翠風の章、その後。※先生はベレト選択想定です。
※途中に架空のクロード父、パルミラ王家の方々の描写があります。無双で口調などが発覚するかもしれないですが、合ってるかわかりません。
フォドラ統一国家ができた後、クロードはベレトに王を任せ、パルミラへと帰った。
国へ帰ると、フォドラでネメシスを討ってみせ、猛将ホルストと信頼を築いたかつてない外交や戦果、何より人としての成長と功績を認められ、次期パルミラ王を任せられる事となった。
その旅路を共にしたのは同盟で5年の戦果を共に歩んだ仲間、ヒルダ。兄ホルストはナデルと兄弟の盃を交わしたことを機にナデルに信頼を抱いており、愛妹がクロード・ナデルと共に旅路を共にする事を強く反対することはなかった。
*
side:クロード視点
フォドラの平和を目指すための統一国家形成は果たした。ネメシス進軍による犠牲は想定外だったが、今は生き残った人々に報いるしかない。その為には戦争で弱まったフォドラ統一王国に対するパルミラからの侵略を防ぐ必要がある。エーデルガルトやネメシス討伐の戦果により自分を統一王にという声も得られたが、それができる人材は他にもいた。オレだけの地位でもなければ権利でもない。それひとつだけで自らの野望が叶うわけでもない。だからこそ、統一王はきょうだいに任せることした。
オレにしかできないことは、自分に流れるパルミラの血を利用し尽くすこと。そしてパルミラの価値観を変えていくこと。そして......。
オレはフォドラを出発する事を決めた後、レスターの後事の統括をローレンツに託す手続きをし、副官とし常に自らをサポートしてくれた戦友に声をかけにいった。
「なぁ、前、長旅になるかもしれないが、オレの家族に会わないかって話したろ。もし今もあの時と気が変わってないなら、一緒に来るか?ヒルダ。」
訪れたヒルダの部屋はやけに荷が片付いており、待っていましたと言わんばかりであった。
「うん、あたしついていくよ。」
オレはあまりの即答に驚き、「本当に長い旅路で、その先にあることは幸せとは限らないぜ。良いのか?」と思わず改めて問いかけてしまう。
「ええ、何を言われても答えは変わらないわよ。クロード君風に言うなら、野望ってやつ。あたしにもそれができたから。」
挑戦的な笑みを浮かべる彼女の挑発に思わず乗せられてしまい、「どんな野望なんだ?」と聞き返してしまう。......いや、思わず乗せられたのではないな。いい加減自分の心にまで嘘をつくのをやめよう。オレはヒルダのその言葉の先が自分の意思で聞きたくて仕方なかったんだ。
「あたしの野望は、頼りない王子様の、夢物語を叶えること。そして、その景色を一緒に見ること。」
いくら盟主でなくなったといえ、さりげなく王子様呼ばわりしていること等突っ込みたいところはあったが、何よりも気になることはただ一つだった。
「......随分と愛の深い野望だな。オレはうっかり勘違いして、プロポーズだと受け止めてしまいそうだ。」
「わかってて勘違いなんていってるわよね?お見通しよ。あたしはクロード君の作る世界が見たい。だからクロード君を守りに共に行く。ただそれだけよ。クロード君と恋愛関係になれても、なれなくても、守りたい気持ちは変わらない。」
ヒルダの言葉を聞いて、はっと気付かされる。嗚呼ここに来るまでオレは、ヒルダの事をわかっていたつもりで、本当はその本質をわかりきれていなかったのだと。
はじめは貴族の怠惰なお嬢様、その後は同盟の為に強くなっていく戦士と、何度も評価を改めたものの、彼女の本質は紛れもなく、立派にホルスト卿の血を引く騎士であったのだと思い知らされる。
(紋章持ちは人を選ぶ。ゴネリルがホルストさんでなく、ヒルダを選んだ理由が今わかったよ。)
ホルスト卿は完璧と言って差し支えない人物だ。ファーガスのため、ゴネリル家の為、全て理想的な動きをする。それはまるで模範生のように。
ヒルダは真逆だ。家との確執は無いようだが、いつだって自分の心に従って生きていた。紋章社会で貴族とし紋章持ちに産まれていながら、それを気にも留めない。英雄の遺産をなんか気持ち悪いからさー、なんて言えるのは、きっとヒルダだけだろう。
そんな彼女の姿は人によっては自分勝手で我が儘な生き方と思うかもしれない。だが天帝の剣の持つ力が欲しくて仕方なかったオレにとっては、自らもまた、紋章やら英雄の遺産やらに囚われているのだと気付かされたりもした。だからこそ、気付いたら気になって、教室で無意識に目を追ってなんてことを繰り返していた。
「ありがとう、ヒルダ。一緒に行こう。何気なく添えられた愛の告白への返事は、オレの故郷に着いてからとするさ。ま、女子一人連れていくんだ。オレがヒルダを悪いようにすることは決してないさ。」
「ふふ、なにその返事。相変わらず曖昧で女泣かせだね。あたし、勘違いして期待しちゃうよ?」
「こりゃ失敬。オレの目の前にいる姫さんは遠回しなのはお嫌いでしたか。期待して欲しいから、こう言ったのさ。」
柄にもなくそれなりにはっきりとした言葉を伝えてみると、ヒルダはかあと頬を赤らめる。いつも頼りないとか言われてばかりで、動揺してる姿は初めて見た気がする。
(ああ、改めて意識すると、可愛いもんだな......。)
「ほら、え、えーっと、先生待ってるし、早く準備しよ!長い旅路なんでしょ?」
「そうだな。照れ隠しは済ませてこいよ。先生といえ、他の男にそんな表情を見られたくないもんでね。」
そういうとヒルダは「急に何言ってんのよ!キザ!準備する!」と叫び、オレを部屋から追い出してしまった。
これから長い旅路になる。ドラゴンに乗り、広い荒野を駆け、王城へと彼女を連れていく。フォドラの貴族のご令嬢はこれからパルミラの姫となる。
不安がないかといえば嘘になるが、ヒルダなら兄や父に取り入ることも出来るだろう。残る課題はオレの野望である、価値観の変容を叶えることだけだ。
*
長い旅路の末、パルミラへと辿り着いた。道中賊に襲われたりというトラブルはあったものの、連れてきたのはヒルダとナデルであった為、盗賊が返り討ちにされ、呆気なく問題は終わった。男の自分が一番弱いのではないかと疑う事になった方が問題かもしれない。
いや、違うな。オレたちのただならぬ雰囲気を早々に察したナデルが「よう坊主!夜営の際、空気呼んで気配消しておいたがいいか!?」なんて要らん気遣いをしてきたことの方が余程精神に悪かった。
が、その騒々しい道中も終わりを迎えたわけで、今さらぐだぐた言っても仕方ないだろう。ドラゴンを着地させ、王城の手前で入門許可の確認を取る。
ヒルダの話は先にきょうだいとホルストさんが直々に書面を飛ばしてくれたらしく、重客として歓待された。討伐されたといえ、ネメシスという共通の脅威がレスターに存在したことで、パルミラ全土とし、フォドラ・ゴネリル家との関係には慎重路線に切り替わっていたのだ。
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検閲を乗り越え、城へと帰り、父へと挨拶へ向かう。ヒルダは流石貴族教育を受けてるだけあってか、粛々と、凛とした振る舞いで城の中を歩いてみせた。
「カリード、そちらのゴネリル家の令嬢とはどんな関係だ。野暮な質問だけどな。」
「......嫁にしようかと思ってるよ。」
「血は争えないな、カリード。いや、オレ以上か。本当に愛していて、何があろうと守り抜く覚悟はあるんだな?」
「ああ、愛している。守り抜くさ。どんな非難からも、困難からも。」
オレが一通り答えると、父は何かしら答えに満足したようで、今度はヒルダの質問へと移っていた。
「初めまして。体の方は強いと聞いているが、少しだけ心配なことがある。パルミラでのフォドラ差別は根深いものだ。城にはティアナがいるが、心が耐えきれるかわからない。大丈夫そうか。」
「ええ、何一つ問題ありません。あたしはカリード君の隣で、カリード君の望む景色を見るためにここに来ました。この国の価値観を変える為の努力ならば惜しみません。」
「熱い情熱だな。一体どこからその気持ちは湧いてきたんだ?」
「カリード君を愛しているからです。」
豪快な親父は「はは、こりゃ良い。」と笑ってオレたちの婚姻を認めた。母ティアナもフォドラ人の娘が増える事に大歓喜し、さぁさぁ祝杯をあげようかという話にすぐに切り替わっていった。
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フォドラ人と駆け落ちした親父との話がすぐに終わるのはわかっていた。
問題は兄貴たちだ。彼らはオレに対し、決して好印象を抱いている訳ではない。長期戦になる覚悟が必要だと思った。
しかしそれは存外、杞憂であった。
ヒルダという女は男性心理を取り扱う事には天才的に長けていた。フォドラの血を引くことが気に入らない兄の当て付けには晩酌と愚痴を聞くことで返し、ゴネリル家出身である事を不安に思う兄には、宴の話の間際、さりげなくナデルとホルストの親しさを会話中に示し、懐柔を試みていた。後はお得意の嘘泣き技術で涙目になってみせたり、艶っぽさを演じてみたり、ここにいて欲しいといて思われるため、あらゆる女の武器を駆使していた。
若干嫉妬しそうになる部分もあったが、そのオレの不服そうな表情も折り込んで兄達を懐柔しようとしているのだろうとも察する。「つくづく恐ろしい女だよ、恐妻家になるかもな。」と一人嘆息した。
パルミラの価値観はともかく、王家の価値観を変容させる事にはヒルダの本気により数日で完了していた。それは客人用のもてなしや宴をしている間、オレにとっては本当につかの間の出来事だった。
ヒルダの本気はオレの兄弟に対してだけかと思えば、そうではなかった。オレが事務を片している間に、いつのまにやら女中と親しくなり、フォドラ特有の美容や化粧品について共有を行い、文化的な利益を提示し、人の心に取り入っていた。男に関して言えば、最早言わずもがなだ。あいつに男心を扱わせたら右に出るものはいないのではないかと疑ったものだ。オレから奪おうとする連中が現れないかがかえって心配になった位であった。
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そして王家で日々を重ねるうちに、ヒルダは何故かいつの間にやらオレより兄と仲良くなっていたり、謎の親交手腕を発揮していた。
「浮気しないでくれよ、ヒルダー。別にあいつらはもうとっくにお前を異質だなんて思ってない。ここでの暮らしに支障はない筈だ。一体なんでそんなに必死なんだ?」
オレの野望の先の景色が見たいだけなら、側にいてくれたら十分。だからヒルダがそこまでの事をする必要はない。らしくもなく本気をだし続けてるように見えるヒルダが不思議で、思わず問いかける。
「クロード君の野望を一秒でも早く叶えるためよ。クロード君の野望を叶えるには、フォドラとの国交正常化が必要になる。あたしはゴネリル家から来たから、きっとそう簡単には政治に意見させて貰えない。けど、簡単じゃないだけで、不可能じゃないの。やるかやらないかだって教えてくれたのは、クロード君でしょ?」
ヒルダの成長に目を見張りながら、学友として過ごした日々の言葉を今も覚えてくれたことに内心で喜びを感じる。ヒルダと話していると、猜疑心の塊となっていた自分の心が少しずつ溶けていく感覚がするのだ。
「愛されてて幸せもんだな、オレは。でもあんまり無理はするなよ。オレは無理するのも本気だすのも嫌がる面倒くさがりな所含め、ずっとヒルダが好きだったんだから。」
この台詞を放ち、そう言えば一対一でのまともなプロポーズがまだだったと言うことを思い出す。
「遠くないうちにオレが王位を継ぐ。その時にヒルダを王妃として発表したいとも考えている。結婚してくれないか、ヒルダ。今度はきっちり勘違いしてくれて良いんだぜ。」
正式な形でのプロポーズをすると、顔を真っ赤にしていた。まれに見る余裕がない表情が案外自分は好きなのかもしれない。
間が空いた後、「はい、喜んで。頼りない次期王様を支えてあげるのも悪くないもの。」と、ヒルダは答えた。
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王位継承に合わせ、フォドラ出身のヒルダを王妃として発表した。フォドラ出身である事に加え、先日まで敵国であったゴネリル家の令嬢という事実によってパルミラでは激震が走った。どの酒場に潜入しても、丸一日その話題で持ちきりだった。
しかし、意外だったのはその評判が悪評一辺倒でなかったことだ。町ゆく民衆達から聞こえるのはこんな声。
「王家がまたフォドラ人の女を嫁にしたらしい。へぇ、二代も連続で?フォドラには良い女が多いのかね。」
「式典を見たけど、別嬪さんだったよ。少し背は低いが、容姿も体型も良い。新しい国王がオレは羨ましくなったね。」
「フォドラの人とかゴネリル家って聞いて不安だったけど、新しい王妃様って凄く働き者なんだね。噂だと、直近のフォドラとの国交樹立は王妃様がお兄さんにお願いしたお陰なんだって。新聞に書いてあったよ。余計な戦争が減って、僕たちは助かる。」
「新しい国王はパルミラとフォドラの混血の人なんだってね。兵士の人達が酔っぱらってたとき、『新しい王様は 半分はフォドラ人だが 非常に国政に熱心で優秀な人だ。』って言ってたよ。」
「前の国王様が言ったんだって。新しい国王様がすごく逞しく成長してたし、王妃様もパルミラの為に必死に働いてくれたから、二人を認めたんだって。」
「前、国王様に会ってよう。オレは思わず『このフォドラ人が、売国奴が。』って罵倒したんだ。でも国王様は何一つオレに怒ることもせず、『貴方がそういうと言うなら、オレはまだ貴方の事を救えてないんだな。何か困ってることはないか。』って聞いてくれたんだ。オレ、そのとき、国交も正常化したし、一度フォドラ観光に行こうかって考え直したよ。」
「ゴネリル家ってパルミラ人の戦争孤児引き取ってたらしいよ?戦の後にさ。僕たちの同胞の事、見殺しにしなかったんだね。人種なんかより、庶民にとっては人の命、僕らの生活を重んじくれる気があるかが一番だよ。」
「新しい王妃様のパルミラ衣装の着こなしかた、すごくおしゃれ!真似したいわ!」
どんなところにも異質なものを受け入れられない人間は確かに存在しており、野望は完璧ではなかった。根も葉もない噂やでっち上げを真に受ける人間も、それを広める人間もいた。酷い場合は王妃の行為だと騙り、問題行動を起こし、数日して自分がした問題行動を「フォドラ人による厄災だ!」と叫び、自作自演を行う者すらいた。
だがしかし、明らかに国全体としての潮流は変わっていた。王位即位式以降、差別的思想は少数派に打って変わった。それは少なからず、ヒルダの本気の力による影響も少なくはなかっただろう。オレが国王となった日のヒルダのスピーチは、非常に強くパルミラという国に畏敬を払ったものだった。生半可な勉学では決して語れないと、自国の者の視点としか思えないような話を、この国の民族衣装を纏って話してみせた。
あまりに凛としたその態度に、「国王よこのフォドラ人が」と野次を企てていたらしい連中は失意をし、鎮圧する仕事が無くなったと後にナデルに聞く。そんなヒルダだからこそ、オレは胸を張って王妃だと言えたし、この国を変えるという宣言をできた。何一つ不安がなかったのは、ずっと背中を共にしてきた相棒であったから。学生時代から見つめ続けて、その性格も、成長していく様も互いを一番側で見ていてきたから。
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「カリード様だ!!ヒルダ様だ!」
気付けば俺達は町中を視察に行く度に、民たちから駆け寄られるようになっていた。
国王として歓声を浴びる日が来る景色は、待ち望んでいた事だったが、ここまでの景色になると、最早圧巻だった。
「やっとオレたちの野望が叶ったな、ヒルダ。」
「そうだね、頼りがいある国王様。こんなに国民に支持されてたら、もう頼りないなんて言えないね。」
「ああ、ヒルダがずっと側にいてくれたから、オレは成長できたんだ。ありがとう。」
「こちらこそ。あたしはクロード君の作る世界、自分の全身全霊投げうってでも見たかったもの。けど、この後気を抜いてだらけなんてでもしたら、きっとフォドラの皆に迷惑がかかっちゃうね。だから、まだまだヒルダちゃんは本気モードですよ!」
「それこそ頼もしいな。さて、オレも野望を追加して、今度は救えない民が一人とて無い国を目指してみるか。」
「うんうん、どんな野望だったとしても、あたしは最後までクロード君の作る世界について行くよ。」
窓からは、フォドラに連なる大地が見える。
そこには爽やかな風が吹いていた。