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    hoshinami629

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    hoshinami629

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    cql準拠、金瑤の最期に心ざっくりやられた藍曦臣が、金凌と文通して自分の中の虚無を打ち明ける、みたいなものを書きたかったのだけれど、世界観設定の曖昧さ故に書けなくて放置していたもの。冒頭の漢詩は李賀の感諷五首 其三です。

    #cql

    無題南山何其悲,鬼雨灑空草。
    長安夜半秋,風前㡬人老。
    低迷黄昏徑,褭褭青櫟道。
    月午樹無影,一山唯白曉。
    漆炬迎新人,幽壙螢擾擾。

    南山何ぞ其れ悲しき 鬼雨空草に灑ぐ
    長安夜半の秋 風前、幾人か老ゆ
    低迷す黄昏の徑 褭褭たり青櫟の道
    月午して樹は影無く 一山は唯だ白曉
    漆炬は新人を迎へ 幽壙に螢擾擾たり


     櫟の並木が続く先に、その墳墓は造られていた。
    「城市からも離れていて万が一の時にも安心ですし、かといって並木があるから場所が分かり難いということもないでしょう? ここなら……」
     聶懐桑は儀式の合間、言い訳でもするかのようにそんなことを言った。
    「大哥も、ここなら安らげると思います」
     並木も周囲の山々も、赤と黄の華やかな装いである。封じたものを刺激するといけないから棺を挽くのは最低限だったが、その道中だけでも山間の美しさは目に沁みるようだった。
    「美しいところだ」
     江澄は気遣わしげな目線を金凌へと向けつつ、隣の聶懐桑にも手短に返して見せた。常であればこの舅父の側近くであれやこれやと言葉を交わす金凌も、今日は少し離れた場所でうっそりと黙りこくっていた。宗主を醜聞と共に失った金氏は今、内部で揉めに揉めている。金凌が鬱々とした様子であるのも、それと無関係ではないだろう。敬愛していた叔父の裏切りと死、家中の揉め事、そして若くして宗主を継ぐかもしれないという重責。少年が一度に負えるような重荷ではなかった。
    「ええ、これで一安心。改めて墳墓にも封印を施すから、そういう意味でも安全だし……」
     聶懐桑はそこまで言って藍曦臣を見遣る。同意して欲しい、とその瞳は語っていた。彼が藍曦臣に負い目を感じているのは分かっていた。それを責めるつもりもなかったが、負い目を取り除いてやりたいという気持ちにもなれなかった。
    「――そうだな」
     だから藍曦臣は、ただ弱々しく首肯した。聶懐桑はその一言に小さな満足を見せると、一礼して儀式の差配へと戻って行く。残された江澄と藍曦臣は、何を言うでもなく儀式の進行を見守った。
     線香の香り、封印の呪文、土をかぶせる音、封樹のざわめき、どれもが酷く遠かった。あれは空の棺ではないのか、と藍曦臣は何度も疑問に思った。一体誰が入っているのだと? だがそれを口に出しはしなかった。周囲の人々の了解と己の実感がずれていることは分かっていた。そして、己の実感こそ信じてはならないのだということも。だからただ、黙したままでいた。
     それぞれの複雑な内心を置いて、大典は滞りなく進められた。参列者の拝礼も終わると、故人を偲ぶ――或いは揶揄い、或いは罵る――三々五々のざわめきが、徐々に場を支配していった。これは金光瑤の葬儀ではなく、飽くまで聶明玦の封棺の儀式だった。誄を述べる者もいなかったし、哭泣する者もいなかった。寧ろ籠った笑い声と囁きが、その場をそれとなく覆っていた。
     帰ろう、と藍曦臣は思った。この後に近くの城市へ移動して饗応があると聞いていたが、とてもではないがそれには参加できそうになかった。既に周囲で飛び交う言葉の数々に、耳を塞ぎたい思いだったからだ。藍氏の修士を数名連れていたので、彼等には饗応まで残って構わないこと、自分は御剣して雲深不知処へ先に帰投することを伝えた。流石に事情を心得ていたのだろう、修士たちは呑み込みよく頷いて見せた。
    「あの――澤蕪君。顔色が大層お悪いですが、お一人で大丈夫ですか?」
     修士の一人が遠慮がちにそう言ってくれたが、構わないと答えた。一人になりたかった。思考と感覚を断裂させないと、他人とは話せないような気がした。事実、この儀式の間ずっと、彼はそのようにしていた。何も話さない代わりに、何も感じないようにと努めていた。強い麻酔のようなものだった。
    「気にしないでくれ、先に戻るだけだ」
     言葉少なにそう言えば、修士たちは遠慮がちに、はあ、と言って引き下がる。その眼差しすら煩わしくて、では、と言って彼らに背を向けた。
    「――あの」
     腰に佩いた剣――朔月ではなく代わりの剣を帯びていた――を抜こうとした時、不意に背後から声が掛かった。面を上げれば、先程沈鬱な様子を見せていた少年の姿がある。近くで見れば、眉間の辰砂の明るさが、却って目元の影をくっきりと浮かび上がらせているような気さえした。
    「お呼び止めしてしまって申し訳ありません」
     そう言って金凌は一揖する。藍曦臣も剣を鞘に戻して礼を返す。が、少年はすぐには話し出さず、口を開いては閉じてを数度繰り返した。憔悴した面に逡巡の色が見て取れる。拳を強く握っているのも見えた。
    「……そんなに緊張せずとも。言ってみなさい」
     年下の人間に接するとつい、兄が弟に取るような態度になってしまう。生まれてこの方、兄として振る舞う機会ばかりだったから。
     兄。その言葉が痛みに繋がりそうな気配を帯びていたので、藍曦臣は慌てて思考を停止させる。だが金凌には無論そのような彼の内心など分かるはずもなく――窺おうにも、金凌自身そんな余裕もなかった――、ただ思い切って絞り出すように返答した。
    「あの!……蘭陵に戻ったら、澤蕪君に宛てて、書信を書いてもご迷惑ではありませんか」
     全く予想していなかった言葉だった。藍曦臣がぽかんとしているのをどのように受け取ったのか、金凌は視線を彷徨わせながら焦った様子で言葉を続ける。
    「ご迷惑なら良いんです、あの、読まずに捨てて頂いても構いません。ただ、澤蕪君にだったらお伝えしても良いだろうってことがあって……その……つまり……叔父上のこと……」
     金凌はそこまで言うと、ふつっと黙り込む。叔父上のこと。その言葉に、藍曦臣は漸く金凌と視線をかち合わせた。二人の周囲からは、とめどなく金光瑤への罵倒が聞こえて来た。
     午後の日は段々と高度を下げ、木々は長い影を落とすようになって来ていた。ひんやりとした風が二人の間を過ぎてゆく。二人とも、傷を抱えていた。金凌は勇気を出して、そのことを示してくれた。藍曦臣は、何やら申し訳ないような思いに駆られた。他者を信じることは、今の彼にとって恐ろしすぎる行為だったが、目の前の少年も近しい傷を抱えていてなお、それをやってのけた。それをさせたのは自分のような気がして、胸が詰まった。
    「……私などで良ければ、いつでも」
     黒瑪瑙のような瞳が大きく見開かれる。二粒の貴石は、少しばかり潤んで見えた。泣けるというのは良いことだ、と藍曦臣はぼんやり思った。
    「ありがとうございます……」
     絞り出すような声音に、藍曦臣は小さく笑む。苦しみに真摯な少年の姿には、ほんの少しとはいえ彼の心を慰撫するものがあった。未だ華奢な肩を優しく叩く。少年も、ぎこちなく笑んだ。お互いに頷くと、それきり言葉はなかった。藍曦臣は剣を抜いて、その場を立ち去った。

     閉関することを告げても、実弟は少しも驚く素振りを見せなかった。ごく静かに、宗主の職務は叔父と分担するとだけ返して来た。叔父は辛そうな瞳でこちらを見たが、それに誠意でもって応えることは、最早出来なくなっていた。叔父もそれを理解してはいる風だった。叔父が自分を誰に重ねて見ているか、彼にはよく分かっていた。だが彼は酷く消耗していた。外界や他者と関わることが、日に日に苦痛になっていった。麻酔はどんどんと効きにくくなるものだ。
     彼は叔父と弟、二人から一応の了解を取り付けると、速やかに嘗て母の住まいだった建物に移り、門を閉ざした。閂を鎖した時、大きく息を吐いた。一人になれるのがありがたかった。
    「魏公子が甦る前は、忘機、お前を父親に似た息子よと思ったものだったが……」
     柔らかな湯気が立ち上っている。藍湛は無駄のない所作で茶を淹れながら、ちらと叔父に一瞥を投げる。このところのあれこれで、すっかり老け込んだかのような叔父の姿である。
    「私も兄上も、父上の子ですから」
     そう言えば、叔父は俯いて肩を落とした。
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