Someone special like you 初めは小さな違和感だった。気付かないふりが出来るほど、小さな小さな綿ぼこり。だから、そのまま気付かないふりをして、部屋の隅に「それ」を追いやった。私には今、必要のないものだから。
「はぁ………」
今夜何度目か分からないため息を吐く。枕元に置いたスマートフォンを手の感触だけで手繰り寄せ、電源を入れる。暗闇にぼんやりと浮かび上がる画面には、午前3時5分の文字があった。
(なんでこんなに眠れないんだろ)
今日だけではない。スハはもう、何日もうまく眠れていなかった。暗闇の中目を閉じると、頭の中で誰かが囁くのだ。しかも、何を言っているのかよく聞こうとしても、言葉は端から霧散するようで掴み取ることが出来ない。
(いい加減にしてよ……)
今夜はもう駄目かもしれない。ぼやける頭を抱えながらスマートフォンの画面を眺めていると、ブー、という音と共にYou Tubeの通知が届いた。
(誰かが配信始めたのかな…………あ、浮奇くん)
表示されたのはもう随分と呼び慣れた名前だ。スハはなんとなく、通知をタップして配信を開いた。
軽快な音楽とともに、夜空に滲む紫の青年が映る。どこか遠くを見つめる紫の青年は、背後に通り過ぎていく美しい流れ星にも負けないほど、凛としていた。
スハの手の中の、画面のさらに向こうにいる彼。たくさんの時間を共に過ごし、色んな話をした彼。どちらも同じはずなのに、今この瞬間、彼は自分とは違う世界に生きているような心地がしていた。
どのくらいそうしていただろう、スハは画面の向こうを見つめたまま動けずにいた。
頭がぼうっとしてくる。そのうち、頭の中でいつもの声が囁き始めた。
『彼がこちらを向けばいいのに』
『私のことを見てくれたらいいのに』
急に鮮明に聞こえた声にハッとした瞬間、目の前の画面が静かに切り替わった。
紫の青年が柔らかく微笑んでいる。
浮奇くんが、私に、向かって────。
その瞬間、急激に身体に血が巡り始めたのが分かった。耳の奥から、どく、どく、と鈍い音が響く。息があがって、小刻みに手が震えている。スマートフォンを取り落として、部屋をやわく照らしていた光が、細く四角い線に変わった。
分かった。分かってしまった。
布団を頭までばさりと被り、ぎゅっと目を瞑る。まぶたの裏でいくつもの光が弾けて、身体中を暴れ回っている。溢れ出した想いを抱えきれないまま、スハの耳は布団越しにやわく響く、彼の甘やかな声を辿っていた。