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    ソニエ

    @sne_mhyk

    まほやく晶♀メインのSSを展示していきます。
    晶♀総愛され。

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    ソニエ

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    【晶ちゃんオンリー】オー晶♀
    ・月花妖異譚のその後のお話です
    ・他キャラクターも登場します

    月花舞う夜の妖想曲 桜が舞う季節に見た夢。古風で不思議な街並みにひらひらと舞う桜吹雪。
     普段見知った馴染みの魔法使いたちが日本の妖怪のような姿になって、私はちょっとした冒険をしていたと思う。
     そしていつの間にか私はまた、懐かしく幻想的な街、「桜雲街」に訪れている。
     再び訪れた桜雲街では、相変わらず神木桜が重たげな枝を揺らし、街全体に豊かなエネルギーを満たしてい流ように見えた。
     
     今回の訪問では、以前出会わなかった魔法使いたちに会うことができた。
     もちろん桜雲街では魔法使いではなく妖怪の姿をしていたけれど、話してみたら彼ららしいところは変わらず、それでいて少し風変わりなところもあって。彼らと出会う度にほっとしながらも初対面のようなドキドキを楽しんでいた。
     薬問屋の御曹司である妖狐のヒースクリフ、ヒースクリフの護衛である鎌鼬のシノ、同じくシノと一緒にヒースクリフの護衛をしているカイン。

     そして、街の北にある山に棲む妖狐のオーエン。
     オーエンとは、カインに昼下がりの散歩がてら桜雲街の案内をしてもらったときに出会った。
     彼は相変わらず神出鬼没で、木漏れ日がさす山の中で出会い、早々にお稲荷さんをカツアゲされそうになったが、私たちが彼を満足させるものを持ち合わせていなかったため、ちくちくと理不尽なことを言って消えてしまった。

     いつもの憎まれ口だったと思う。突然現れて突然消えてしまうのもいつものこと。
     でも、さらりと音のするような銀の髪、髪色と同じ毛並みでふさふさと揺れる耳と三本の尻尾、ひやりと心の奥を見透かされるような左右で色の違う紅と黄の目、その周りに施された朱色の縁取りが、私の目と心を一瞬にして奪っていってしまった。
     それはまるで、人を寄せ付けない聖域にずっとひとりで棲んでいる神様のようだった。
     私を見下して品定めをするような眼差しも、感情を逆撫でするような意地悪な声色も、その時の周りの情景さえも、頭の片隅に焼き付いて離れなくなってしまったのだ。

    (この世界のオーエンはお揚げが好物なんだな……)

     もしかしたら、お稲荷さんを持ってまた北の山に入れば、もう一度オーエンに会えるかもしれない。
     野良猫ともご飯を通じて仲良くなることはよくあることだし、今のオーエンは野良猫というより狐の神様で、神様に好物をお供え物をすると思えば後ろめたいことは何もない……はず。
     私はオーエンと仲良くなりたい。近づいてみたい。触れてみたい。
     ふと手を繋げるような、友達になれたら。

     私は妖狐オーエンと再び会うために、お稲荷さんを買うためのお小遣い稼ぎを決意したのだった。


    ***


    「とっても楽しかったね!みんな楽しんでくれたようでよかった〜!」

     澄み渡る空に夕日が差し掛かろうとする頃。桜雲街の大通りの広場で、私とクロエとラスティカは、とある催しを大成功させ、ハイタッチをしていた。
     偶然にも大道芸人として旅をしていた妖狸のクロエとラスティカと出会い、私も大道芸に混ぜてもらい、大量の路銀を得ることができたのだ。

     お小遣い稼ぎを決意してからというもの、欲しい物を買うにはまず相場確認からということで、シャイロックも御用達の桜雲街で有名なお揚げやさんをのぞいてみた。どうやらそこのお稲荷さんは店主こだわりの逸品だったらしく、そこそこ手持ちがないと手に入らない代物だった。
     オーエンへのお土産のために他の妖怪からお金を借りるのは違うと思い、かといって不慣れな世界でどうお金を稼いだら良いのか途方に暮れていた時、道端で大道芸をしている妖狸のクロエとラスティカと出会ったのだ。
     彼らは私とは初対面だったけれど、幸いにも二人は快く受け入れ、背中を押してくれた。

     旅は一期一会。二人と熱烈なお別れを交わし、この世界でまた二人と会えることを祈りつつ、お客さんから頂いた路銀を握りしめ、ぎこちない手つきでお揚げ屋さんの暖簾をくぐった。


    ***


     日もだいぶ傾き、橙色の空に烏の群れの影が流れてゆく頃。
     私はオーエンが棲む北の山の入り口に立っていた。
     昔話に出てくるような夕暮れの山。そして薄暗い中に鈍く浮かび上がる朱い鳥居。私の片手にはお稲荷さん。
     そういえば、この世界では夜はあまりうろつかない方が良いのだろうかと、今更ながら疑問に思えてきた。この世界のひとたちはみな妖怪で、私は人間であることを隠している。特別な能力があるわけでもなく、一人でいるときに前回遭遇した酒呑童子のような鬼に襲われたら、おそらくひとたまりもない。
     今日は出直そうか、でもせっかく買ったお稲荷さんがもったいないな……と迷い始めた時。
     風がひときわ強く吹き上げ、木々や葉が激しくざわめいた。

     ──帰ろう。ここにいちゃだめだ。

     ざあざあと責め立てるように揺れる山の塊に、私は本能的に踵を返していた。
     しかし、元来た道を歩けども歩けども風景が変わらないことに気づいた。
    (前にカインと来た時はもっと違う景色だったような……)
     徐々に暗くなっていく山の表情。街灯などなく、自分の足元も見えなくなっていく。普段着慣れていない着物がやたらと脚に絡みつく。
     心臓が高鳴り、呼吸が浅くなる。こわい。

     ふと、少し先に灯篭の光が見えた。人通りのある道に戻ってきたようだ。
     もつれそうな脚をなんとかさばいてようやく辿り着いたと思った瞬間。
     目の前が真っ暗になった。

     ヒュッと乾いた喉が鳴る。取り込まれた、と思った。
     山の蠢きが頭の中いっぱいに響き渡る。
     身体中から血の気が引いて息ができない。
     ぱくぱくと口が震え、脚の力が抜け、今にも膝が崩れ落ちそうに──。

    「──捕まえた」

     今まで激しく反響していた騒音は一斉に消え、ぴんと張り詰めた無音に残酷なまでに甘ったるい声だけが響いた。



     身体を支えられなくなった脚となけなしの正気が、まさに落下しようとしたすんでのところで、首襟が強い力で引っ張られて身も心も宙ぶらりんになってしまった。
     一体、私の身に何が起こったのだろうか。

    「僕から逃げようとしたって無駄。早く君が持ってるそれを寄こしなよ。」
    「オー……エン……。」

     襟元を掴んで私の身体が崩れ落ちないようにしていた声の正体は、紛れもなくゾッとするほど美しい妖狐、オーエンのものだった。
    「オーエン……? 見えな……。」
    「……ちっ。」

     オーエンの声は聞こえるものの、未だに視界は真っ暗闇だった。しかし、パチン、と指鳴りの音がしてからは、ひとつ、またひとつと、人の頭ほどの大きさの青白い炎が宙に灯り始めた。
     やがて炎の明るさで周りの景色がぼんやりと浮かび上がり、目の前に不機嫌そうな表情を隠しもしないオーエンの姿が現れた。
     夜空にはくっきりとした月が煌々と輝き、道に灯籠がなくても十分なほどにこの世界を照らしていた。
     
    「あの、オーエン、元に戻してくれてありがとうございます。あの……今会えたのがあなたで良かったなと思っているんですが、その、私のこと、覚えていますか……?」
     怖くて不安になった気持ちはあるけれど、あのまま遭遇していたのが、酒呑童子ではなくオーエンで良かった。
     渡したかったお稲荷さんも受け取ってもらえるといいな、と、重箱を包む風呂敷の結び目をきゅっと握る。

    「へえ……。僕に話しかけるなんて命知らずなやつ。僕がお前みたいな惨めで情けない顔をしたやつを忘れるわけない。僕は恐怖や不安に歪む顔が大好きなんだ。お前、あの用心棒の赤ちゃん狐と一緒にいたやつだろ。」
     不機嫌な表情が一転し、オーエンがにやにやと上から見下すように嗤った。
     柔らかそうな耳がぴんと立ち、ふさふさと整った毛並みの尻尾が愉快そうに揺れている。
    「赤ちゃん……ではないと思いますが、用心棒のカインと一緒にいました。あの、名前は晶といいます。真木晶です。」
    「へえ、晶。お前、僕に名前を教えていいの?」
    「え? オーエンもオーエンの名前を教えてくれていますよね?」
    「……ははっ! 君って馬鹿なんだな。」

     やっと自己紹介ができたと思ったら尊大に嗤われてしまった。
     オーエンの言っていることがうまく飲み込めないでいると、見えない何かに弾かれるように、大事に風呂敷を抱えていた手が、突然ぐいと上に放り投げられてしまった。
    (お稲荷さんが……!)
     風呂敷に包まれたお重は私の両手から離れ、宙に放物線を描いた。お重の中に詰められたお稲荷さんの安否が心配になるも、意外にも規則正しく、元からそこにあったかのようにオーエンの手に収まった。
     有無を言わさない早さでオーエンに距離を詰められ、耳元に生温かい吐息がかかる。

    「お前、妖じゃないだろ。」



     ぎくり、と身体が強ばったのを感じた。
     この世界では私が妖でないことを隠している。その方がうまく馴染めると思って。いや、浮いてしまわないようにと思って。
     妖だらけの世界で、私だけが異質な存在らしい。妖ではないと知れたらどのようなことになってしまうかわからない。優しくて手を差し伸べてくれる妖もいる。それでも遠慮もなく悪意を持って襲いかかってくる妖がいることも事実だ。
     今私ははたぬきの妖に見せかけている。頭に乗せている木の葉は、この世界で再会したファウストが術をかけて落ちにくいようにしてくれた。
     こわい。本当の姿を暴かれるのが。嘘をついていることが。
     自分が隠し事をしていることが知られたら、冷たく突き放されてしまうのではないかと思って。
     ──それでも。

    「……はい。人間……です……。」

     蠱惑的に脳の奥を支配する声に抗えなかった。
     低く嗤ったオーエンの指が私のうなじにすべり込んだ。

    「人間……。非力な妖どころか妖ですらないお前が僕に真名を教えるとどうなるか、教えてあげるよ、晶。」

     突然、目の前が真っ暗になった。
     周りを照らしていた青白い炎が消え、自分の輪郭さえも見えなくなってしまっていた。
     頭の後ろに触れていたオーエンの手のひらの感触も、いつの間にかなくなっていた。
     風に揺れる木々の音だけがやけに大きく聞こえてくる。

    「愚かでちっぽけで弱い人間の晶。君が妖でないことくらい僕にはすぐにわかるんだ。」

     オーエンの声がどこからともなく響く。
     声のする方角はわからない。遠くにいるようでもあるし、すぐ近くにいるような気もする。
     目の前?それともすぐ横?
     急に心もとなくなって、何か支えるものを求めて恐る恐る腕を伸ばしみたが、何の手応えもなく、ただ虚しく空を撫でただけだった。
     目の前にあるはずの腕すらも見えない暗闇の中、オーエンは語り続ける。

    「君と初めて会ったとき、君はただの葉っぱを頭に縫いつけていたよね。ただの葉っぱからは少しだけ法力を感じ取れたけど、君からは全く感じない。
     周りとは異質の独りぼっちでかわいそうな人間の晶。怖い妖に襲われないように、優しい妖につまはじきにされないように必死に自分を偽る気分はどう?前に一緒にいた用心棒の赤ちゃん狐だって、君が正体を隠していたと知ったら君のこと軽蔑するかも。」

     頭がくらくらした。
     わんわんと脳内に反響する蠱惑的な声が、誘うように私の思考の自由を奪っていく。
     頭のてっぺんから爪先まで電流が走り、身体中の骨が針金になってしまったようにピクリとも動かせない。

     確かに少し怖かった。自分が妖ではないと知られることで、いつもの世界で笑い合っていた人たちが、同じ顔のまま表情を消してしまわないか。
     そんな人たちではないと心の中では思っていたけれど、この桜雲街ではみんな初対面だし、そもそもいつもの世界のみんなとは別人なんだ。出会いが変われば関係性も変わる。
     それは、オーエンとだって同じこと。オーエンが賢者の魔法使いで、私が賢者でなければ出会うことはなかった。
     同じ名前で同じ顔をしていても、この世界では共に立ち向かうべき強敵も役割もない。
     それでも、私がただ、オーエンに近づいてみたかっただけ──。

    「君の顔を覚えているよ、晶。赤ちゃん用心棒の後ろで呑気に守られて。それでもなぜか君は僕に怯えていたよね。」

    「……や、やめてください……。オーエン……私は……。」
     真綿で締め上げられたように狭くなった喉からひり出た声に、自分でも情けなくなる。
    「はは、みっともない声。君は何をそんなに怖がっているの?どうして君は正体を隠していたの?どうして君は君の心に嘘をつくの?ねえ、教えて。あきら」

     気づいたら私は泣いていた。
     身体を支える気力もなく、無意識のうちにその場にへたり込んでいた。
     オーエンが私の名前を呼ぶ度に、うわついた気持ちと悲しい気持ちがごちゃ混ぜになっていた。
     いつもは“賢者様“としか呼ばない声が、“晶“と私の名前を呼んでくれているくすぐったさ。
     “晶“と妖しくなだめるような声が、私を容赦なく追い詰めていく悲しさ。
     相手の姿も自分の輪郭もわからないまま、ただただ私は独りぼっちだった。

    「……私と…………。」

     さっきまで身体中を縛りつけていた声はもう聞こえない。

    「……私と……、ともだちに……、なってくれませんか……。」

     生暖かい涙が喉まで伝う。
     光の見えない世界で震える声が虚しく響いた。

     オーエンからの反応はない。ずっとこのままだったらどうしよう。魔法使いたちがいる世界に戻れるのだろうか。自分がいた元の世界に帰れるかどうかだってわからない。

    「……たすけて……、オーエン……。」

     ぽつりと独り言をこぼした。
     余韻の後、短かくも長いの静寂が訪れた。
     すると次の瞬間、強く渦巻く突風を全身に受けた。ざあっと木々が激しく風にあおられる音に包まれる。
     咄嗟に目を瞑って腕で顔を覆った。突風が収まってからうっすら瞼を開ければ、深い森の中で煌々と夜空に光る大きな月が目に飛び込んできた。
    (戻ってきたんだ……。)
     ほっとしたらまたじわりと目頭が熱くなった。

    「意味がわからない。」

     へたり込んでいるちょうど後ろから声がして振り返ったら、顔の大きさほどの青白い炎をいくつか周りに浮かべたオーエンが立っていた。
     不規則に燃える炎のせいか、オーエンの表情は光が差したり陰が濃くなったりして揺れていた。

    「泣かされた相手に友達になってなんて、馬鹿みたい。」

     手元に載せたお稲荷さんの重箱をチラリと見ては、居心地が悪そうに不機嫌を露わにしている。
     それでも側を離れようとしないオーエンに、胸がぎゅうと絞られた気がした。
     少しだけこのままの距離を大切にできたらと、ゆっくりと静かに深呼吸をする。

    「確かに私は人間で、正体が知られたところで、他の妖さんたちとうまく馴染めるかどうかはわかりません。それでも……。そのお稲荷さんは、あなたとお友達になりたくて、……えーと、お供えもの……?」
    「は?友達?こんなもので?お前なんかと?」
    「あっ、いえ、お友達というか、おそろしい神様に捧げる大事なものというか……。これで許してください、みたいな……。」
    「ふうん……。こんなものをよこしたくらいで靡くわけないけど。大体この北の山は誰も近寄ろうとしない僕だけの領域さ。また迷い込んでも誰も助けに来やしない。お前は独り惨めに右往左往して、そのうち野犬にでも噛まれてみっともなく野垂れ死んでいくんだ。そうなりたくなければもっとたくさんのお揚げを差し出すんだね。」
    「……はい!たくさん稼いでたくさん持ってきますね!」
    「お前、勘違いするなよ。この程度で僕と仲良しこよしになったつもり?お揚げがなかったらお前なんて……。」

     どうやらオーエンとは少しだけ距離を縮められたようで。無事にお稲荷さんも届けることができた。それだけでなんだかとても満足してしまった。
     あまりこれ以上深追いしても逃げられてしまうかもしれないと思い、その場からよいしょと立ち上がり、着物に着いていた砂埃を払った。
     問題はこの夜の森からどうやって帰るかだ。
     夜も深くなり、明かりも持っていない。
     まあでも、さっき人通りのありそうな道と灯籠があったし、月明かりもあるし。なんとかなる……かな……?

    「まだ出会ったばかりですし、これ以上無理は言いません。この山がオーエンだけの領域で、私がお邪魔してしまっているなら、そろそろおいとましないと。」
    「は?」
    「今日は会ってお話ができて嬉しかったです、オーエン。また来ますね。」
    「ちょっと。」
    「はい。」
     月明かりにうっすらと見える道らしい道を見つけ、向かって歩こうとしたとき、阻止するようにオーエンが目の前に立ちはだかった。
    「お前って本当に馬鹿なんだな。さっき野犬に噛まれて野垂れ死ぬって言っただろ。それとも生きたまま食われて息絶えていきたい願望でもあるの?」
    「えっ。本当に野犬が出るんですか?」
    「出るに決まってるだろ。」
    「妖は出ないだろうからいいかなと思ってました。ここはオーエン以外立ち入らない領域だと言っていたので……。野犬は出るんですね……。」
    「あいつら普通に腹を空かせてるから、お前みたいに弱くて力のないやつはひとたまりもないだろうね。」
    「困りましたね……。これじゃあ下手に動くよりは一晩ここで過ごした方がいいってことですかね……。」
    「は?知らないよそんなの。ここでお前が生き延びるなら、遭遇した野犬たちを倒すか、野犬よりも強いやつに守ってもらうんだね。」
     オーエンのふさふさの三本のしっぽが苛立たしげに揺れていた。猫ちゃんみたいだな……。
    「あの、つかぬことをお窺いするんですけど……。」
    「何。」
    「オーエンの棲家にかくまってもらうっていうのは。」
    「殺すよ。」
     しっぽは更にぶんぶんと揺れ動き、銀の毛並みの両耳もイカ耳みたいに伏せてしまった。
     ちなみに表情は目も合わせらないくらいの顰めっ面だ。これ以上は本当に無理らしい。
    「す、すみません……。それじゃあ、今度特上のお稲荷さんを持ってくるのを条件に、桜雲街まで送っていただくのはいかがでしょうか……。おやつの三色団子つきで……。」
     “おやつの三色団子“という言葉に、オーエンの耳がピクリと立った。
    「ものでどうにか釣ろうったってそうはいかないよ。どうして僕がそんな人助けみたいなこと。でもまあ、考えてあげてもいいよ。君がみっともなく頭を垂れて“お願いします“って懇願するならね。」
    「お願いします!オーエン様!この通りです……!」
     私は勢いよく頭を下げてオーエンに向かって両手を合わせて拝んだ。
    「ふん。約束だからな。」
     
    “約束“という言葉にはっとして顔をあげれば、上質な着物の袂からすらりと白く長い小指が差し出されていた。
     指切りだ。約束を破ったら針千本を飲まされてしまうという子どもの遊びの。
     でも、もしかしたらこの世界でも約束を破ったら何かよくないことが起こるのかもしれない。
     いや、約束を破っていいことなんて起きるはずがない。これは私とオーエンとの信頼の契約なのだ。
     私はゆっくりと、丁寧に、オーエンの小指に自分の指を絡めた。
     オーエンの指は絹のように滑らかで、陶器のように白く冷たくて。
     なぜか無性に泣きたくなった。
     
    「変な顔。約束を破ったらお前を僕の祟で呪い殺すからな。真木晶。絶対に忘れるなよな。」
    「はい……。神様、オーエン様……。」

     やはりこの世界でも触らぬ神に祟りなしという言葉はありそうで、神様に見つかり契約を交わしてしまった私は、祟られないようにこの小指の感触をずっと忘れないでいようと思った。


     
     それからというもの、オーエンは私の指に小指を絡ませたまま、狐火(というらしい)を灯りにして桜雲街の入り口まで送ってくれた。徒歩で。
     私の身体を担いで、法力を使って大きく跳躍しながら移動することもできるらしかったけれど、担ぐのはだるいしお前のために法力を使うまでもないからこのような方法になった、一緒に歩きながら教えてくれた。
     小指はずっと繋いだままでなくてもよかったんじゃと思ったものの、こうしていれば野犬や狼たちは寄ってこないし、お前が死んだらお揚げや団子が食べられないだろ、とそれ以上は話したくなさそうだった。
     なんでも私はすこぶる暗示にかかりやすいらしく、雑魚の妖の術にも簡単に引っかかってしまうそうだ。
     私はおとなしくオーエンの言うとおりにしていることにした。

     無事に桜雲街の街並みに差し掛かり、柔らかい生活の明かりの方向から風に乗ってきた桜の花びらを小走りで手のひらに受け止め、「見てください、オーエン。」と振り返ったときには、もうオーエンの姿はなかった。
     まるで満開の桜が地面に散ってしまうくらいの儚さだった。
     それでも、手のひらに受け止めた花びらは確かに私のもので、繋いでいた小指の感触も確かに私のものだ。

     いつかまた意地悪な神様に会えますように。
     そのために、特上のお稲荷さんと三色団子を買うお金を稼ぐ日々を覚悟し、まずは定食屋でもなんでも働き口を見つけないとな、と頭の中で計画を描き始めたのだった。



    おしまい
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