ねえ、あたためてよ【ウエサウ】吐き出した息が、白く溶けていく。
寒い。あと一月もしないうちに新しい年を迎えようというこの時期は、一年のうちでも特に冷え込む時期だ。
寒いのは苦手なので、本当はこんな時期に外に出たくはない。では何故ボクが今わざわざ寒空の下出掛けているのかというと、それはクリスマスや年末に向けての買い出しのためだ。直前の時期というのは店が混んだり、商品の値段が高騰したりするらしいので、少し早めに買い物を済ませてしまおうという話になったのがつい数日前のことだった。
今日は平日ということもあってかどこの店もさほど混んではおらず、お目当てのものは全て手に入れることができた。というわけで、今は帰路についているところだ。
しかし、それにしても寒い。冬というのはこんなに寒いものだったのか。文字通り全てを管理されていた国で生まれ育ったボク……いや、ボクたちにとっては未だに毎日が驚きの連続だ。
裏起毛の服に厚手のコート、手袋としっかり防寒具を身につけているにも関わらず身体が震えるボクとは対照的に、隣にいるウエスターは寒さなど全く感じていないとでもいう風に背筋をしゃんと伸ばして歩いている。同じ国で育った人間だというのに、ボクとウエスターでは一体何が違うのだろうか。そういえば、筋肉量の多い人間は寒さに強いと以前本で読んだことがある。となると、やはりそれが原因なのだろうか。……まあ彼の場合は脳味噌にまで筋肉が詰まっていそうだから、感覚神経を通して伝わった「寒い」という刺激を脳が上手く処理できていないだけかもしれないけど。
などと考えてみたところで、この寒さが消えるわけじゃない。さて、どうしたものか。色々と思考を巡らせていたボクは、そこでふとあることを思い付いた。
「……寒くなってきたね、ウエスター」
何気なく呟いたように、でも隣には届くくらいの声量で言うと、ウエスターはこちらを見て「そうだな。お前は寒いのが苦手だろう、大丈夫か?」と聞いてきた。
「体調は大丈夫だよ。……でも、少しで良いから温もりがほしい、かな」
こういう風に甘えるなんて、柄じゃないけど。それでも、凍てつくような寒さには勝てなかった。ウエスターの耳に届いた声は、甘ったるくなかっただろうか。
「分かった、お前を暖めてやればいいんだな?」
特に考え込む素振りを見せることもなくウエスターがそう答えたものだから、彼にしては珍しく物分かりが良いな……なんて思っていると、
「……ほら、これで少しは暖かくなっただろう」
ウエスターが自分の巻いていたマフラーをボクの首にそっと巻いてきた。まだ仄かに熱の残るマフラーは確かに暖かくて、鼻腔を擽る彼の香りで何だか心も落ち着いてきた、ような。
「……って、そうじゃなくて!」
危ない危ない、ボクとしたことがすっかり絆されそうになってしまった。……いや、確かにこれはこれで暖かいけれど。ボクの求めている答えはこれじゃないんだよ。
「な、何が不満なんだ!?暖かくなかったのか?」
「そういうわけじゃないけど……ボクはもっと、直接的に暖めてほしいんだよ」
いくら鈍感なウエスターでも、さすがにここまで言えば分かるだろう。と、思ったのも束の間。
「何だ、そういうことだったのか。それなら、あそこのコンビニで何か温かいものでも買おう。それなら身体も暖まるはずだ」
「……」
えっ、嘘でしょ?こんなに鈍い人間がこの世にいるの?温かいものを摂取するって、どちらかと言うと間接的に身体を暖める部類に入ると思うんだけど。……うん、間違いなくこれは彼の鈍感さを侮っていたボクの負けだな。
「温かい飲み物もあるし、肉まんやおでんを買っても良いかもしれないな。知ってるか、サウラー?コンビニには肉まん以外にも色々な中華まんが売られているんだ」
色々な感情が混ざって、何を言ったら良いのか分からない。この反応から察するに、ウエスターは多分何も気付いていないんだろう。自分が呆れられているとも知らず、本当に呑気な奴だ。
「どうした、サウラー?もしかして、甘いものの方が良かったのか?それなら、あっちのコンビニにしよう。あそこにはチョコレート味の中華まんがあるんだ。一度食べたことがあるんだが、お前も好きそうな味だったぞ」
「……」
「……サ、サウラー?本当にどうしたんだ?もしかして、さっきは大丈夫だと言っていたがやはり体調が悪いのか?」
「……っ、ふふ」
突然笑いだしたボクを、ウエスターが怪訝そうに見つめる。
「ど……どうしたんだ、サウラー」
「あはははっ……本当にずるいよね、キミは」
「ずるい……!?オレは何かお前の気に障るようなことをしてしまったのか!?」
「ふふ、そうじゃなくて……もう、キミは相変わらず鈍いんだから」
本当は、手をつなぐとか抱きしめるとか、そういうことをしてくれるのを期待していたんだけど。……ウエスターの反応があまりにも予想外だったから、何だかもうどうでもよくなってしまった。
「それより……ボクのこと、暖めてくれるんでしょ?さっきより寒くなってきたし、キミがさっき言っていたものも気になるから、その店とやらに連れて行ってほしいな」
「そうだな。風邪をひいてもいけないし、早く温かいものを買って暖まるとするか」
同じ色の息と、煌びやかな街並みと。密かに求めていた熱がいつの間にか手袋越しに与えられていたことに気付いたボクは、こんなに温かい気持ちになれるなら寒い中外に出るのも悪くないかもしれないなんて、そんな浮かれたことを考えていた。