プレテンドプレイ 番外編プレテンドプレイ番外編
「ギュスタヴはああ言ったけど、俺は男なんだ。お人形遊びはしないよ」
「……」
二人で遊んでおいでなさい、とギュスタヴに言われ、ディミトリは人形と一緒に渋々中庭に出てはみたものの、何をすればよいのか分からない。
人形は黙って俺のあとをついてくる。
二つの冷たい目が、俺を見つめる。なんだが居心地が悪い。振り切って逃げ出してしまえれば楽だが、ギュスタヴが見張っているし。
「イングリットだって、女の子なのにままごとよりも剣の修練のほうが好きなくらいだ。それなのに……」
「剣の練習……する」
人形が喋った。
どきりとして振り返るが、その目から喜びも期待も読み取ることはできない。ただ、淡々と話しているだけのようだ。
それでも、おべっかを使い、気持ちの悪いベトベトした作り笑いを浮かべる連中よりは好ましく思えた。
「……いいよ。あっちに模造刀がある。さぁ、行こう」
人形は木で作られた剣を受け取ると何度か構え直し、感覚を確かめた。
どうやらこいつ、剣の稽古を受けたことがあるようだ。
王家付きの剣の師匠はとても厳しいし、兄弟子は強すぎて太刀打ちできない。
フェリクスは俺よりも小さくて、本気を出したら泣かせてしまう。シルヴァンに至っては確実に手を抜いている。
なんのしがらみもない相手と思いっきり打ち合えるのか。実力を試す良い機会だ。
なんだが楽しくなってきた。彼の方が少し背が高い。だけど、それくらい下駄を履かせてやらないと面白くないだろう。
「さあ、来い王子相手だと遠慮するな!」
「……」
人形は剣先を地面に向けたまま。一向に構える気配がない。
「……ではこちらから行くぞ」
俺はしびれを切らし、思いっきり踏み込んだ。
それは一瞬の出来事だった。
「え……?」
地面に転がる木刀。人形の剣が真っ直ぐ俺の鎖骨に振り下ろされ……。
「そこまで」
ギュスタヴの声。打ち込む寸前で、人形の剣先が止まった。
「見たことがない構えだ……どこの流派……?」
「何せよ、殿下の負けでございますな」
俺は地面に尻もちをついて、呆然と人形を見上げた。
その顔は相変わらず水面のように静かで、勝利の奢りも、謙遜すら感じさせない。
「……おれが負けたほうが良かった」
人形がポツリと呟いた。
俺はいま、そんなに情けない顔をしているのだろうか。
「……手加減したら許さない」
王子として、精一杯の虚勢だ。
「分かった」
人形が差し出す手を掴み、俺はようやく立ち上がった。
思ったよりもその手は温かくて、少し驚いた。
「日が強くなってきました。木陰に入りなさい。さあ、殿下にお飲み物を」
ギュスタヴが傍らに控える女中に言いつけた。
「泡が吹いてる」
「麦芽を発酵させた飲み物で、運動のあとに飲むと体にいいんだ。ギュスタヴに教えてもらった」
「甘い……」
人形はしげしげと茶色いカップの中身を覗き込んだ。白樺の樹の下、二人で並んで座っているというのに。俺よりも飲み物の方に興味があるらしい。
「なぁ、お前。名前は」
ギュスタヴは人形と呼んでいるけれど、呼びにくくて仕方がない。
「知らない人と話してはいけないから」
「知らない人……」
流石にムッとした。俺は今まで誰からもこんなぞんざいな扱いを受けたことがない。
「お前はこの国の人間ではないのか」
「あちこち連れ歩かれたから。この国がどこなのかも分からない……」
「仕方ないな……教えてあげるからよく聞くんだ。ここはファーガス神聖王国。誇り高い騎士道の国だ。俺はディミトリ。いつか、父上の跡を継いで王になる……分かったもう俺は知らない人ではないんだ」
「うん」
「では……お前の名前は」
「ベレトだ」
これが、ベレトとの最初の出会いであった。