等価交換【西南】「隼人」
学校を巣立つ日。
校庭の桜を見上げていた隼人に、背後から声をかけた者がいた。
「瞬!今までどこにいたんだ?お前と写真を撮ろうと思って、さっきまで探してたんだぞ」
「おや、そうだったのかい?それは申し訳ないことをしたね」
その言葉とは裏腹に瞬の声に申し訳なさがあまり感じられないのは、いつものことだ。
「お詫びと言っては何だけど……ほら、これ」
「ん、何だ?」
瞬の手に握られていたのは、
「これは、もしや……」
どうやら、制服のボタンのようだった。
「そう……恐らく、キミが考えているものが答えだよ」
瞬はそこで言葉を切り、妖艶に笑って隼人の耳元に唇を寄せる。
「……ボクの心臓、キミにあげる」
「な、……心臓?」
「……ふふ。『心』、とでも言った方がキミには伝わるかな?」
「心……?」
首を傾げる隼人を見て、瞬は溜め息を吐いた。
「まったく……キミのその鈍感さは最早才能だね」
「よく分からないが……なんかすまん」
「別に良いよ。こういうことは、一度や二度じゃないし」
呆れたような表情を浮かべていた瞬の顔が、次の瞬間悪戯っぽい笑顔に変わる。
「……キミの心臓をくれたら、許してあげてもいいよ」
「心臓って……それは手術でもしないと無理だろう」
「もう、だからそうじゃなくて……」
瞬の細く長い指が、隼人の制服の二番目のボタンーーがあったであろう場所を指した。
「……ほら、これのことだよ。どうせ、ボクのために取っておいてくれてるんでしょ?」
「あっ!ああ、そういうことか!」
ようやく合点がいったというように、隼人はいそいそとポケットからそれを取り出す。
「ほら、これがオレの第二ボタンだ。……まったく、どうしてお前はいつもそう分かりづらい言い方をするんだ?」
「おや、それは心外だね。問題があるのはボクの言い方じゃなく、キミの理解力じゃないかな?」
「な、何だと!?」
「やれやれ……うるさいお口は塞いじゃうよ?こんな風にね」
次の瞬間、瞬は隼人の唇に自分のそれを重ねた。
「瞬!あまり人前でこういうことをするのは……」
「仕方ないでしょ?キミが文句をつけてきたんだから」
「あれは文句じゃない!」
「ふうん……じゃあ、もう一回キスしちゃおうかな」
「っ……」
頬を赤くして黙り込んだ隼人を見て、瞬は満足そうに微笑む。
「良い?キミの心臓はボクが握ってるの。だから、ボクに逆らおうなんて思わないことだね」
「……さっきから聞きたかったんだが、その『心臓』ってのは何なんだ?」
「仕方ないなぁ。それじゃあ、鈍いキミにも分かるようにヒントをあげよう」
瞬は隼人の耳に再び唇を寄せて呟いた。
「……第二ボタンの近くにある臓器は、一体何でしょう?」