雨嫌いが2人 学校が終わり塾を梯子して後は帰宅するだけっていうタイミングに降ってきた予想外の雨に俺はうんざり、
(雨は嫌いなのに)
当てにならない天気予報を恨みながら、なるべく濡れないように帰宅の道順を考え、普段は通らない繁華街を横切ることにする。そこは高校一年生が立ち入っちゃいけない怪しげな通りだが、こんな雨の中を駆け抜けるだけなら問題ねぇだろう、そう思って走り出したはいいものの、
(人が倒れてんの)
早速物騒な案件に出会ってしまったが、ココは子どもの出る幕じゃないってことぐらい解っている。解っているけど、もしかしたら病気かもしれねぇし、いや、この場所で倒れているってことはチンピラとかヤクザの類だって、とか色々自分を説得してみたけれど、
(…一応確認だけしておくか)
酒臭かったりしたらすぐに離れればいい、そう思いながら近付き、おいアンタ、と地面に突っ伏したソレを改めてよく見てみると、物凄く派手な男だということが解った。どういうふうに派手かというと、まず髪の色が真ん中できっちり分かれていて、顔には火傷のような傷痕、その傷痕さえも吹き飛ばしてしまうような綺麗な顔立ち。派手なスーツからして、
(こりゃきっとホストだな)
病気なのか、ただの酔っ払いなのかを確かめようと口元に顔を近づけて匂いを嗅ごうとした途端、パチリと男の目が開く。男の片目はアイスブルーでもう片方はグレイ、何処までも半分野郎な男は俺と目が合うと、
『マジか、やっと見つけた』
と言って俺の顎に手を掛け、何をするかと思えばいきなりキスするみてぇに唇を合わせてきて、何だこれ、まるでキスしてるみてぇなんだけどってパニクってる間に舌まで入れられてしまう。突き放そうとしても後頭部に回された手で頭は固定され、馬鹿力なのかどうしても逃げ出せないまま口の中を舐め回されているうちに段々と力が抜けていき、いつの間にか俺の方が立てなくなり、地面に倒れていたはずの男に抱き上げられてしまう始末。しかも、
(嘘だろ、キスされただけなのに…)
どうしてか身体から力が抜けていき、目の前が真っ暗になっていく、あぁ、このままどうなっちまうんだろう…
+++
次に目が覚めた時は自分のアパートで、アレ、俺夢でも見ていたのかなって思ったけど、その考えはすぐに否定される。
(誰かに抱きつかれている)
恐る恐る振り返ってみると、それはあの推定ホスト、ああやっぱり夢じゃなかったんだ、雨の中でコイツに出会ったことも、いきなりキスされたことも、それから…それから後は本人に聴くしかない。おい、起きろ!と叩き起こすと、
『まだ朝じゃねーか、俺の朝は夕方からなんだ』
と言って二度寝に入ろうとする。ちょっと待て、寝るなっ、だいたいアンタ何で俺ん部屋に居るんだ、どうやって入ったんだ、と馬乗りになって揺さぶると、
『カツキ、…今は爆豪勝己、雄英高校一年生、学生証と生徒手帳見りゃ大体のことは解る、鍵はお前が持ってたのを拝借した』
嘘こけ、名前と学校はともかく住所なんて生徒手帳には書いてねぇってのに。アンタ本当は何モンなんだよって言っているそばから寝入ってしまう。
(これ警察通報案件なんじゃねぇのか?)
見た感じ二十代半ば、つまり未成年にいきなりキスして、家に不法侵入して、勝手に風呂を使って、多分俺の身体も洗ってパジャマ着せたりもして、でもって半裸で俺のこと抱きしめて眠っているとか…
(待てよ、これホントに半裸か?)
目覚めた時、俺の上半身に巻き付いていた腕と、下半身に巻き付いていた長い足。それらから抜け出した時は必死で気が付かなかったけれど、確か尻になにか当たっていなかったか?もしやと恐る恐る布団をめくってみると男は全裸、
(いきなりキスしてきたヤツだ、知らない間にもう事後だったりしねぇよな)
俺は人生で初めて自分の尻に手を伸ばしてみるけれど、されたらどうなるのかも解らねぇし、そもそも風呂に入れられても目を覚まさなかったくらいだから、何をされたかも、されなかったのかも見当がつかない。
『取り敢えず、俺は学校に行ってくるから。塾が終わって帰ってくるまでには出てけよ』
学生のアパートに盗むもんなんて何もねぇし、うっかり警察沙汰にしたら俺の内申に響くかもしれねぇ、そんな感じに自分の中でこの異様な状況を飲み下して登校し、塾が終わって帰宅し、恐る恐るアパートのドアを開けると鍵が閉まっている。
(ってことはアイツまだいやがるのか?)
そう思ったけれど、部屋の中には誰もいない。出掛けに見かけたアイツの下着とスーツもなくなっている。ああそうか、アイツが全裸だったのは、この家の中にはアイツが着れるサイズの服がねぇからか。
(俺だって鍛えている方だし、高校一年生としては小さくねぇけれど、アイツいい体格していたもんな)
何にしても変な奴に出会ったもんだ。やっていることは殆ど変態だが、あのいい面のせいで赦されてきたんだろうな、まるで女の家に転がり込むように俺の部屋に入り込みやがって…
と、ふと玄関に人の気配を感じて身構えると、ガチャリと鍵を開ける音がして、ごく当たり前のようにアイツが部屋に入って来る。
『ア、アンタ、どうやって』
『合鍵作った、これお土産』
好きだろう?と渡されたのはかなり大きな薔薇の花束。女から貰ったモンの横流しじゃねーの?と聞くと、いいや、カツキが好きな薔薇を選んだと言う。何だよ、その馴れ馴れしさは、っていうか、
『アンタとんでもなく図々しくねぇか?人ん家に勝手に入ったり、馴れ馴れしく名前で呼ぶし、そもそも俺はアンタの名前も知らねぇってのに!』
『あ?俺の名前はショートだ、それではカツキ、早速だが昨日の続きをヤルぞ』
昨日の続きって…?昨日コイツとしたことっていったらキスされたことくらいだけど、まさかまたキスされるんじゃ…って思った時にはもう長い手足に絡め取られ、そのまま口の中に侵入されてしまい、改めて俺は思う。
(コイツ、キスが上手すぎる)
俺にとってはファーストキスだから比較対象はないけれど、キスだけで俺の身体を蕩けさせ、立てなくさせちまうなんて、どんなキス魔か?ホストともなれば皆こんなテクも持っているのか、
そうして暫くクチュクチュと舌で掻き回され、凄く気持ちいいけれど、何もかもされっぱなしなのはムカつくし、俺にも意地ってものがある。俺だってキスくらい履修してやんよと、主導権を取り返すべくショートの口の中に舌を差し入れるとサクリと舌先が切れる感覚。
『痛ってぇ、何だ今の』
『牙に当てないようあんなに仕込んだのに、それも忘れちまったのか?まあいい、何度でも仕込み直してやるからな』
ほんっとうに反省のカケラもねぇヤツ!俺は心底呆れながら、切れ具合を確認するためバスルームの鏡の前に移動すると、血のせいだろうか、まるで口紅を塗ったみたいに唇が紅い。
(それだけじゃねぇ…俺の眼ってこんなに紅く光っていたか?それに、俺の頭についてんの、これ獣耳ってヤツじゃ?)
先ほどから違和感を感じていた尻のあたりに手をやると、フサフサとした尻尾が生えている。何だコレ、一体どうなっちまったんだ?
『カツキ』
いつの間にか足音も立てずにやってきたショートに背後から抱きしめられて、いよいよ俺は固まる。
『アンタ、鏡に映っていねぇ…』
『映ることも出来るけど結構疲れるんだ、なぁカツキ、そろそろ仕上げがしてぇんだが』
仕上げって何だよっと言いたいけれど、俺の本能が、ショートが何を求めているのか、俺がショートに何をして欲しいのかを告げる。それはきっと出会った時から、このツラを見てしまった時から、
もっともっとこの人に食べられたい、ショートに所有されたいと、俺の本能が囁き掛ける。
(どうしちまったんだ、俺は、しっかりしろ、流されんなっ)
思考とは裏腹に、俺は制服のジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外してショートに首筋を差し出し、そこにショートの牙が当てられた瞬間、全身を雷で打たれたように何かが駆け巡り、
途端に耳に飛び込んできたのは、薔薇たちのお喋りと、それから懐かしいショートの匂い。お久しぶりね、カツキ、と薔薇たちに笑いかけられ、ショートに抱きしめられながら、
俺はどうしてこんな怪しい出会い方をしたのにこの男を警察に通報しなかったのか、どうしてキスだけで立てなくなってしまったのか、まるで以前からの知り合いのようなショートの言い回しも態度も、色々不思議だったこの二日間のことが全て繋がっていき、ふと最初に交わした言葉を思い出す。
“やっと見つけた”
『ショート、もしかして、ずっと俺のこと探してた?』
ああ、ずっとずっと探していたと囁き、また強く抱きしめられる。俺は今度こそとばかりに俺からショートにキスをする。寂しがりの愛に飢えた吸血鬼に、俺の全てを食べてと思いを込めて。