「さよならが下手な人とは付き合わない方がいい」「ボクはそうは思わないけどな」
持論をバッサリ切られる。死生観と同じで人間関係にも求めているものが根底にはある。『花に嵐というたとえもある。さよならだけが人生だ。』と謳われたように別れが付きまとう。それなら綺麗に別れたい。私はそう思うのだ。
「キミの言い分も分かるけど、でも付き合い始めた時にその人がどういうサヨナラをするかなんて分からないだろ?」
「そう……だけど、関係が深くなる前に切って欲しい。そう思うの。」
「思い出が傷つかないように?」
私は口を噤んだ。シャンパンをひと口飲んで少し減ったグラスに残った"あったものの跡"を眺めた。カランとロックグラスが隣で鳴る。ギュルと蓋を開けてトクトクと注ぐ音が静かな部屋に反響する。
「こうやって継ぎ足せばいいじゃないか」
「ヒソカは簡単に言うけどそうやって出来た試しがないじゃない。」
「それはどういう意味でボクに言っているんだい」
「満たされてない。私と話してても前話してた人とも一定の距離を置いている。」
「ボクってばシャイだからキミと違って深くは関係を持つのは苦手なんだ」
「酔っ払いね。」
またグラスに口を付ける。ひと口、ふた口。焼きを入れる。ヤケになっていく。価値観の違う人と話していると楽しいがやはり理解のしきれない部分が苦しい。なんでもほどほどが大切なんだ。
「……継ぎ足されたもので満たされるわけがない。思い出がなくなるわけじゃない。傷ついた思い出はずっと残り続ける。」
「思い出さなければ薄れて消えるのに」
「思い出さずにはいられない。傷ついた思い出こそ強い衝撃で鮮明に残る。」
「ボクじゃ埋められないかな」
また戯言を。私も酔ってしまえばそんなこと言えるんだ。ひとくち、ふたくち、さんくち。アルコールで私を分解していく。中にある核を取り出したい。空になったグラスを置く。
「おお、いい呑みっぷりだね〜 そんなにボクじゃ不足かい?」
「不足じゃないわ。足りてる。むしろ有り余ってる。嬉しいぐらいに悲しいぐらいに苦しいぐらいに、有り余ってる。いっそ消えてくれないかなと思う。」
「…ふーん。消えて欲しいのにどうしてこうやって会っているんだい?」
「さっきからヒソカ質問しすぎじゃない? アナタの価値観が面白いから会っているの。ヒソカは?」
「そういうキミが面白いからっ」
チャイムを鳴らすようにわざとカランとグラスを回し氷の音を鳴らした。そういうところが有り余るんだ。そこで気付いた。深い花瓶なのだ。私は深い花瓶。口が細く深く縦長の花瓶。私は長いクチバシでその水を飲めるが周りはそうではないのだ。浅いお皿で飲んでいる。価値観の違い。深い花瓶の水を飲もうと浅いお皿をクチバシで割ってしまうのだ。一気に酔いが覚めていく。体が冷えていく。青ざめていく。
「一気に飲み過ぎだよ。お水飲んで」
差し出された水のグラスは口が大きく深く厚みがあった。さっき飲んでいた細口のシャンパングラスとは違うようだ。焼けた喉に体に動線に冷たい水が通っていく。
「ありがとう。」
「今夜はボクの部屋においでよ」
「絶対いや。」
「来て。」
ワントーン低い声で言われる。酔っ払いのくせに。顔をあげると顔色何一つ変わってない。真剣な眼差しで見つめている。目は口ほどに物を言う。
「慰めなんていらないの。だから…」
「だからボクはキミを傷つける」
「……は?」
「傷ついた思い出を大切にしてくれるんだろう。それならボクはキミに手を出すよ。」
「アナタとそういう関係になりたくて付き合った訳じゃない!」
バンッと机を大きく叩き立ち上がる。グラスが波打つ。立ち上がった私にあわせて顔を上げるヒソカ。
「キミも大概、別れ方が下手くそだ」
「そうね。類は友を呼ぶと言うもの。仕方ないわ。」
「それならボク側に来ればいい」
「思想を変えろって?」
「うん。ボクが修正する」
この期に及んで何を言っているんだ。でも、何を言っているのかは理解していた。価値観が違う人と話すのが楽しいのならきっと理解できると狂いがいつの間にかできていた。器から零れるまで、器が壊れるまでアナタを受け入れよう。
「さよならはいつも突然なんだよ」
「ウソつき。」