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    なつゆき

    @natsuyuki8

    絵とか漫画とか小説とか。
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    なつゆき

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    【ツイステ】ピンクッション、マリーゴールドなどのシリーズの前日譚。
    ジャックの弟の話(https://poipiku.com/580868/8962303.html)と少しつながっている。

    お返しの一発 警察官になってから初めて長い休みがもらえて、ジャックは実家に帰省することにした。
     既に学生時代に寮生活を経ているのだから、特にホームシックにかかったわけではない。ただ、少しモチベーションを失っていたのは確かだった。
     職業として警察官を選んだことに、学生時代のときの事件の影響があったのかと尋ねられたとしたら、答えはイエスであった。あのときの置いて行かれたという無力感といったらなかった。それはジャックの内面に影を落とし、「次」があるのならば必ずその場にいられる権利と、どんな災厄も吹き飛ばす力を渇望させた。
     取り返しのつかないことになる前に、守りたい。助けたい。
     そう思って警察官になった。
     だが、職に就いたばかりの警察官に振られる仕事は言ってしまえば地味だ。夫婦の喧嘩の仲裁に行きお互いの言い分を聞いたり、ご近所同士の揉め事の仲裁をしたり、一軒一軒回って聞き込みを行なったり。それ自体はまだ良いとしても、報告書の作成や、上の指示を逐一確認するなど、細々したことがけっこう煩雑だ。
     助けたい、と思っていても、助けて、という声を拾って仕事が割り振られている間に、大切なものを取りこぼしている気がした。
     ある日、プライベートで買い物をしているときに「痴漢!」という声をジャックの耳が捕らえた。現場に駆けつけたが、犯人は逃走したようだった。被害者らしい女性は、被害の恐怖を思い出したらしい。体躯の大きなジャックを見て怯えてしまい、話を聞き出すことが難しくなってしまった。
     結果的に、近くの駐在所から女性の警察官がやってきて詳しい話を聞き出し、防犯カメラを追って犯人を捕まえることはできた。だが、ジャックの胸中にはしこりが残った。
     誰かを助けたい、と思っていたはずだった。だが、助けようとする手を必ず取ってもらえるわけではない。
     知っていたはずのことを、もう一度まざまざと突きつけられてしまった。
     こんなことがしたかったんだろうか、俺は。
     ジャックの心には、迷いと不安が生じていた。
     「次」があったときに、その場にいられるんだろうか。いることを、許されるんだろうか。いられないのなら、警察官になったことに果たして意味があるんだろうか。
     今、デュースがどうしているかはまるで知らない。あえて情報を入れないようにしていた。まだ彼に対する怒りや悲しみは消化しきれていなかったし、もう、これ以上振り回されるのはごめんだという気持ちもあった。ジャックの思う「次」とは、自分が力を尽くせるような現場のことだった。
     生意気なことを考えている、という自覚はありながらそんな気持ちが拭えなかった。社会に出て疲れているのもあるかもしれない。少し、実家でゆっくりしよう、と考えていた。


     薄く積もった雪を懐かしく感じながら、実家の扉を開く。室内は程よくあたたまっていて、母がひとり出迎えてくれた。
     弟と妹は部活や友人付き合いで忙しいらしく留守だった。大きくなったんだな、と不在にこそ感慨深くなってしまう。
     荷物を置いたところでダイニングテーブルに派手な色合いの紙が置かれているのに気づく。何気なく手に取り、飛び込んできた「時計の街」という文字に心臓が音を立てた。
     母が弟の名前を出し、学校での調べ学習で薔薇の王国のことを調べ、そのために手に入れてきたものらしい、と告げた。
    「コミュニティペーパーみたいでね。裏を見てみて、確かあなたの同じ部活の、一緒に表彰されてた子が載ってるでしょう?」
     弟が覚えていて、取っておいたのだという。ジャックはあきらめにも似た感情を持ちながら、手の中の薄い広報誌を裏返した。そこには「地元の顔・デュース・スペードくんにインタビュー」というポップな文字が踊っていた。この冊子にインタビューが載っているわけではなく、動画に誘導する文が掲載されていた。ジャックは動揺を悟られないように努力していたが、母は近所付き合いで忙しいらしく、息子の様子を深く追求せずにバタバタと出ていってしまった。
     ジャックは母を見送った後、ソファにどかりと腰掛けた。手の中には広報誌が所在なげに握られたままだ。実家はジャックの胸中など関係ないままにしん、としずまり返っている。
     就職の際に、実家のジャックの部屋は片付けてしまった。今、この家にはジャックの私室というものは存在しない。なので、滞在中はリビングのソファを中心に過ごすつもりでいた。そうすれば家族みんなに構われて余計なことを考える暇もないと思っていたのだ。フルートも帰省の荷物の中に入ってはいたが、滞在中も練習をするかどうかは悩みどころだった。もう半ば意地のようなもので、練習は重ねてきてはいたし、機会があれば人前で演奏することもあった。しかし、当初の目的は失って久しく、家族になぜ楽器をと問われても答えられるあてはなかった。つまり、やることが特にない。時間を潰すあてもない。
     逃れられないものだ。思わずため息が出た。
     今ここには己の他には誰もおらず、自分の手の中にはあえて調べないようにしていた、特別な友人の今の状況につながるものがある。別に実家の鍵も持っているので外に出かけてしまってもよいのだが、結局頭の隅に引っかかって離れないだろうということは目に見えている。
     ジャックはスマホを取り出すと、検索をして動画を見つけた。少し躊躇ったが、結局画面をタップして再生した。
     緊張気味のデュースの顔が映った。さらりとした髪、優等生然とした見かけの中で、頬だけが緊張に染まっていた。あまり面差しは記憶にあるものと変わっていない。
     広報誌は薔薇の王国が定期的に発行しているもので、各地の観光名所や食事処、イベントなどを紹介しているらしい。この号は時計の街の特集で、ホワイトラビット・フェスの紹介をしている。
     動画チャンネルは、薔薇の王国各地の地元で話題の若者を紹介する、という趣旨のチャンネルらしい。デュースがかつて、フェスのラビット・ラン・レースで優勝したことがあり伝説的扱いになっているためにこの度インタビューを依頼したのだという。その当時の話が続き、ジャックはデュースやエペル、オルトから旅の思い出を聞かされたのを思い出す。ジャックは複雑な気持ちを抱いたまま、結局今でもあのときの土産のランニングウォッチを使ってもいる。
     インタビュアーはさて、と空気を変えるとデュースに問いかけた。
    「スペードさんの将来の夢を聞かせてもらえますか?」
    「はい、僕は警察官、というか、魔法執行官になりたいと思っています」
     ぴしりと背筋を正して、デュースが答えた。やっぱりな、とジャックは胸中で相槌を打ってしまう。
     決してあきらめない、やり遂げるやつだと思っていた。こんなに物理的にも精神的にも離れてしまった今でも、ジャックはそう確信していた。
    「魔法執行官、難関ですね。何か、理由があるんですか?」
     インタビュアーの質問に、デュースははにかみながら答える。
    「昔、僕のことを信じてくれた警察官の人がいて。あの人のようになりたいから……でした」
     過去形の言い回しに、インタビュアーが首を傾げる。デュースが「一年生のときに事件に巻き込まれて大怪我したんです」と告げる。ジャックは彼がそこまで全世界がアクセスできる動画で話すとは思っておらず、まじまじと画面に見入ってしまった。
    「元から僕にとっては難しい夢だったけれど、怪我のこともあってさらに難しい道になってしまいました。そのときにもう一度よく考えて、でもやっぱり、警察官に、魔法執行官になりたい、と思いました」
     彼は碧色の瞳を真っ直ぐに向けて語る。黙っていればカタログに載るようなクールで真面目な生徒に見える、逆に言えば整っているがこれという特徴が印象に残りにくい彼の容姿の中で、ときに居心地悪く感じるほどのその瞳が輝くのだ。
    「僕は、誰かに任せろ、という友人の忠告を無視して怪我をしました。そして、そのときの行動を後になってとても後悔したんです。一生に関わるような怪我をしたから、ではありません。それは僕の自業自得です。後悔をしたのは、友人をひどく傷つけたからです」
     ジャックは思わず、一度再生を止めようとした。だが手が震えてうまく動かず、画面の中のデュースは話し続けた。
    「先生がいる、じきに大人が来る、誰か任せろ、と言われたんですが、僕は全く聞く耳を持ちませんでした。別の友人たちを助けるための行動だったので、僕はどこかで、助ける立場になるんだ、ということに頭がいっぱいだったんです。誰かに助けてもらえるなんて、ちっとも信じていなかった。かつて警察官の人が信じてくれたのに、助けてくれたのに、僕はそんなことすっかり忘れていました。先生が、警察が、大人が、誰かが、僕のことを助けてくれるなんて考えもしませんでした。結果、無謀にも突っ込んでいって、忠告してくれた友人を、きっと、一生忘れられないほど傷つけてしまいました」
     くっと喉の奥が鳴る。ジャックは震える手を、自らの口元に持っていった。
    「誰かを助けられる人になりたい、と思っていました。憧れの警察官のように、誰にも信じてもらえない、でも信じてもらいたがっている子を信じられるような、そういう人に。でも、それだけじゃだめだってわかったんです」
    「……では、どうすればいいという結論に?」
     インタビュアーが熱を帯びたデュースの言葉に静かに相槌を打つ。
     デュースは頷き、少し黙った後、考えが整理できたのか言った。
    「誰かを助ける力を持っていても……僕ならお前を助けられるって、わかってもらわなくちゃいけないんだ、と今は思っています。信じてもらえないと、知ってもらわないと、どんなに力をつけたって意味なんてないんだって」
     だから、とデュースは言う。
    「助けてって、手を伸ばしてもらえる人になりたいと思っています」
     彼が大人びた表情で微笑んだ。顔の造作は変わっていないのに、そのときだけやけに年月が経ったことを実感した。ああ、とジャックは声を出す。己の胸から顔にかけて、熱いものがこみあげてくるのを感じた。
    「こうやって今回のインタビューを受けることにしたのも、だからです。僕の顔と名前を覚えてもらえるかもしれないでしょう? 本当に警察官や魔法執行官になれるのか、まだわからないけれど、力をつけられるように頑張ります。時計の街にもまた帰省します。僕の魔法が役に立てそうなことがあったらぜひ、話しかけてくださいね!」
     彼がそう言って胸を張る。その仕草だけは、覚えがあった。ジャック、どうだ、と言ってくるときのものそのままだった。
     信じてもらわないと。
     知ってもらわないと。
     その声はジャックの耳に残った。インタビューの終わりが告げられ、画面が広告になり、勝手に次の動画の再生が始まっても、ジャックは口を抑えて嗚咽を堪えていた。弟も、妹も、他の家族もどうか今帰ってきてくれるなよ、と念じながらたいして興味もない、どうせぼやけてよくわからない動画を見つめ続けていた。


     休暇が明けて、ジャックはまた忙しい日々を送っていた。
     たまに、弟や妹からメッセージが飛んでくる。ジャックが話して聞かせた都会の暮らしをうらやむものがほとんどだったが、中にはジャック自身を気遣う内容が含まれていた。
     弟がどういう気だったのかはわからない。ああ、兄の友人だと思っただけで特に意味などなかったのか、それとも、そもそも最初に調べ学習の題材として薔薇の王国を選ぶ時点で何か思うところがあったのか。
     いつか、聞いてみてもいいかもしれない、と思う。
     モチベーションは確かなものになっていた。だが、今のままではいけないとも思っている。
     信じてもらわないと、知ってもらわないと、という声が今も響いている。
     今日の書類仕事を終わらせ、パソコンをシャットダウンする。業務用のパソコンの、黒くなった画面に自分の顔が映っている。
     くっと、口元の口角が上がる。
     ジャックは己の望むように己を鍛え、自らの思う高みを目指して生きてきた。他人のことなど関係がないはずだった。
     それがどうだ、あの事件に影響されて職業を選択し、あの動画を見て今また新たな選択をしようとしている。
     だが、嫌ではなかった。これが己の望みだと、胸を張って言える。
     ただ、やられっぱなしは癪に触る。
     少し思い直して、もう一度パソコンの電源を入れる。ブラウザを開き、ブックマークにしているページを開いた。
     それは、警察官採用のためのホームページだ。
     知ってもらうために、俺にできること。
     欠員が出れば特に異動時期でなくとも募集がかかることになっているはず、と見ていく中で、ジャックは目を見開いた。
     音楽隊隊員募集。
     見てろよ、デュース。ジャックはにんまりと笑うとその文字をクリックする。
     いつかの、初めて正面から向き合って拳をぶつけたあのときのように、お前にとっておきの一発をお見舞いしてやるからな。
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