「ふーふーちゃんと一緒がいい」
「一緒の仕事も入れてるじゃん。明日は四人一緒だからふーちゃんもいるし、今日の夜はふーちゃんの家に行くんでしょ?」
「……じゃあちゃんとシュウがついてきてよ。現場に一人、やだもん」
「ええ……? 他のマネージャーとスケジュール確認してみないとなんとも言えない」
「じゃあ断って」
「浮奇〜」
フンッとそっぽを向く浮奇に僕は苦笑を浮かべた。浮奇のわがままには慣れっこだけど、今日は特にご機嫌斜めみたいだ。
僕のデスクの椅子は彼が座って長い足を組むと撮影セットのようにかっこよく見える。浮奇は不機嫌な顔も需要があるから、いま写真を撮ってSNSに上げればまあまあ良い数字になるだろう。
「もう話は終わりでいい? 野菜を買って行きたいからふーふーちゃんの家の前にスーパー寄って」
「あ、待って待って。本題がまだ」
「本題? ソロ仕事の話以外に、俺だけに?」
「写真集出さない? まるまる一冊、浮奇一人」
「……」
「撮影期間は全部で二ヶ月くらい。もし行きたい場所とかあればある程度は希望が出せるし、泊まりのスケジュールも押さえるよ」
「……海が綺麗なところに行きたい」
「ん、オーケー。他には?」
「……少しだけでもみんなと一緒の写真は、だめ? 俺は俺一人じゃここまで来れなかった。今の俺のすべてを撮りたいなら、みんなが隣にいる俺も撮ってよ」
「……うん、そうだね。話してみるよ。たぶんいけると思う」
「シュウのたぶんは絶対だね。ありがとう」
「じゃ、その調子で今度のソロ仕事も頑張ってもらって」
「やだ。ふーふーちゃんかシュウが一緒、それが条件だよ」
「……ふう」
浮奇はモデルの仕事が好きだから、写真集は嬉しいんだろう。少しは機嫌が良くなったらしい浮奇がベッと舌を出して椅子から立ち上がった。ああもう、そういう表情は僕にじゃなくてファンの前かカメラの前でしてよ。
僕は肩を竦めて車のキーを取る。事務所の地下駐車場に行くためのエレベーターを待つ間、そういえば、と口を開き隣に立つ浮奇を見た。
「ふーちゃん、今日はまだ仕事してるでしょ? 家行ってもいなくない?」
「ごはん作って待ってるの。ふーふーちゃんが帰ってきたらおかえりってちゅーするの」
「ああそう……。ふーちゃんだから大丈夫だと思うしキミたちの場合はファンサにもなるけど、人に見られたり撮られたりする場所では気をつけてね」
「はぁい。心配しなくてもふーふーちゃんはステージの上かカメラの前か、ファンの子が喜ぶ場所以外の人前では指一本触れてくれないもん。まあその代わり二人きりの家の中ではそりゃもうベッタベタのぐっちゃぐちゃ……」
「あーーー聞きたくない聞きたくない」
「ふっ」
耳を塞いで見せる僕に浮奇はくすくすと楽しそうに笑い、乗り込んだエレベーターの中で他に誰もいないのをいいことに僕の耳元で聞きたくない言葉をたくさん囁いた。あーあーと声を上げる僕の反応は彼を喜ばせるだけだ。分かっていてもソレを無言で聞き続けられるわけがない。
「あははっ、シュウかぁわいい。よくそんな初心でこの業界にいられるよね」
「必要ないでしょ! そんなの! 仕事にっ!」
「下世話なオジサンの相手はどうしてるわけ?」
「浮奇!」
「はいはいもう、ほんとに怒んないでよ。冗談でーす。ごめんなさーい」
「……」
「シュウは美人のくせに怒っても怖くないね。笑顔が癖になってるからかな」
「浮奇が僕のこと舐めてるからでしょ」
「ふ。それかも」
「ソロ仕事いっぱい取ってきてやる」
「ぜーんぶ断ってあげる」
にっこりと笑った浮奇は今すぐカメラの前に突き出してやりたいくらい憎たらしくて可愛らしい。その笑顔で世界中を虜にして、僕が捌ききれないくらい仕事のオファーを持ってきてよ。
地下に到着したエレベーターの扉が開き、浮奇が先に降りて行った。人気がなくて薄暗い地下の廊下は人感センサーによって浮奇が動く先で次々と明かりを灯す。
それは僕一人が見るのはもったいないくらい、美しい光景だった。