beside you 眠る時に君の声を聞いていたい。君の歌が聴きたい。だけど…ああ、最大の難関がある。この歌は本当に好きだし、君を好きになる前は、何ならエモいとすら思っていたんだ、同期のナレーションなんて。私には完全な同期というのは今はもういないし、羨ましくて微笑ましいなと思っていたのに。それに一つ、認めたくないことがある。私の声より浮奇の声より低いこと。ハスキーでスモーキーで特徴的。正直に言えば、めちゃくちゃ悔しい。
だからって、もう一曲の方だと…あの男はサビを歌っててセンターにいる。無理。むかついて眠れなくなるよ。そもそも眠る時に聴くような曲でもないし。
「ねえ浮奇…お願いがあるんだけど」
「なに?」
コーヒーとチョコレートをつまむだけの通話。私と浮奇の中で、定番になりつつあった。
「déjà-vuの…歌だけってないの?」
浮奇はキョトンとして、それからいつもの深い声で笑った。
「スハ可愛い。俺以外の声が嫌なの?」
「…浮奇の声で眠れたらいいなって思っただけだから」
名前は出さなかったのは浮奇なりの優しさだ。君があの男を何て呼んでるかなんて、周知のことだしね。
「うーん…あるにはあるんだけど、ごめん。他の人にはあげない約束をしちゃってて」
一瞬、びっくりするくらい胸が痛くなった。心臓の場所が、嫌でも分かった。
「そっか…仕方ないよね。そういう約束を守るところも好きだよ」
これが、私の精一杯の強がりだった。諦める気はさらさらないけど、変に卑屈になったりはしない。常に戦略が必要なんだ、敵は両手の指でも足りない上に、何なら増えた。おまけに、最大の敵までいるんだからね。
浮奇は右手の人差し指をトントンと唇に当てて、私を見た。
「それにさ、あのデータはあの歌の世界観をイメージしてもらえるように歌ったものなんだ。スハなら分かると思うんだけど、世界観や感情を表現する為に歌う時と、曲の内容は関係なく今出したい感情を乗せて歌う時とあるから…」
「うん、分かるよ」
波が揺蕩うオッドアイが一瞬、伏せられた。少し照れたように。
「もしスハが、眠る前に聴いてくれるんだったら、スハがよく眠れるように、夢の中でも俺がスハに会えるように…そういう気持ちで、スハの為だけに歌うから、それじゃダメ?それを録音してあげるよ」
さっきは痛みで分かった心臓の場所に、甘いときめきが満ちていく。同じ場所が痛むのに、辛いときと甘いときがあることを、私は初めて知った。
「浮奇…」
「あ、それとも、一緒に歌う?スハが上で、3度か5度ハモリとか。こないだのセフィナとのカラオケ、スハが上でハモったのすごくかっこよかったな…」
イタズラっぽく笑われると、もう私はどうしたらいいのか分からなくて。
「スハの声と歌が本当に大好き。スハが他の人に合わせて歌うのが上手なのは、優しい人だからだって思うよ。尊敬と…ちょっとヤキモチ妬いちゃうけどね。スハは染まりやすい人。気を付けてね」
キラースマイル。本当に殺されそう。今、一番私を染めている癖に。私は両手で顔を覆った。
「浮奇、ちょっと待って。私…いま、すごく…恥ずかしいって!」
「あはは、可愛い。それで、どっちがいい?俺が歌うのと、二人で歌うの」
「…両方に決まってるでしょ」
浮奇は楽しそうに頷いた。顔を覆った指の隙間から、紫色の木漏れ日が私の心を温かく照らす。
歌詞を変えて歌った男の存在は、一旦忘れてあげる。あいつに出来なくて、私に出来ることを教えてあげる。いくらでも。