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    こえ🏔

    @silentioagni

    まほやくの小説置き場

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    エヴァとチレッタ
    5月に出す本の冒頭部分(仮)です

    Queen of Solitude 一面の銀世界、そう言えば美しい。だが北の国の自然は、万物に牙を剝く獣のごとく凶暴であった。
     真っ白な雪が、一年のほとんどを通して大地を覆い尽くしている。この国は、春と秋を知らない。雪の下に眠っていた青い草が、わずかに太陽の光を見る短い夏が終われば、すぐにまた冬が襲ってくる。分厚い雲が垂れ込めて空が白く煙り、冷たい風が吹き荒ぶと、人々はふたたび永遠のように長い冬が訪れたことを知る。はらはらと舞っていた雪は、いつの間にか勢いを増し、際限なく大地に降り積もる。草も花も、山も村も等しく白に覆い隠され、しずかに冷たい凍雪のなかへ埋もれていく。
     ただ、北の国の雪は深々と降り積もるだけではない。次第に威力を増していく強い風に雪が乗り、吹雪となって一帯を襲う。吹雪は、この国でもっとも恐れられているもののひとつだ。それなのに、北の国では一年のうちで吹雪の日がもっとも多い。すでに堆く雪が積もった真っ白で冷たい大地に、激しく氷の粒が吹きつけるさまは、暴力的と形容するに相応しい。風の音は、まるで猛獣の咆哮のようだ。吹雪は、あらゆるものの命を奪っていく。人間にも、魔法使いにも、等しく猛威を振るうのだ。そんな国で、人がひとりで生きていくことはできない。魔法使いの庇護のもと、彼らの機嫌ひとつで命が失われる恐怖に怯えながら、ひっそりと暮らさなければならない。
     だが、魔法使いであれば、ひとりで生きることができる。いや、魔法使いはひとり孤独に生きなければならない。北の国では、あらゆる魔法使いが、魔法生物が、さらなる強さを求めて他者の命を狙っているのだ。この国では、強さがすべてだ。強くなければ、厳しい気候を耐え抜き、命をつなぐことができない。強くなるためにはどうしたらよいか。答えは簡単だ。他者のマナ石を食らえばよい。この、単純明快なルールに従って、北の魔法使いは戦う。すべては、より強く生きるために。より強く生きることが、この国においては最上の目的なのである。
     エヴァは、そんな北の国に生きる魔女だ。これまでに多くの魔法使いたちと戦い、その石を食らってきた。記憶のなかに、青空はない。雪に閉ざされたこの国で、ただ、強くなるために生きてきた。
     家族は、かつてあった。父も母も兄弟も、人間であった。自分が魔法使いであることに気づいたのは、まったくの偶然だった。まだ、年端もいかない子どもの頃のこと。食糧不足に喘いでいた冬のある日、空を飛ぶ鳥を捕らえたいと強く念じた。すると、鳥は急に矢に射貫かれたようにバランスを崩し、しわがれ声を上げながら雪の中に落ちた。家族は、エヴァのことを気味悪がった。同時に、魔法を使って狩りができるエヴァを利用しようとした。エヴァは、家族から向けられる感情に嫌悪を覚えた。虐げられるのも、こき使われるのも御免だった。北の国の魔女には、生まれながらに誇り高さが備わっているのかもしれない。エヴァは、家を捨てて旅に出た。ひとりで、誰にも支配されず、この国で強く生きると決めたのだ。
     エヴァは、北の国のさらに北を目指した。道中に出会った魔法使いと魔法生物を次々に倒し、石にした。石を食べると、自分の魔力がより強くなる感覚があった。さらなる強さ、すなわちこの国で生き抜く力を手に入れるため、獲物をさがして方々を飛び回った。いつしか、人間たちのあいだでも、魔法使いたちのあいだでも、冷血で傲岸不遜な恐ろしい魔女、大魔女エヴァの噂が立つようになった。慈悲のない、この国そのもののように凶暴な魔女。誰もが恐れおののき、彼女に平伏した。
     旅の末、エヴァは北限の山脈の麓に居を構えた。人間は庇護せず、ひとりで住むためだけに煉瓦造りの高い塔を建てた。人の住めない過酷な土地で、高い窓から雪に覆われたこの国を見渡すことが、エヴァは好きだった。
     
     その日も、エヴァは獲物を求め箒で雪の大地を飛んでいた。風はごおごおと大きな唸り声を上げ、凍てつくような寒さが一帯を覆い尽くしている。黒くうねった長い髪が、吹き荒ぶ風をはらんで大きく膨らんでいた。深い闇色の髪は、すべてを呑み込んでしまうような暗さを湛える、冬の海の波のようにも見える。エヴァは、髪色と同じ漆黒のドレスを身に纏っていた。人間は、毛皮を何枚も重ねないと寒さをしのぐことができないが、エヴァにはそんなものなど必要ない。身体にぴたりとつくような黒のロングドレスは、腕の部分が透け肌が見えていた。足元は、先の尖った黒のハイヒール。強い魔力があれば、氷点下の風も雪もはね退けることができた。美しいドレスは、強さの象徴でもある。エヴァは、鋭い氷柱のような視線を大地に向けながら、雪山を越え、平原を飛びつづけた。
     針葉樹の森を抜けると、大気がピリピリと震えていることに気づいた。魔法使いの気配だった。気高く冷酷な北の精霊たちが、いつになく興奮して騒いでいる。熱狂と言ってもよかった。強い魔力の持ち主が近くにいる。エヴァは薄紫の眼を大きく見開き、警戒を高めた。風が強く吹き荒れる。精霊は、相手の好戦的な態度を明確に伝えてきた。下手をすれば、自分のほうが殺されてしまうだろう。エヴァは魔道具を手にすると、相手が姿を見せないうちに攻撃を仕掛けた。
    「《アウラレギウス》!」
     威圧するような低い声が雪原に響く。地面の雪が一斉に吹き上がり、大きな竜巻をつくった。エヴァはさらに力を込め、風の勢いを強める。相手の魔法使いをとらえたという手応えがあった。このまま風と雪の力で叩きつけ、石にしてしまおうと魔道具を高く掲げる。
     しかし次の瞬間、氷の粒が一気に弾けてエヴァのほうへ向かってきた。竜巻のなかから、閃光が飛び出す。あまりにもまばゆい光に、目が眩んだ。生まれてこの方、北の国でこれほど明るいものを見たことがない。こんな魔法が存在するのか。呆気にとられていると、その光はエヴァの身体を貫こうとした。
    「《スキンティッラ》!」
     その魔法使いは、高らかに、まるで歌うように声を上げる。きらめくような呪文とともに、光が勢いよく雪原を走った。光と氷が同時に弾け、視界を覆い尽くす。間一髪で直撃は逃れることができたが、エヴァは箒から振り落とされてしまった。このまま、相手は止めを刺すだろう。エヴァは、覚悟を決める。しかし、光のなかから現れた魔女は、ただ笑ってエヴァのことを見下ろしているだけだった。
    「あなた、なかなか強いのね」
     エヴァは唇を噛みながら視線を上げる。その魔女の肌は透き通るように白く、腰の高さまで真っ直ぐな金髪を伸ばしていた。エヴァと同じく黒いドレスを着ていたが、スカートの丈は短く、ブーツのヒールも一段と高い。肩と腕を露出し、胸元も大きく開いた艶やかで煽情的な格好だった。魔力の強いことが嫌でもわかる。服装と同じく、顔立ちも派手だった。彼女が大きな口でニッコリと笑うと、耳もとの大ぶりなイヤリングが揺れる。
    「あなた、名前は?」
    「……殺さないのか?」
     エヴァは雪の上に手をついたまま聞く。悔しいが、彼女のほうが実力は上だ。これ以上戦わずともわかる。北の国では、弱き存在は生き延びることができず、ただ石にされるのみ。それなのに、彼女が止めを刺さず、笑って名を尋ねてきたことが不思議でならなかった。エヴァはこれまで、出会った魔法使いの名など聞いたことがない。
    「殺さないわよ。あなた、けっこう強いじゃない。殺すにはもったいないわ。せっかくだから、仲良くしましょうよ」
    「は?」
     信じられない言葉だった。北の国では、他者は敵でしかないと思って生きてきた。仲良くするとは、いったい何のつもりなのか。
    「で、名前は?」
    「……エヴァだ」
    「エヴァ、いい名ね。あたしはチレッタ。よろしくね」
     答えるつもりはなかったのに、名を言わされてしまった。しかし、いつまでもその魔女――チレッタに見下ろされているのは癇に障ったので、エヴァは立ち上がる。双方ともハイヒールを履いた背丈は同じくらいで、視線と視線がぶつかった。その、派手な宝石のように光る瞳に見入られると、エヴァは戸惑うと同時に苛立った。魔法使いに仲良くしましょうなどと言われたことは、今までに一度もない。仲良くする理由も、仲良くする方法もわからない。
    「チレッタ。北の魔法使いどうし、仲良くしようなどと言うのは無駄ではないのか? 私もおまえも、この国に魔法使いとして生まれたからには、どこまでも孤独な存在だ。より強く生きるため、より強い相手を殺す。さもなければ自分が石になる。馴れ合いなど不要だろう」
    「あたし、そういうのあんまり好きじゃないんだよね。別に、仲良くしたい相手とは仲良くしてもいいと思わない?」
     チレッタは、明るく弾けるような笑顔で言う。その発言も、態度も、何もかも信じがたいものだった。こんな魔法使いが北の国にいるとは、想像すらしたことがなかった。
    「貴様、それでも北の魔女か。なぜ殺せるとわかる相手を殺さない!」
     エヴァは、薄紫の鋭利な瞳でチレッタをにらみつける。屈辱だと思った。北の国では、本気で命のやりとりを行うのが魔法使いとしてあるべき姿ではないのか。
    「あはは、そんな怖い顔しないで! あなたを殺さないのは、あなたの石を食べなくてもあたしはじゅうぶん強いからよ!」
     真っ白に煙った空に向かって、チレッタは高らかに笑う。エヴァは、腹の底で殺意が煮え滾るのを感じた。だが、先ほどの戦いで明らかになったとおり、今のエヴァにはチレッタを殺せない。
    「おまえ、いつか絶対に石にしてやるからな」
    「できるものならやってみなさい!」
     余裕そうに笑い、まだ何か言いたげなチレッタをよそに、エヴァは箒を取り出した。横向きに柄に座ると、そのまま上空へ飛び立つ。
    「あら、もう行っちゃうの?」
    「当たり前だ」
    「まあいいわ。また今度、会いましょうね!」
     チレッタは地上から手を振った。エヴァは、ふんと息を吐きながら目を逸らせ、北の方角へ向かった。
    (続く)
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     真っ白な雪が、一年のほとんどを通して大地を覆い尽くしている。この国は、春と秋を知らない。雪の下に眠っていた青い草が、わずかに太陽の光を見る短い夏が終われば、すぐにまた冬が襲ってくる。分厚い雲が垂れ込めて空が白く煙り、冷たい風が吹き荒ぶと、人々はふたたび永遠のように長い冬が訪れたことを知る。はらはらと舞っていた雪は、いつの間にか勢いを増し、際限なく大地に降り積もる。草も花も、山も村も等しく白に覆い隠され、しずかに冷たい凍雪のなかへ埋もれていく。
     ただ、北の国の雪は深々と降り積もるだけではない。次第に威力を増していく強い風に雪が乗り、吹雪となって一帯を襲う。吹雪は、この国でもっとも恐れられているもののひとつだ。それなのに、北の国では一年のうちで吹雪の日がもっとも多い。すでに堆く雪が積もった真っ白で冷たい大地に、激しく氷の粒が吹きつけるさまは、暴力的と形容するに相応しい。風の音は、まるで猛獣の咆哮のようだ。吹雪は、あらゆるものの命を奪っていく。人間にも、魔法使いにも、等しく猛威を振るうのだ。そんな国で、人がひとりで生きていくことはできない。魔法使いの庇護のもと、彼らの機嫌ひとつで命が失われる恐怖に怯えながら、ひっそりと暮らさなければならない。
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