普通斑目獅音が少年院で出会った極悪の世代は皆癖が強い。イザナを筆頭にそれぞれ傷害など悪辣な事件を起こした彼らは、普通とはかけ離れている。それ故大人からも子供からも爪弾きにされて、それに対して不信感を抱き、また"異常な奴"とレッテルを貼られてしまう。悪循環だ。
だからこそ、同じように世間からはみ出た奴らが集まった天竺は居心地が良かった。ここでは異常が普通で、普通が異常になる。
そんな天竺の中で、異常さを隠しきれずどことなく異彩を放つのが灰谷竜胆だった。
「あそこの組は獅音に任せる。他に誰か連れてくのも好きにしろ」
天竺が結成され、簡単に挨拶した後の事だ。不良界の頂点を取るため、まずは横浜を統一すべく名のある不良達を潰すこととなった。イザナの右腕になることが秘めた夢である獅音は、それなりに大きな組を任されたことに歓喜していた。
その後に告げられた誰か連れて行っても良いという言葉は、実力を信じられていないようで小さな棘として胸に刺さる。しかしそれも一瞬のことで、獅音は兼ねてから悪い意味で気になっていた人物を指名することとした。
「じゃあ、竜胆」
「…オレ?」
竜胆の悪に染まりきっていない異常さが、獅音は気に入らなかった。いつも兄と一緒に付き行動する姿もガキ臭くて嫌いだ。だから獅音は、竜胆の実力を見極めてやろうという好奇心と、兄から引き剥がしてやろうという悪意を持って言葉を発したのだ。
「……ん」
竜胆は隣にいた蘭を見上げ、何らかのアイコンタクトをした。その様子が如何にも甘ったれた弟の姿で、獅音は侮蔑の一瞥をくれてやった。
しかし獅音の苛立ちも、竜胆の立ち回りを見てすぐに掻き消えた。
鮮やかな手際で雑魚を蹴散らしながらも、総長を相手にする手柄は獅音に譲る理性を持ち合わせている。また獅音の死角を完全にカバーしており、竜胆がサポートに優れていることが知れた。そしてサポートだけでなく、圧倒的な速度としなやかな手足から繰り出される攻撃は重く制圧力も優れている。
獅音には、なぜ竜胆が蘭に従うことをよしとしているのか理解出来なかった。
「いいんスか?」
「おー。なんでもいいぞ」
「じゃあオレこれ!」
危なげもなく一つのチームを潰した後、獅音は上機嫌に肉まんでも奢ってやろうと誘ったコンビニで、兄貴風を吹かせていた。
それを素直に受け取った竜胆が持ってきたのはアイスの王様とも言えるカップアイス。なぜこの寒空の下アイスなのかと思ったが突っ込まずに会計を済ませた。
「へへっ、あざっす!」
獅音の疑問を知ってか知らずか竜胆は晴れやかに笑ってみせた。年下に奢ることなどほとんどしてこなかった獅音にとってこの反応は酷く新鮮だ。ここまで素直に礼を言ってくれるならまた奢ってやろうと気分を良くした。
「なんて事があったんだよなー」
「ふーん」
珍しく蘭と二人きりになったある日、沈黙に耐えかねて雑談として以前あった出来事を話した。共通の話題があまりないからこその選択だったのだが、それは誤りだった。
「竜胆って普通のやつかと思ってたけど喧嘩の時容赦ねぇよな」
「当たり前だろ」
獅音は蘭の反応も気にせず竜胆のこういう所が好ましい、と一方的にまくし立てていた。蘭は聞いているのかいないのかろくに相槌も打っていなかったが、獅音が何となく話を振ると反撃の一言を繰り出した。
「オレの弟なんだから」
その声色に滲むどろりとした感情は決して弟に当てるものではないことを獅音は反応的に感じ取る。異常に見える竜胆が普通でいるのは、この目の前の男によるものなのだ。