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    アルバ×アキカゼ
    初恋のきっかけ話

    #小説
    novel

    斜陽の初恋 鮮やかな夕焼けを見る度に、あの日のことを鮮明に思い出す。初めてあの人の優しさに触れて、高ぶる想いと犯した過ちを呪うあの日のことを。

    ***

     厳格な両親は自由奔放な弟のことを諦め、教育を全て自分に注ぎ込んだ。神様へ捧げる舞の稽古、基礎体力や狩りの訓練、サバイバル知識、薬草毒草の見分け方、天候の読み方、獲物の分布。全て生きるために必要な知識だが、自由気ままに遊ぶ子供達を見ては羨ましさに後髪を引かれる日々だった。

     春先。大人への第一歩として、少年期に入った子狼達は日没までに一人で獲物を狩る催しがあった。
     狩りが始まる昼時。アキカゼは緊張した面持ちでいるが、打って変わって弟のスズカゼは「リスって香ばしくて美味しいよねぇ」と呑気に食事のことを考えている。
    「うーっし!やるぞ!アルバ、どっちがデカいの捕れるか勝負な!」
    「ま、負けねーし!この日のために頑張ったんだからな!」
    「はぁ……無茶して崖から転がるなよ」
     強がってはいるが、緊張しているアルバを見抜いてかノクスはゲーム感覚で彼に勝負を挑む。実際、ちゃんと狩りを完遂するぞと意気込むよりも、ノクスからの提案で緊張は和らいだ。調子づく二人を注意するダスクもいつもの風景だった。
    「……いいな」
     アキカゼは誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。楽しそうにしている三人を眺めるのは今に始まったことではない。仲間に入りたい好奇心よりも、ただ視線を向けただけで注意してくる親や教育係の影響の方が明らかに強かった。

     合図とともに狩りが始まる。ルールは一人で獲物を捕るというシンプルなもの。それに従いアキカゼは獲物を探すが、太陽が傾いても成果は得られなかった。昨日親の言いつけで夜更かししてまで稽古をやっていたのが祟ったのか、いつもより足は遅く判断も鈍っていたのだ。
     他の狼達も狩りをしている森の中は静まり返り、それでいて騒然としていて獲物を見つけることすらも難しかった。諦めて野ねずみでも捕るかと巣を探すが、そんな小さなものを持って行っても笑われるだけだと頭を横に振る。
     前日からの疲れもあり少しだけ川辺に身を潜めていると、偶然にも一羽の鴨が水面へ降り立つ。息を殺し、鴨が別の物に意識を向けた瞬間その体に食らいつく。
    「やった……!」
     動かない獲物を確認して、袋に詰めようと獣から人型に戻った時だった。鴨は仮死状態だっただけで小さな手から逃げようとバタバタと羽を勢いよく羽ばたかせる。
    「うわっ!この……!あっ!」
     バランスを崩して川の浅瀬に足を取られる。全身が濡れて、急いで顔をあげると、こちらの都合などおかまいなしに鴨は羽だけを残して夕暮れの空へ飛び去っていった。
    「どうしよう……」
     日没までもう時間はない。先日、舞の振り付けを間違えて酷く怒られた記憶が蘇る。なにより今日は親が特に力を入れて教育していた狩りの見せ場。どれだけ落胆させ叱り付けられるのか分かったものじゃない。
    「……どうしよう……っ」
     真っ白になっていた頭が働き始め、不安の波が押し寄せる。ぶたれて叱られるだけならまだ良い。眠ることも許されない厳しい訓練や、罰として入れられる狭い懲罰房のような箱の中はもう嫌だった。
     帰りたくない、どこかに逃げたい、泣きそうになっていたところに背後に気配がした。
    「ねえ」
     振り返ると、親がいつも「近づくな」と自分に言い聞かせていた少年が立っていた。
    「……これ、あげるよ」
    「えっ……」
    「袋交換しよ」
     彼から差し出された袋には膨らみがあった。中を覗くと野兎が一羽入っていた。
     親からの言いつけが絶対だったアキカゼにとって、アルバの行動は信じがたい物だった。家族の元に帰らない不良息子だと言っていたから、もっと不品行な少年だと思っていた。
    「でも……それじゃあ、あんたの獲物がなくなるじゃんか……」
     兎の入っている袋を返そうとするが、アルバはそれを見もせず地面に落ちている空の袋を代わりに掴んだ。
    「俺、他にも捕まえててさ。持ちきれないから友達にあずけて待っててくれてるんだ。だからあげるよ。じゃーな!」
     アルバは獣型になると颯爽と駆けていく。残されたアキカゼは今だ悩みながらも山に帰ろうと足を進めた。

     広場に戻ると皆それぞれが持ち寄った獲物を見せ合いっこをしていた。この場面は毎年の風物詩で、誇らしげにしている者、悔しがる者、残念そうにしている者。結果はどうあれこの催しは子供の成長を促し大人達は微笑ましく眺めている。
    「アキちゃん兎捕ったの〜?すばしっこいのにすごいねぇ」
    「う、うん……スズカゼは……うわっ」
    「ヘビ〜」
     スズカゼが袋から取り出したのはヘビ……の乾燥しきった抜け殻だった。
    「いや抜け殻じゃん……獲物とは言えないんじゃ……」
    「途中で脱げちゃったぁ」
    「嘘つけ」
     どんな時でもマイペースな弟を羨ましく思っていると、背後から三人組の会話が聞こえてきた。
    「お前あんなに意気込んでたのに惜しかったなー」
     反射的に振り返ると、そこにはアルバと、いつも彼といっしょにいる二人の友人がいた。
    (惜しかった……?)
     ノクスの言葉にアキカゼは耳を疑う。見ればアルバが持っている袋に膨らみはなく、中に獲物が入っている様子はない。先程彼が自分に言った言葉が嘘だとそこで気が付いた。
    「……袋の組紐が違う。誰かに取られたのか?」
     ダスクの鋭い観察眼にアキカゼの心臓がキュッと縮み上がる。咄嗟に自分が持っている袋の組紐を手で隠してしまうほどだ。
    「気のせいだろ?取られたんなら袋なんか持ってないよ」
     平然とアルバはまた嘘を重ねる。今すぐにこの袋を突き返すべきだとアキカゼは思った。しかし脳裏に蘇るのは父親の怒声。「自分の手柄を偽るな情けない」と正論と拳で殴りつけてくることは目に見えている。恐ろしさに勇気が出ず、そのまま子供たちは家へと帰って行った。

     日が暮れ、時間が経つ度に罪悪感は大きく膨らんでいく。夕食を終えてもなおアキカゼの表情は暗いままだった。
    「アウラ様はあんなに立派な獲物を捕ったのに……一人だけ何も持って来れないなんて、兄弟なのになんであんなに違うのかしら。その点あなたは偉いわね、さすがよアキカゼ」
     彼女は狩りに成功したにも関わらず、何故か浮かない表情のアキカゼを励まそうとしているのだろう。しかし自分の息子を上げるために他人を蔑むこの癖は、実の母親であっても吐き気がする。
     アルバの評価が下がっている事に我慢ができず、胸に秘めていた事実を打ち明けた。
    「母様……っ俺、本当は鴨を逃がしたんです!それをアルバ様が見てて、俺に兎をくれて……!」
    「……アキカゼ……」
     息子の独白を母親は遮る。
    「貴方は本当にいい子ね、あんな出来損ないを庇うなんて。でも貴方はあの子と違うでしょう?貴方は優秀な子なの。だからそんな嘘二度と言ってはダメ」
     信じていないのか、信じる気すらないのか。洗脳に似た賛美の言葉に恐怖すら抱いた。
    「でき、そこない……?」
     あの優しさが?人のために笑顔で恥を忍ぶ姿が?
    「違うよ……っ違うよ!!」
    「アキカゼ……!待ちなさい!」
     家は門限が特に厳しかった。夜に外出するなんてと、帰ったら叱られるに違いない。それでも走るしか無かった。

     ごめんなさい。ごめんなさい。
     俺がヘマをしなければ、貴方は皆から蔑まれることなんてなかったのに。
     友人との競い合いの邪魔をしてごめんなさい。
     懺悔しながらアキカゼはアルバを探す。

     やっと見つけた人物は夜であっても家に帰ろうとせず、一人岩場の上で月を眺めていた。母の言う通り本当に不良なのか、帰りにくい理由があるのか、問いただす間もなくアキカゼはアルバに初めて話しかける。
    「なんで……嘘ついたんだよ」
    「ん?」
     真っ先に口に出した言葉は謝罪でも、感謝でもなかったことに自分自身が一番困惑した。
    「自分だけ損して、バカじゃないのか……!」
     流れるように吐き出される言葉は醜いものだった。
    「俺に恩を売っといて、何か企んでるんだろ。お前は体が弱っちいから、ずる賢いことならすぐ浮かぶんだろ!この偽善者っ!」
     違う……!こんなことが言いたいんじゃない!!
     彼が偽善者なら、俺は卑怯者だ。なのに本人を前にした途端頭の回路は停止して、脳に染み付いた親の戯言しか吐き出せなかった。
    「なんで何も……言わないんだよ……っ喧嘩もできないのかよ、臆病者!」
     言い返してこいよ。本当の事を大人にバラせよ。俺が獲物を奪ったって嘘でもつけよ!
     じゃなきゃ、また酷い事を……言っちゃう……
     本音を言えない憤りと、焦りと、あまりにもガキっぽすぎる自分に腹が立って目に涙が滲む。それでも彼は言い返さず、俺の言い分を受け入れた。
    「君は捕れなかったら叱られるだろ?期待されてるってことだよ。……俺は最初から期待されてないから、叱ってすらもらえない」
     思い返せば、アルバの事を誰も叱らなかった。威厳に満ちた母親も獲物を持ってこなかった息子に対して「大丈夫、怪我がなくてよかった」となによりも身を案じて、自分とほぼ同じ大きさの猪を仕留めた兄のアウラも「そんな日もある」と彼を励ました。まるで初めから用意されていたような言葉は優しくもあったが、逆に彼を切りつけていた。
    「……っあ……」
    「猪見せられたら兎なんか出せないだろ?むしろあげた方がよかったんだよ。あーくっそ思い出しただけで悔しい!」
     自分に甘い家族に甘えて、己を磨かず友達と遊んでばかりいる。親から植え付けられていたイメージとは全くの逆で、アルバは何事にも挑戦して、失敗したらちゃんと叱ってくれることを望んでいた。
     友人との競い合いに勝とうとしていたんじゃない。周りの評価を覆してやろうと彼は意気込んでいたのだ。自分はその機会を奪ってしまった。
     他人の評価しか信じず、本人を理解しないで上辺だけを見ていた自分のなんて浅ましいことか。
     彼はどうしたら兄に勝るのかと悩み、自分の体を理解して……それでも受け入れて、懸命に戦っているのに。
    「っ……!俺は、礼なんか言わないからな!」
     いたたまれず、何も伝えたいことを言えないままその場を逃げるように去った。
     全部、この悪態が始まりだった。
     ずっと彼に謝りたかった。酷い事を言ってごめんなさいと。
     稽古の合間、暇を見つけては彼を探して声をかけようとした。でも緊張して、また酷い事を口走らないかと不安になると足が動かなくなる。
     彼はいつもがんばっていた。二人の友人と共に。
     肺が弱いから、走る代わりに泳ぎを磨いて補おうとしていた。
     大きな獲物が捕れないから、代わりに多くの獲物を捕ろうと足の速さを磨いていた。
     見る度に、彼の事が気になっていく。
     懸命に戦っている彼と自分を重ねていたのかもしれない。だからこそ、頑張る彼を見ているとどれだけ苦しくても励まされた。
     親に叱られても、稽古が辛くても、アルバ様も違う苦しみと戦っているのだと我慢できた。
     そのうちに、いつのまにか……彼を好きになっていた。





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