【モクチェズ】その辺の犬にでも食わせてやる 何度か画面に指を走らせて、写真を数枚ずつスライドする。どんな基準で選んでるのか聞いてないが、選りすぐりです、と(いつの間にか傘下に加わっていた)"社員"に告げられた通り、確かにどの子も別嬪さんだ。
(…………うーん、)
けど残念ながら全くピンと来ない。これだけタイプの違う美女を並べられてたら1人2人くらい気になってもいいはずなんだが。
(…………やっぱ違うよなぁ)
俺はタブレットを置いてため息をつく。
チェズレイを連れて母親に会いに行ったのはつい数日前のことだった。事前に連絡を入れてたものの、それこそ数十年ぶりに会う息子が目も覚めるような美人さんを連れて帰ったもんだから驚かれて、俺の近況は早々に寧ろチェズレイの方が質問攻めになっていた。やれおいくつだの、お生まれはどちらだの——下手すりゃあの訪問中、母とよく喋ったのはチェズレイの方だったかもしれない。それで、数日を(一秒たりとも暮らしてない)実家で過ごした後、出発する俺達に向かって名残惜しそうにしていた母はこう言った——『次に来る時は家族が増えてるかもしれないわね』と。
俺はタブレットを脇に置いて天井を見上げた。
(まぁ、そういう話にもなるよなぁ……)
何せ年が年だし一人息子ともなれば、母が初孫を見られるかは俺にかかっている。チェズレイがあんまり美人だから母も勘違いしたんだろうが(何せ年齢や出身は聞いても性別までは聞いてなかったし)、よくよく考えなくてもあいつとは一蓮托生の相棒だってことを言外に確認しただけだ。
(…………付き合ってるわけじゃないんだよな)
つまりはそういうことになる。
こっちとしては、そういう抜き差しならない関係になるのも吝かじゃない。同性と付き合った経験はないが、俺は性別がどうのいうことを差し置くほどの情をあいつに持っている。
(…………けど、)
あいつがそうだとは限らない。もっと言えば、感情がようやくよちよち歩きし始めたばかりのあいつに、そういう話をすべきだとも思わない——今俺があいつに抱いてるのは、下手すりゃ一生伏せてくべき、そんな気持ちなのだ。
「…………」
俺は画面をまたスクロールした。載ってる写真は様々で、結構際どいのから見合い写真みたいなのまである。"家族"ってやつにそれなりに思うところが出てきたってのもあるし、"家族としての"情を持てるような相手なら、或いは探せたりするのだろうか。
(…………下衆だねぇ、俺も)
そういう話はそういう話で別に考えていくのは理に適ってるはずだ——それこそ下衆ってことになるんだろうが、一生あいつと一緒にいるにあたって、この気持ちを墓に持って行く気なら、何かの形でバランスを保たないといつか危うくなってしまうのは目に見えている。
「…………」
ため息をついて、俺は椅子に深く座り直した。
(ま、あっという間にじいさんになっちまいそうでもあるんだよなぁ……)
先送りしがちなのが悪い癖なのは分かっている。もう四十路にもなるし、リミットがあることも。だが、チェズレイといる毎日は刺激的な上にとにかく色々目まぐるしいもんだから、伏せたままの気持ちを燻らせるような暇すらなく、気づいたら年単位で時間が経ってそうな気もする。だから本当はこんな馬鹿な真似は必要ないのかもしれない。
(……おいおい考えてきゃ良いか)
とりあえず"協力"してくれた通りすがりの"社員"にゃ悪いが、一旦断り入れて——
「おや、こういった方がお好きなんですか」
「‼︎」
注意力が散漫になってたらしい——気配を察知し損ねたらしく、背後から顔を出してきたチェズレイに少し驚いちまう。チェズレイはそのままひょいっと手を伸ばしてきて、俺越しにタブレットを操作し始めた。はらりと俺の肩に落ちてくる髪。綺麗な指先がディスプレイをなぞって、ともすれば少し際どい感じの写真にすらさらっと視線を落として——
「ふむ、あなたも守備範囲が広いことで」
一通り画面をスクロールした後、チェズレイは言った。……いや、守備範囲っちゅうか何ちゅうか——どう誤魔化すかを考えてると、ふっとチェズレイがため息をつく。
「ところでモクマさん」
「うん?」
「私は浮気は許さないタイプですが」
「えっ……あぁ、」
口先だけで返事をしながら、瞬きをして、少し考える。
(浮気って……)
この中にお前さんが付き合ってる子がいるとか? お前さんにそんな気配欠片もなかったけども、おじさんの知らないとこで、いつの間にそんな——
(………………は、)
考えが及んだ瞬間、すぅっと気持ちの芯の部分に底冷えするような冷たいものが走った。それは瞬く間にじわじわと広がって、思考に影を差す。
(………………何で、)
何でその可能性を考えてなかったのか。
俺が今こうして色々考えてるように、こいつだってそういう年頃なんだし、浮いた話の一つや二つ——
「? モクマさん?」
後ろを振り返ると、見下ろしてくるチェズレイの瞳には俺が映っていた——強張った表情の中に、昏い感情を宿した目をした、小賢しい男が。
(………………あぁ、)
所詮、俺も真性の下衆かと自分の限界を思い知る。あれこれ考えようが、感情は正直だ。
「…………偶然だねぇ、」
俺はタブレットをテーブルに置くと、後ろに向き直ってチェズレイに笑いかけた。
あぁ、馬鹿馬鹿しい——
こいつのことを"本当の意味で"大事にしようとか、こいつの気持ちを尊重しようとか、どんなに頭じゃ良心的なことを考えても——所詮は下衆の、机上の空論だった。
何ならこいつが誰を好いてたとしても奪い取ってやる——それぐらいのドロドロとした気持ちが腹の底に渦巻いているのを、はっきりと自覚する。
手を伸ばして、チェズレイの後頭部に触れる。柔らかな髪と、温かな体温——この体に誰か他の人間が触れたりするのを想像するだけで、腹立たしい。
(……俺の方が多分、もっとそういうタイプだよ)
何なら、手をつけられないくらいに——俺はそう心の中で呟く。
俺はチェズレイに視線で瞼を閉じるように促した。
怪訝そうに、だが素直に閉じられていく瞳を見つめながら、俺はチェズレイに顔を寄せる。
あぁ、本当に身の丈に合わない馬鹿なこと考えてたもんだ。
こいつを手に入れるためならば——なけなしの良心なんて、その辺の犬にでも食わせてやる。
結局はそんな考えにしかならない癖に。