の発言を受けて謝罪の意味で誘っているのか、自分が夢を見ているか、幻を見せられている可能性のいずれかが高いと思いつつも、彼女が己を求めているかもしれないという僅かな希望を捨てきれなかったウォロ。
ボソボソと歯切れ悪く呟く彼を見上げていたシマボシはしばらく考え込むような素振りをした後に、ぽんと手を叩いた。
「…………ああ、そんな事もあったな」
「忘れるの早すぎません⁉」
あっけらかんと言い放った彼女は、言葉を続ける。
「仮に気を使って偽った所でキミにバレるだろうし、私が乗り気でなかったらかえって萎えるだろう」
「……まあ、そうですけど」
つまり、シマボシはウォロと同衾するか否かは己の気持ちに正直に判断するという事だ。
それはつまり。
彼女は、今、ウォロを強く求めている──という事になる。
「……じゃあ、その……」
ウォロの身体はかぁっと熱くなり、気の利きた甘いセリフの一つも言えなくなるほど混乱してしまった。女性に言い寄られる事など飽きるほどあったのに、初めて告白された少年のようにソワソワと落ち着かない。
「今日は仕事が立て込んでるのに、デンボク団長が無理難題を言ってきてな」
「え?」
全く関係なさそうな話が始まり、ウォロは間抜けな声を上げてしまった。
「全て片付けてはきたが、こちらの状況も聞かずに簡単に依頼してくる所や態度に苛立ちが収まらなくて…。食事をしたら道場に行って稽古をしてこようかと思っていたんだ」
「それはつまり…」
──ただのストレス発散じゃねーか!
ウォロ自身を求めていた訳では無いと判明してしまうのも、それはそれで少々複雑だ。
「……ダメ、だろうか?」
「う……っ」
上目遣いでねだるシマボシに、ウォロはめっぽう弱い。
さっきまで澄まし顔だった彼女が頬をほんのりと赤く染めて期待を滲ませた視線で見つめている。服越しにではあるが押し付けられている柔らかな感触に、甘い香りに、ウォロの理性は今にも吹き飛びそうだ。
「普段は消極的なのに、そーゆーのは反則です…っ」
「明日は休みだ。遠慮はいらん」
挑発的な発言をしながら、シマボシは少し背伸びをしつつウォロの首の後ろへ両腕を回す。
好きな女にこんな誘われ方をして、耐えられる男がいるだろうか──いや、無理だ。
「もう、後で泣き言を言わないでくださいよっ!」
夢なら醒めないでほしい、というありきたりで陳腐な事を思いながら、ウォロはシマボシへ深く口づけた。