彼が血を吐いた、と聞いて医務室に駆けつけたラーハルトの顔色の方が、おそらく酷かっただろう。
「ただの鼻血だ、雪玉が当たったんだ」
当の本人がけろりとした表情で語り、
「でもよぉ、オレが見た瞬間ぱっと雪の上に血が散ってさ、ほんと吐血したかと思ったぜ」
目撃者の魔法使いが続いて語り(なるほど捻じ曲がった伝言の大元はこれだ)、
「まあ大したことなくて良かったよ」
と小さな勇者が笑顔で締めて終わった。
全く拍子抜けであった。
パプニカに珍しく雪が降り、さらに珍しくそれが積もった日、城内では通路や鍛錬場などの雪片付け作業を下級兵士達が行っていた。だが、大半が若い兵士達のやることである、悪ふざけから雪合戦になった。通りかかったポップがその中に見知った兵士を見つけて声を掛け、一緒にいたヒュンケルもついでに巻き込まれて顔に一発食らった、という流れ。
「遊びの雪玉くらい避けれただろうに」
「…魔剣の頃の、何を食らってもある程度は平気だという癖が抜けないのかも知れん」
「は?それ、魔法だけの話だろう?」
腑抜けたことを呟くヒュンケルの様子にラーハルトは脱力してしまう。出血も止まり、それでも強く雪玉が当たったのか鼻には傷用のテープが貼られて少し間抜けだ。何だ、とても心配して来たのに。
大事ないと見たポップやダイ達が部屋から引き上げていく。他に誰もいなくなり、ラーハルトも何と声を掛けて立ち去ろうかと思っていた時、
「ラーハルト」
ヒュンケルがもぞもぞと手を動かしながら話しかけて来た、小さな声で。
「雪玉に、石が入っていたんだ」
「何?」
ポケットに差し入れた手を出して開いて見せた。指の第一関節くらいの大きさの小石。
「咄嗟に…拾って隠してしまった」
「なぜ言わん」
「言えなくて…偶々なのか、狙って投げられたのかも分からないし」
なるほど、姫の温情判決ありきでもやはりヒュンケルはこの国では面倒な立場にある。表面上は何事もなくとも、このようにして消せぬ敵意は投げつけられる。
目を合わせると途端に表情は暗い。先程までは弟弟子達の手前、何事もないように振る舞っていたのだろう。こんな些細なことで誰の気持ちも煩わせたくないと。
ここにいる限り、彼はこのような気の使い方を、これからもずっと。
「寄越せ」
「あ」
ヒュンケルの掌から小石を奪い、すぐ傍の窓を開けて放ってやると階下の木に吸い込まれ葉をカサカサと鳴らした。
「…どうせ誰にも言う気はなかったんだろう?」
振り返ってラーハルトがそう言うと、ヒュンケルは安心したような、申し訳ないような表情で頷いた。
ああ、ここは駄目だ。彼を少しずつ殺してしまう。
………
ここからまた二人旅に出るようなのを想定したり。私のラーヒュン二人旅はちょっと逃避行のイメージもあるんですな…最悪野垂れ死んでも一緒なら後悔しないような。
雪玉で吐血のモチーフは完全にコクトーの恐るべき子供たちから。