いらっしゃいませ 昼下がりの土曜日。暁人は凛子に呼び出された。アジトには凛子以外誰も居らず、書類を持った彼女が静かに待っていた。
「女装カフェですか?」
「そうよ、女装カフェで霊が出たらしくてね、しかも悪霊っぽいのよ…」
申し訳なさそうな顔をした凛子が依頼内容を告げてきた。依頼内容だけに態々、人がいない時を狙ってくれたようだ。
「何で僕が…」
「仕事中のスタッフの前に出るらしいのよ」
「仕事中…」
「スタッフは皆、若い子しか募集してないって言うから」
「な、なるほど…」
不服が残りはするものの、スタッフ募集の年齢が決まっているのなら仕方がないと無理に納得する。問題はそれよりも、ある人物が知っているかだ。
「って、事で悪いんだけど…」
「KKには…」
「大丈夫よ、知らせてない」
「なら、行ってきます」
ほっ、と安堵の声が漏れる。KKさえ知らなければ問題ない。きっと、この事が知られたら、例えKK自身が忙しくても、暇を作ってでも茶化しに来るだろう。黙ってさえいれば、大丈夫だろう。
「ササッと終わらせて来ていいわよ!」
「善処しますよ」
苦笑いでそう告げると、書類を受け取る。書類には女装カフェで起きた現象に加えて、住所や営業時間、業務内容が記載されていた。とりあえず、今日は場所の確認をスマホでして、依頼の調査は明日からかなと、目を通し始める。
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「「「「いらっしゃいませ!!」」」」
キッチンで注文の品を作っていると、声が響いてきた。どうやら、お客が入ってきたようだ。トレーに水を注いだコップを乗せ、ホールへ出ていく。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
トレーの上のお冷をお客へと差し出した暁人が、笑顔で告げた。
「何になさいましょうか?」
依頼の悪霊退治は、意外にもすんなりと終わった。日曜日の開店の一時間前に、お店へと足を運び、店長から話を聞いてきく。何故か、店長が一人で開店準備をしている時は現れず、キッチンで勤務中のスタッフの前にのみに現れるというのだ。とりあえず、店長が用意してくれた衣装に着替え、スタッフがいない間に業務の説明を受けていると、突如、暁人の前に現れた。「まだ開店前なんだけどな」などと、場違いなことを考えつつも、札を構える。
「可愛い…」
「えっ…」
「君、僕の好みだよ!」
何をしてくるか、身構えていた暁人は、悪霊に話しかけられ拍子抜けする。以外にも会話が出来る悪霊に驚きつつも、話だけでも聞いてあげようと、耳を傾けた。どうやら、女装カフェに勤めていた好きな子に酷い振られ方をしたようで、そこから自暴自棄になり、命をたち、逆恨みから悪霊になり、嫌がらせをしていたようだ。にしても、もっと出てくるタイミングというのがあるだろう。しかも、今、そのバイトは辞めているというのだ。理由はどうあれ、関係ない人に迷惑を掛けるのは違うだろうと説教をしつつ、容赦なく祓いのける。
「お、終わりました」
「ありがとうございます!」
「いえ、お仕事なので…」
「本当に助かりました!」
感謝の言葉を述べる店長を余所に、暁人は僕が女装する必要性あったかなと、考える。折角丁寧に教えてくれた業務内容も無駄になってしまった。
「それにしても、似合ってますね」
楽しそうに笑う店長が、暁人の女装姿を褒める。長い黒髪のウィッグを被り、薄い紅色の小袖と紺色の袴に、フリルのついた肩掛けエプロンを付け、薄く化粧を施された暁人は、確かに似合っている。近くから見ても、女性に見えるほどだ。
「それ、褒め言葉ですか?」
「そりゃあ、褒め言葉ですよ!」
「嬉しくないです…」
「ちなみにこのままバイトしていきませんか?」
キラキラと効果音が聞こえてきそうな期待が込めた瞳で彼女は、暁人を見つめてくる。
「いや、遠慮しておきます」
「ちなみに時給は…………」
「やります」
はっきりと断りを入れる暁人に、秘密ですよとばかりに耳元で囁かれる。告げられた時給に、思わず一言で返事をしてしまう。
「(1週間バイトすれば、欲しかったバイクの部品が!)」
なんとも現金な理由である。という訳で1週間だけと店長に告げ、暁人は女装カフェで内緒のバイトをしているのだ。ちなみに凛子しか知らない。そして、女装カフェでの暁人の人気は、それは向いているのではないかというぐらい、好評だ。スタッフの多くは、趣味でしている女装をしている者が多く。肝心の暁人は、こんな世界もあるんだなという気持ちでバイトをしていた。バイトの所為で、アジトに中々顔を出せなくなった暁人は、KKにはちょっと怪しまれたが、レポートがあるんだと、何とか隠し通せてるはずと気にもせずバイトを続けていた。
「暁ちゃん、三番テーブルのところに行ってもらってもいいかな?」
「うん、いいよ」
「ごめんね、こっちのパフェまだ終わらなくて…」
無くなったお冷を取りにキッチンに戻ると、パフェに苦戦しているスタッフに話しかけられる。まだ終わりそうにない作業に、お客の相手をお願いされた。
「おかえりなさいませ、ご主じ、さ、ま…」
「似合ってるじゃねぇか…」
三番テーブルにハンディーターミナルを片手に向かう。お決まりの挨拶と共にお客の顔を伺った。営業スマイルが、目の前の何処かで見たことがある人物にどんどん濁っていく。
「……どうしてすぐわかるのさ」
「秘密だよ」
不服そうな暁人がKKを見つめる。前に飲食店でバイトをしていた時も、何故かばれていた。どこかにGPSでも仕掛けられてるの無いだろうかと疑問に思ってしまう。
「俺が散々着てくれって言っても着なかったのにな」
「KKのはアダルトショップの衣装だろ…」
「別にいいじゃねぇかよ」
楽しそうに笑うKKに、暁人の眉間に皺が寄る。前からお願いされていたコスプレエッチなるものを思い出して、だから知られたくなかったのにと、げんなりする。
「良くない!じゃなくて、ご注文は?」
「オムライス」
「最悪…」
未だ笑うKKに話を反らすために、注文を伺う。しかし、更に笑みを深くしたKKがメニュー表を指さした。示した先には萌え萌えオムライス(魔法の呪文付き)の文字が見える。最悪だ。
「ほら、行って来いよ」
「くそ野郎…」
ぼそりと呟き、オムライスを注文する。
「萌え萌えオムライスお願いします!」
周りに聞こえるように、やけくそで大きな声で注文を繰り返す。KKは周りの視線などお構いなしに、にやにやと笑ったままだ。
「(後で覚えてろ…暫くの間はビール抜きだ!)」
そそくさと、キッチンに引っ込み、他の準備を始める。
「暁ちゃん、三番テーブルの人知り合い?」
「え、あ、うん」
「ちょっとおじさんだけど、カッコイイね!」
「イケオジってやつだよね!」
キッチンで、オムライスが出来る上がるまでトレーにスプーンやサラダを準備していると、他のスタッフたちに声をかけられた。どうやら、KKとのやり取りを見られていた様だ。戸惑いながらも、話を聞いていると、何やらかっこいいと話が弾んでいる。確かに無精髭で人相は悪いが、整った顔立ちはしているんだよなと、KKの見た目を思い出す。
「見た目はいいけど、意地悪だし、口悪いし、子供っぽいし、ヘビースモーカーだよ…」
「喫煙者なんだー」
「確かにテーブルまで案内した時、少しだけ臭いした!」
「ちょい悪って感じも出てるんだー」
「かっこいいかも!」
「えー好みなのー?」
「憧れない?」
暁人の一言で、更に話が盛り上がっていく。"彼女ら"のマシンガントークに口を挟む隙がなくなってしまった。
「(うーん、かっこいいのか…いや、確かにKKはかっこいいけど…)」
なんとなく、心がもやっとする。他人に大事な人の事を褒められると嬉しいはずなのに…まさか、嫉妬?いやいや、KKに嫉妬だなんて…
「オムライス出来たよ!」
「今取りに行きます!」
モヤモヤした気持ちの中、キッチンスタッフから呼ばれ、出来上がったオムライスを受け取る。残り少なくなっているケチャップと一緒にトレーに載せ、KKが待つ三番テーブルへと向かう。だらしのないニヤニヤとした笑みを浮かべたKKが待っている。
「お待たました!これから魔法(呪い)をかけますね♡」
「おい、心の声…」
「美味しくな〜れ〜(○ねクソ野郎)♡萌え(〇ね)♡萌え(〇ね)♡きゅーん♡」
「……(コイツ)」
背後から黒いオーラが見えてくる。心の声は明らかに故意だろう。暁人の笑顔は完全に作り笑顔だ。先程までのもやもやした気持ちは、KKのだらしない顔を見るやいなや消え去っていて、今は如何に嫌がらせが出来るかだけなっている。
「………」
手でハートマークを作りながら、不吉な台詞を口にする。不敵な笑みで暁人は美味しそうなオムライスに、ケチャップでハートを描いていく。ハートを書き終えるや否や、ぎゅっとケチャップを握りしめると、残り少なくなっていた容器から、大きい音を立てて、血痕のようにケチャップがオムライスにかかった。
「………」
「どうぞ、召し上がれ♡」
奇跡的にオムライスにのみにかかったケチャップに、KKの口角がぴくぴくと上がる。周囲の気温が数度下がった気がする。
「……(この為にこのケチャップ選んだな)」
「食べさせてはくれなねぇのか?」
「そういったサービスはしておりません、ご主人様♡」
きゃぴっという、交換音と共にスプーンをオムライスに刺した。はよ、自分で食え。暁人は笑みを絶やさない。
「まあ、いいか、今日でバイト終わりだろ?」
「そうだけど…」
「もう少しで上がりなのも知ってる」
「だから、何処から情報が…」
「起業秘密だ」
オムライスに刺さったスプーンを引き抜いたKKが一口すくい、口に入れる。
「おっ、中々美味いな。でだ、この後、ちょっと付き合え」
流し込むように食べる姿に、これからの健康の為にしっかり噛むように言ったほうが良いなと、暁人は考えながら、KKの話を聞く。
「いいけど、後三十分ぐらいあるよ」
「待ってるさ」
「………わかった」
一口、一口とどんどん消えていくオムライスを見ながら、暁人は残りの勤務時間を教える。現在の時刻は午後の二時半。暁人は、もしかして、依頼の下見でも行くのかなと頷き、再びキッチンへと戻る。残りの時間を雑務に費やす。みるみる時間が過ぎ、気づくと退勤時間を迎え、暁人は借りていた衣装を店長へと持っていく。
「これ、ありがとうございました」
「いいんですよ、私としては至福の時だったので!」
そう言うと店長はうっとりと顔を赤らめた。可愛い女装男子が見れて最高でしたと声を掛けられる。
「それじゃあ、これで」
「はい!また機会があったら、いつでも大歓迎ですからね!」
店長の言葉にまたは無いかなと心の中で呟く。店内にいる他のスタッフに声をかけ、未だ三番テーブルにいるKKの元へ向かう。
「お待たせ」
「終わったか」
「うん」
「会計済ませてくるから、ちょっと待ってろ」
席から立ち上がったKKがレジへと歩いていく。先に出てようかなと、外へ出ると、入り口から少し離れた場所でKKを待つ。
「用事って何だろう」
「暁人」
「遅かったね」
「まあ、一応店長にお札だけ渡しておいたんだよ、また別の悪霊が出るかもだろ」
「あー、また出るかな?」
「あれだけ、客が来れば出てくるだろうな…」
外から見えるビルに飾られている看板に目を向ける。KKの言葉に苦笑いで暁人は答えた。「ところで、その紙袋は何?」
「あ、餞別だよ、餞別」
「?」
ふと、KKの手元に見慣れないものが見え、尋ねる。KKの餞別という言葉に何に対しての餞別なのか、理解できず、暁人は首を傾げた。紙袋の中を覗き込もうとすると、背中を叩かれ、さっさと歩けと言われてしまう。仕方なしに、KKの案内で目的地に向かった。
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「何で、ラブホなんだよ!!依頼先とかじゃないの?」
「一言も言ってないだろう」
「そうだけど、そう思うだろう!」
不意に手を握られ、ドキドキしながらやってきた場所はホテルで、しかもラブホであった。呆気にとられている暁人を連れ、淡々と部屋を決め、中へ二人は入っていった。
「先にシャワー使うぞ」
「えっ、あ、うん…」
ベッドの端でKKから距離を取って座っていた暁人は、思わず口ごもる。その様子に小さく笑ったKKがシャワー室に入っていった。
「いや、確かに久しぶりにしたいなーって思ってたけど、まだ夕方だよ、夕方から…うわーーーー」
ベッドの端で膝を抱え、羞恥心のあまり顔が赤くなる。まだ明るい時間帯からするのかと思うだけで、動悸が激しくなっていく。
「そ、そうだ。麻里に連絡入れとかないと、ちょっと遅くなるっと…」
スマホで麻里へとメッセージを打つ。適当に夕飯食べてね、夜更かしはしないように、と忘れないように連絡する。
「出たぞ」
ガチャリ、と扉の開く音に肩が跳ね上がる。視線だけ音の方へと向けると、バスタオルを腰に巻いたKKが立っていた。仄かに赤くなった肌に滴る髪。その姿を直視してしまい、目を反らす。勢いよく立ち上がると、入れ替わるようにシャワー室へと向かおうとする。
「は、入ってくるね」
「おっと、待て暁人」
不意に呼び止められ、ぎこちない動きで振り返ると先程餞別に貰ったと言っていた紙袋を渡された。
「?」
「着替えだよ」
「着替え?」
紙袋の中を覗こうとすると、早く入ってこいと促される。仕方ないので、シャワーの後にでも確認しようとシャワー室へ入っていった。
「さて、しっかり着てくるかな」
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「……本当にエロ親父!スケベ!変態!くそじじい!」
「おい、最後のはただの悪口だろうが!」
ベッドの上でのんびりと待っていたKKの元へ、シャワー室から暁人が出てきた。女装カフェで来ていた和風のメイド服姿で。長い黒髪のウィッグを被り、薄い紅色の小袖に紺色の袴。フリルのついた肩掛けエプロン姿。
「ウィッグまであるし…」
真っ赤な顔でエプロンを握り締め、KKの、ベッドの前に立つ。
「これどうしたんだよ」
「買い取った」
「はぁ?何無駄遣いしてるんだよ!」
「俺の金なんだから、好きに使ってもいいだろうが」
厭らしく笑うKKに、確かにそうだけどと、反論できず口をつぐむ。
「素直に着てくるのが、お前の良いところだよな」
「バスタオル無かったんだよ!」
「タオルあるだろう」
「小さいやつが数枚ね!あれで、どうやって出てくればいいんだよ!」
「全裸でも良かったんだぞ」
シャワーを浴び出てくると、バスタオルは一枚もなく、普通サイズのタオルのみだったのだ。やられたと思いながら、紙袋の中身を覗くと、先程まで来ていた衣装が丸々出てきて、思わず固まってしまった。だから、あんなにも機嫌が良かったのかと、苦虫を潰したような顔で衣装と睨めっこをしてしまう。とりあえず、バスタオルは無いし、着るしかないかと、一週間来ていた所為かすんなりと受け入れてしまったのだ。
「ご奉仕してくれよ、メイドさん」
「趣味悪っ、AVの見過ぎ」
「健全な青年でも一度は夢見るだろう」
「はぁー」
わざとらしくため息を吐いた暁人がベッドへと近づいていく。長い袴に動きづらそうにしながらも、ベッドの上に乗り上げる。
「わかりましたよ、ご主人様」
「そこは旦那様が好みだな」
「何それ…」
KKの一言に笑みをこぼし、腰に巻いてあるバスタオルに手をかけた。