初心 鬼島と天生目が、まだ小学生だった時の話。
その頃から一緒にいる割にお互い好きに過ごし、たまに取り留めなく会話をするのが常だった。そんな風にいつも通り過ごしていたある日。
「空良はだれか好きな子いるの?」
読んでいた雑誌の影響か、天生目が澄ましつつも面白がっている顔で鬼島を見ていた。
「おまえ」
考えるより先に自然と口から出た言葉は、妙にすっと胸に馴染んで〝あぁ、オレはこいつが好きなのか〟と、この時初めて鬼島は自覚する。
「そういう意味じゃないよ」
けれど天生目はきょとりとした後、直ぐにカラカラと笑って言うと雑誌に目を戻してしまう。幼い鬼島は天生目の言う『意味』がよく分からず困惑したが〝フラれた〟と、言う事は直感的に理解出来てしまった。
「そっか」
やたらと痛む胸から目を背けて一言と返すのがやっとだったが、天生目もそれ以上聞いて来る事は無く、自覚したばかりの鬼島の初恋はあっという間に玉砕した。
それから月日が流れるも、一度芽生えた恋心は一向に消える気配を見せなかった。表に出せないままズルズルと引き摺り続けながら、鬼島は天生目の親友として隣で過ごす。何度も気持ちを切り替えなければと足掻いたが、悩めば悩むほど沼に嵌って行くかの様に好きだと言う思いが深まり、身動きが取れなくなってしまう。いっその事、アングラマッチを辞めて街も出て、物理的に距離を開ければ、ただの親友に成れるんじゃないか、と淡い期待で天生目に引退を告げた高三の夏。怪異と言う訳のわからん存在のせいで、命掛けの遊びを強制される事になり、周りの人間まで命の危機に巻き込んだ。関係が無いにも関わらず、それでも一緒に戦い、最後まで支えてくれたのは他ならぬ天生目で、好きになるなと言うのが無理な話だった。
ニ人、無事に生き残り戻ってきた日常。鬼島のアパートで、いつものように隣り合って、好きに雑誌を捲り、下らない会話を少しして。
指が触れ、目が合い、笑った。
たったそれだけの事だったのに、気が付けば唇を重ねていた。
触れ合うだけの子供の行為ではあったが、顔が離れ鼻先の天生目と目が合った瞬間、鬼島は全身から血の気が引くのを感じた。
「わりッ」
後悔と罪悪感で慌てて離れようとする鬼島の服が何かに引っ掛かる。見れば、摘むと言うより握る天生目の手が確りとシャツを掴んでいた。
緊張で心臓が早音を打つままに様子を伺っていると、目を軽く伏せて、自身の唇にそっと触れる天生目の頬が赤く色付く。
「一度だけ、かい?」
照れたせいか上目遣いになった天生目に、鬼島の理性が殴られたかの様にぐらついて、込み上げた感情に長年の思いが爆発を起こした。
「好きだ」
真っ直ぐに目を見詰めながら衝動的に溢れた音は、確かに鬼島の声であったが、意図して発した記憶も感覚も鬼島には無く、まるで他人の言葉みたいに聞こえた。天生目は少しばかり驚いた様に瞬くと、淡かった頬を瞬間に染め上げる。
「僕と一緒だね」
真っ赤な顔で照れ臭そうに笑う天生目の返事に、今度は鬼島が目を瞬いて止まる。脳が上手く働かず、頭の中で繰り返し反芻させて漸く理解すると、一気に血が駆け上り顔が熱くなった。
「ぉッ、おう」
「なんだいその返事は」
態とらしく頬を膨らませる天生目が拗ねた調子で呟くも、抑え切れていない喜びの表情で照れ隠しなのは一目で分かった。
「で、するの? しないの?」
「する」
ほぼ反射だけで即答すると、天生目は小さく肩を跳ねさせたが、直ぐに満足気に笑い目を閉じた顔を鬼島に向ける。何処か艶やかなその表情に鬼島は思わず生唾を飲んだ。いざ意識的に行おうとすると緊張が増して体の動かし方さえ分からなくなり、錆びた機械の様に体は軋むが、心臓だけが破裂せんばかりに高鳴っていた。
柔らかに触れるだけの行為は先程の無意識よりも短く、逃げるみたいに離ると、先よりも更に赤くなった天生目が見えて、鬼島も釣られて赤くなる。
「真っ赤じゃないか」
「お、おまえだって」
今更にお互い照れやら恥ずかしさやらで、気まずくなり目を逸らしあったが、何やら可笑しくて、つい笑いを零す。クスクスと笑いながら天生目が鬼島に凭れ掛かった。
「知らなかったなぁ。君が僕のこと好きだったなんて」
確認するみたいに呟いて頭を肩口に擦り付ける。
「いつから?」
「ガキのときから」
けろりと答える鬼島に天生目は意外だと言う様に目を瞬かせる。未だに忘れられない鬼島が、かつての思い出を語ると天生目が、大きく目を見開いた。
「え!? あれってそうだったの?」
驚きで頭を上げた天生目だったが、勿体無かったな、と小さく零すと直ぐにまたポスリと肩口に帰って来た。
「おまえも覚えてんのか」
「忘れるわけないだろ。友達として、だとしても、君が好きって言ってくれたんだから」
ちろりと上目遣いになった天生目が、悪戯をする時の様に目を細めた。
「友達としてじゃなかったわけだけど」
「そうだな」
改めて言われ、鬼島は妙な後ろめたさを感じ、思わず目が泳いでしまう。それを見た天生目は、また、楽し気に笑みを浮かべた。
「もっと早く恋人同士になっちゃえばよかったね」
「こいびとどうし」
何気ない天生目の言葉を鬼島が繰り返す。言われてみれば、告白をしてお互い同じ気持ちだとわかってキスをしたたのだから、そうなるのだろう。だが、言葉として表されると、嬉しさ恥ずかしさ期待で鬼島はむず痒い気持ちになった。隣の体を抱き寄せると、天生目はされるがままに寄り添ってくるので、鬼島は言いようのない幸福感が胸を満たすのを感じた。
「幼馴染で親友で恋人か」
しみじみと感慨深く口にする天生目も、幸せそうに顔を緩めている。
「今まで以上に、色々できるな。二人でさ」
「色々?」
楽し気な天生目に鬼島が聞き返すと、含み有る笑みで目を細めた。
「そ、色々。僕が教えてやるから、一緒に覚えていこうな、空良」
何の事だか検討も付かないが、天生目が相手なら別に問題も無い鬼島はにべもなく頷く。
「よくわからんが、よろしく頼む」
「こっちこそ、よろしく空良」
嬉し気に抱きついてくる天生目を確りと抱き返す。
「もう、離してやらないからな。空良」
「おまえこそ、俺から逃げられるなら逃げてみろよ。天生目」
笑い合う二人は自然と唇を寄せ合った。