211016 忘羨ワンドロ「禁言術」 当時、藍忘機にとって、予期せぬ嵐のように現れた魏無羨という人の存在は、彼がそれまでの十五年の人生で懸命に築き上げて来た堅固な牙城を、まさに砂の城の如く、いとも簡単に吹き飛ばしてしまった。逆撫でた人の神経を、さらに畳み掛けるように平気で逆撫でてくる無遠慮さ。全く道理の通っていない言い分。誰に睨まれようと顔色一つ変えない大胆不敵さ。こんな人に会うのは初めてだった。藍忘機は、元来、人と馴れ合うことを望んではいなかった。修行の道は己と向き合うこと。師と呼べる人から教えを請うこと。それを邪魔するものは、人であれ物であれ、極力避けることが肝要だ。しかし、彼はその避けるべきことを、その言動と行動全てで自分に押し付けてくる。酒、兎、忌まわしい図絵。厳粛なる雲深不知処において、大声で人の字(あざな)を呼んで周り、座学で邪道を語れば、神聖な冷泉で飛沫を上げて泳ぎ回る。そして、そこにあるのはいつもあの笑顔だった。
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