愛を溶かしたチョコレートを(みけレオ) バレンタインデー。
世の中の男女が心躍らせるイベントだ。日本では女性が好意を寄せる男性にチョコレートを渡すイベントとして認識されているが、外国ではまた違う。それはともかく、アイドル達もイベントごととあって大忙しだ。ESも大賑わいである。
その中で、すれ違うアイドル達に声をかけ、チョコレートを配っている人物がいた。
「皆!ハッピーバレンタイン!ママからのチョコレートだぞぉ!」
大きな体躯に、大きな声。身振りも手振りも無駄に大きな存在感の塊のような男、三毛縞斑。お祭り男は今日も元気だった。
バレンタインと言えば女子からのチョコレートでは?百歩譲って、アイドルからファンへとかそういうのでは?と思いつつも、声をかけられたアイドル達は三毛縞からのチョコレートを受け取っていく。愛らしい包み紙の丸いチョコレートだ。ちょっとした大玉である。
主に年下をメインに、同輩にも配っている三毛縞。夢ノ咲学院所属のアイドル達は、笑顔で受け取っていく。それには理由があって、最初に受け取った面々の中にいた朱桜司が、そのチョコレートが外国のメーカーのものでそこそこのお値段だと知っていたからだ。
間違っても自分では買わないちょっとお高いチョコレートを貰えて、少年達は大喜びで去って行く。中に約一名「食べるなんて勿体ないよぉ!どうやって保存しようかなぁ!」などというドルオタ丸出しの発言をしていた人物がいるのだが、まぁ、周囲に諭されて美味しく食べてくれることだろう。
そんな風に皆にチョコレートを配り歩いている三毛縞は、これまた例外ではなく遭遇した月永レオにもそのチョコレートを差し出した。
「レオさん、ママからのチョコレートだぞぉ!」
「わー、ママありがとー!ナニコレ、キラキラしてるし丸いし、美味しそうだな!」
わーいと大喜びする月永の姿は、年齢よりも幼く見える。大柄な三毛縞の傍らにいると小さく見えるのもあるだろう。何はともあれ、月永は三毛縞からのチョコレートを受け取った。
月永から三毛縞にも、「いっぱい貰ったから」という理由で、チョコレートのお裾分けがあった。色々貰ったけど食べきれないからという理由らしい。勿論三毛縞は、笑顔でそのチョコレートを受け取った。お裾分けはありがたく受け取る男である。
そして、彼らのバレンタインはそんな風にさっくりあっさりと完結した。
……わけでは、なかった。
時間はその日の夜遅くにまで進む。
寮のラウンジにて、月永がご機嫌で作曲に取りかかっていた。街中に溢れるバレンタインの雰囲気に霊感を刺激されたらしい。彼にとって音楽は自己表現の大切なものであり、彼の作曲を妨げる仲間達はいない。
まぁ、他人の迷惑にならない場所で大人しくしているなら、という注釈が付くのだが。
とりあえず、寮のラウンジで鼻歌を歌いながら作曲をしているぐらいは、許容範囲だった。ほどほどの時間に部屋に戻りなよ、という声かけがされるぐらいである。月永は絶好調だった。
そんな月永の元へ、三毛縞は湯気の出たマグカップを持って歩み寄った。ポンポンと肩を叩かれて、月永がバッと顔を上げる。
「誰だ!俺の作曲の邪魔をするのは!」
「レオさん、一生懸命なのも解るけど、糖分補給したらどうかな?」
「アレ?ママ?」
「うん、ママだぞぉ」
顔を上げて文句を口にした月永は、目の前に居る三毛縞の姿に目をぱちくりとさせた。次いで、不思議そうにこてんと首を傾げる。そうすると、妙に幼い雰囲気が出る。
三毛縞はそんな月永にいつも通りの朗らかな笑顔を向けて、マグカップを差し出した。湯気の出るマグカップの中身は黒っぽい。何だコレと思った月永は、ふわりと香った甘い匂いにぱぁっと目を輝かせた。
「ママ、ココア?」
「惜しい。ホットチョコだよ、レオさん。ほら、前に美味しいって言ってたやつだ」
「おぉ、アレか!この辺で売ってなかったんだ。ありがとう、ママ!」
「お仕事を頑張るレオさんを応援する為だからなぁ。喉が渇くだろうから、水も持ってこようか?」
ホットチョコのマグカップを受け取った月永は、ご機嫌で口を付ける。甘いチョコレートなのだが、甘ったるくはなく、上品な甘みだ。ほんのりとカカオの苦みも存在するのだが、とても飲みやすい。以前月永が三毛縞と一緒に飲んで気に入った逸品である。
「レオさん、水で良いかぁ?」
重ねて問いかける三毛縞に、月永は少し考えてから口を開いた。
「ママ、紅茶!ストレートの!」
「はいはい。了解だー」
「ありがとう、ママ」
これぐらいお安いご用だぞぉと豪快に笑って、三毛縞はその場を後にする。残された月永は、美味しそうにホットチョコを飲んでいた。バレンタインの雰囲気と合わさって、これも良い感じに霊感を刺激してくれる。ご機嫌に拍車がかかっていた。
紅茶を所望された三毛縞は、ふんふんと鼻歌を歌いながら慣れた手付きで紅茶を入れる。月永の好みの紅茶がどういうものかを、彼はよく知っている。そういった細かいところも見ている男なのだ。
そんな三毛縞に、面倒くさそうな顔で声をかけた人物がいる。瀬名泉だ。
「ねぇ、ちょっとアンタ」
「ん?あぁ、泉さんか。どうかしたか?」
「それ、レオくんに持ってったホットチョコ?」
「うん?あぁ、そうだ。レオさんはこれがお気に入りでなぁ」
「へー……」
呆れたと言いたげな顔をする瀬名に、三毛縞はにこりと笑った。笑っているのに、奇妙な威圧がある。その圧が何かを理解している瀬名は、面倒くさそうに溜息をついた。
「そんな回りくどいことしなくても、レオくんは素直に受け取ると思うけど?」
「いやいや、これは俺が、レオさんに喜んで貰いたいだけだから」
「……本当に、面倒くさい……」
「あっはっは!泉さんにだけは言われたくないなぁ」
カラカラと笑う三毛縞に、瀬名はもう一度大きな溜息をついてから去って行く。これ以上誰かに見られないようにと三毛縞がゴミ箱に捨てるホットチョコのパッケージに視線を向けて、盛大な溜息が再び漏れた。
月永が美味しそうに飲んでいるホットチョコは、外国のメーカーのものだ。それも、かなりお高い。ちょっとお高いどころではない。ホットチョコとして気軽に飲むには、一瞬躊躇するような値段だ。その分とても美味しいのだけれど。
そんなものを用意して、さらっと渡して、それで何もないと言われても、誰も信じないだろう。証拠隠滅を図っている段階で、本当に、とても面倒くさい男だ。
だが、三毛縞にとってはそれが普通だった。月永に重荷を背負わせすぎるのは好きではない。彼が抱えた感情はぐちゃぐちゃでどす黒く、奇妙に重く甘ったるい。そうと解らない場所で愛を注ぎ、甘やかすぐらいの距離感が丁度良いのだ。
少なくとも、三毛縞はそう思っている。それが正しいのだと、信じている。
口元にうっすらと笑みを浮かべて、三毛縞は紅茶を片手にラウンジへと向かう。一心不乱に作曲をしている月永。その手が時々ホットチョコのマグカップへと伸びるのを見て、満足そうに笑う。それだけだ。
苦くて甘いチョコレートは、そうと伝えぬままに、愛しい人の腹の中。
FIN