ハートが見えるようになった岩ちゃん「おはよ、岩ちゃん♡アララ、まだ寝惚けてる?」
朝練に行くためにいつもの時間に家を出ると、門の前で待っていた及川。
そこまではいつもと変わらない。
違うところがあるとすれば、及川からハートが飛んでくる。
違う、ツムなんとかっていうゲームの話じゃない。
それに関して言えば一時期ハマっていた時にハートをお互い送りあっていた。
漫画みたいな話だが及川からハートが飛んでくるのだ。
別に当たったから痛いとかそういうことはない。
「寝惚けてねぇよ。お前は朝から底抜けに元気だよな」
「ちょっともう俺が馬鹿で能天気みたいじゃん!」
「似たようなもんだろ、ほら行こうぜ」
ぷりぷり怒りつつも相変わらずハートが飛んでくる。
しかも結構デカい。
多分夢なんだろうけど、なんだろうこのハート。
「及川さんおはようございます…!」
「及川さ〜ん!」
学校に向かう途中で女子に囲まれる及川。
今度は女子から及川にハートが飛んでいる。
記号だけで意味を汲み取るならこれは好意なのだろうか。
女子から及川に、はまだ分かる。
及川から俺に、は首を傾げる他なかった。
なんだこの夢。
「俺、先いくわ」
「ちょっと、待ってよ岩ちゃん!」
夢だとしても朝練に遅刻したくない。
いつもなら強引に連れ出すが、ほっといて学校に向かった。
××
学校の中は案外ハートが飛び交っていた。
四六時中、他人のハートが目につく。
授業にもあまり集中出来ないまま、部活の時間となった。
部室で着替えていると、及川が来た。
ガキみてぇな膨れっ面で。
朝のことをまだ拗ねてるらしい。
「まったく、今日の岩ちゃん俺に冷たいんだから!もっと大事にしてよね?」
「お前は岩泉の彼女か」
「彼女じゃなくて彼氏♡」
「いや、違ぇわクソ川」
花巻のツッコミに即座に彼氏だとかほざく及川。
拗ねつつもハートを飛ばしてくる。
しかも校内で見かけた他の連中よりサイズがでかい。
「あ、花巻。これこの前貸してくれたCD返す」
「おー…!どうだった?」
「結構好きかも、他のも貸して?」
「マジで!?じゃあ今度ライブも行ってみようぜ?」
制服から着替え途中だった松川が花巻にCDを返している。
別に珍しいことじゃない。
が、俺にははっきり見えた。
時々小さなハートが花巻から松川へと飛ぶのが。
ぽろんと零れるように小さいハートがまた生まれた。
「ライブか…うーん…俺みたいなにわかが行っても大丈夫かな?」
「大丈夫だよ、きっと楽しいって!」
ハートはよろよろとなんとも心細そうだ。
丁度松川の背後にいた俺はそのハートを両手で掬って、そっと松川のブレザーのポケットへと入れてやる。
なんだか見ていられなかったのだ。
この行為に何か意味があるとは思えないが。
「…じゃあ行ってみようかな」
悩んでいた松川が誘いを承諾した。
さっきの事と関係があるのかは分からないけれど、その返事に花巻は途端に笑顔になる。
小さいながらもハートがポロポロと溢れ出す。
おいおいそんなに拾いきれねぇぞ。
床に膝をついてとりあえず拾っていると、花巻が今度は不思議そうな顔をしていた。
「岩泉…何してんの?コンタクト落とした?」
「いや、俺裸眼だから」
誰のせいだ、誰の。
松川、別に俺はコントをやっているつもりはねぇ。
ツボってんじゃねぇぞ。
××
「…ねぇ、岩ちゃん。俺、何か岩ちゃんに嫌われるようなことしちゃった?」
部活を終えて、家へと帰っているとふと及川がそんなことを聞いてきた。
花巻がまたハートを零すのでは、と気になって部活でも気が漫ろだった。
結果的に及川との会話の返事は適当になっていた自覚はある。
朝はあれだけデカくて自己主張の激しかった及川からのハート。
今は花巻のハート以上に弱々しくひょろひょろなのが飛んできた。
こいつは本人の感情とリンクしているということか。
でかかったハートは適当に手で弾いていたが、まさかそれにはそんなこと出来ず、そっと手のひらに乗せてみる。
なんだ、間近で見ると中々可愛いじゃねぇか。
「別に嫌いになってねぇよ」
「本当に…?」
「おう」
手のひらのハートが震えて一回り大きくなった気がする。
そいつをシャツの胸ポケットへとしまい、その手で及川の手首を掴む。
「今日、珍道中で夕方からの限定10杯のプレミアム醤油ラーメンの日じゃねぇか!ほら、行くぞグズ川!」
「またラーメン!?もう太るよ〜?」
及川に笑顔が戻ればあのどデカいハートがまた飛んできた。
子供の頃のように手を引っ張って走り出すと、胸のポケットに入れたハートは落ち着かない様子でぴょんぴょんと跳ねていた。