憎悪でいい 長身で筋骨隆々な肉体に口髭。ボタンも留めない前開きのアロハシャツにサングラス。
それだけ聞くといかついマッチョが思い浮かぶだろう。確かに第一印象もそう思う奴がほとんどかもしれない。
でも実際は酷い連絡不精が理由で、友人のフェニックス─口髭男と仲が良い─に腹をどつかれても困り顔するだけののんびりした奴だし、誰かと喧嘩するよりもわざわざ仲裁に回って無駄にパンチを貰うタイプだ。
俺なら感情のコントロールすら出来ない奴はさっさと消えろと思うだけだがあいつは違うらしい。
お優しい性格は顔にも滲み出るらしく、ゴールデンレトリバーのような眠たげな垂れ目によく動く眉、いかつく見える口髭でさえ甘い顔立ちについているだけで180度印象が変わる。
単刀直入に言うと俺はあいつが気に入っている。見た目も、中身も、そして職業も。俺たちはほんの一握りしかなれない海軍が誇るベストオブベフトのアビエイターで、お互い意識し合いしのぎを削る関係だった。
じゃあ結構親しい仲なんじゃないかって?そうだったらよかったが、あいつはフェニックスみたいな所詮近しい友人にしか内面を明かさない奴で、残念ながら俺はそういう身近な存在にはなれなかった。
まあコヨーテ─俺の親友─の時みたいに上手く友情が成立したのがレアなのかもしれないが。俺は友達を作るのがどうも下手らしい。コヨーテには気に入ったのは分かるが必要以上に煽りまくるなと言われた。
でも、だってあいつは、ふとした瞬間この世に何の未練もないような、全てを諦めたかのような達観した目をする。だからその度、一物抱えた腹を裂き、内臓を引きずり出して痛めつけ、心臓を吐かせ、原始的な欲求を思い出させようと躍起になってしまうのだった。隣で1、2を争う俺をライバルともしない、飄々とした態度に単純にムカついていたのもある。
裂いた腹から何が出てこようが別に問題じゃなかった。それを殺せば本気のあいつと飛べると思ったから。
結局それを達成したのは俺ではなく、伝説のアビエイター、ピート・”マーヴェリック”・ミッチェル大佐だった。あとで知ったが幼い頃から家族同然の付き合いらしい。大佐が教官として来てからというもの、人が変わったように神経質で感情的になり、簡単に煽られて今まで絶対にしなかった軌道で飛ぶようになった。俺があれほど痛め付けても傷つかなかった奴の闘争心は、大佐が現れた瞬間から呆気なく燃え盛り、その炎は一時も途切れることがない。
"マーヴェリック"が腹の内に抱えていた何かであるのは明らかで、何にも乱されない顔をしていたあいつが、憎悪と呼べる程強い感情を真っ向から向けることが出来るのかと純粋に驚いた。
欲しいものは全て実力で勝ち取ってきた。負ければそれ以上に努力するのみ。努力すればいつか必ず手に入った。だから諦めたことはない。
だがどんなに優秀でも今世では得られないものというのはあるらしい。
ブラッドリー・”ルースター”・ブラッドショー。
お前の感情が欲しい。