魔界にまで及んだ勇者捜索の旅。
満身創痍で帰還したラーハルトとヒュンケル。
身を支え合って辿り着いた城門。生還できた高揚。
回復呪文を施され、身を清められ、静かな部屋を与えられ。
長い眠りの後の、深夜の食卓。パプニカ城の個室。二人の時間。
少なな会話。食器と咀嚼の音。口に運ばれるフォーク。舌に乗せられる肉。
先に食後の茶を飲んでいたラーハルトは、薄く口を開き熱い息を吐く。
眺める、薄く脂に濡れた唇、飲み込んで上下する白い喉元。
ハーブティーで酔いそうだ。茫洋に視界が細まってゆく。
食物を取り込んだ、元気な体が血を増やすような。
こんな気持ちは初めてだ。いやそうでもない。
雷鳴轟く魔界にて交互に眠る道すがら。
その肌の色に惹かれていた。
皿の白、肉の赤、ナイフの鈍色。杯の透明。
桃色の唇に吸い込まれる紅のワインを見送れば。
不意に、グラスを置いたヒュンケルが目を合わせてきた。
「なあ陸戦騎ラーハルト。オレをどうこうしたいと思った事が、有るのか?」
戸惑い、訝しみ、探るような問い。気取られた。忌まれた、疎まれた。
椅子を蹴立てて、部屋を飛び出して、全速力で駆け出した。
廊下に吹き抜ける疾風。誰も最速の男を捉えられない。
辿り着いた屋上、無人の気球発着場。逃げ切れる。
逃げる? なにから? どうやって?
地の果てまで逃げたとて。
己の心は追ってくる。
後ろの扉が開いた。
星を見上げる。
「無い」
嘘は汚い。
「……許さん」
星がきれいだ。
肩を掴まれ倒される。
馬乗りでぶつけられる怒り。
星空を背負って揺れる銀の髪。
友を辱めたがるイカレタ男が断罪される。
なんという恥さらし。下劣な動物。殴られるを待つ。
けれどフワリと降りてきた、肉の味の唇。頬をなぞる指。
総毛立つ全身。主に捧げたはずの身に、あらぬ欲が滾りだす。
「無い、など、許さんぞ。あんな目で……見ておいて」
絡まる視線。舌を舐める舌。乱される衣服。
握られる股間の証拠。逸る鼓動の金縛り。
完全なる敗北。最速の男、逃亡失敗。
SKR