「純平…今夜も…その……頼んでもいいか?」
「……」
水浴び後の黒髪を夜風に靡かせた輝ニが、日中頭に巻いているバンダナを握りしめながら座っている俺の前にしゃがみこんだ。ふぅ…とため息を吐き出しながらなんと答えるべきかを思案する。
右を見てみよう。拓也が肉リンゴにかじりついたまま微動だにしなくなっている。あれで「俺は聞いていませんよ〜」って風を装ってるってんだから笑っちまうよな。
左を見てみよう。輝一が口に入った咀嚼前の肉リンゴをぽろりと落としている。そういえば、輝一が仲間になってからこれは初めてなのかも。
輝ニは、俺に寄り添いながら眠りにつきたがる。
寄り添うってより、俺を抱きしめながら眠りたいんだってよ。
初めて声がかかった時、なんでと問えば固く口を閉ざした。おーおーだったらいつも通り離れて寝ろよと突っぱねたら大慌てで「似ているからだ!」と声をあげる。頭を捻って「なにに?」と聞けば、輝ニにしては珍しくもごもご言い淀みながら言葉を発した。
「く………くまさんに……」
「は?熊だぁ?」
「しっ!声が大きい!」
「……なんだよ、藪から棒に"熊"って」
「……ぐぅっ、いっ言わなきゃダメなのか…?」
ため息を吐き出しながら顎をシャクって続きを促せば、もう一度低く唸ってみせた後またぼそぼそと言葉を繋げた。
「…そのっ……あのな…?これ、本当に誰にも言って欲しくはないんだが………その、だな……」
「おう」
「…現実世界での話なんだが………オ、オレ…は……」
「なんだよ、ハッキリ喋れよな。らしくないぜ?」
「わっわるい!…………えっと…」
「いいよ、そんな言いたくないなら」
「まっ、待ってくれ!」
無理強いするのも良くないと思っての発言をどうやら「NO」と取ったらしい。俺の腕をぎゅうっと掴んで静止してきた。細い細い小枝みたいな指だなと、どこか他人事のように目線をおくる。
「オレっ、くまさんを抱えながらじゃなきゃよく眠れないんだよ…!」
「………は?」
くまさん、とはなんなんだろうか。輝一から、源家は大分裕福なお家だと聞いていたけど、日本国で熊の飼育が可能とは思えない。じゃあ、コイツのいう"くまさん"って……。
「……もしかして、テディベアのこと?」
「……笑いたければ笑えよ、小五にもなってぬいぐるみと寝てるんだぜ」
「いや別に…笑わねぇけどさ…」
正直驚いてはいる。一人称も相まって、女子ってことを時折忘れてしまう仲間にこんな可愛らしい一面があったとは思わなかった。
「……はあ」
流れる沈黙。それを破った俺のため息に肩をビクつかせた輝ニに、呆れ顔とも取れる表情を向ける。
「失礼極まりないことを頼んでることはわかっているんだ…」
「……」
「…でも……そろそろ、ちゃんと眠りにつきたいんだよ……」
絶句した。最年長の俺を差し置いてみんなのリーダー格になってる拓也、それと並んで先陣切って悪の五闘士に挑んでいく輝ニの弱った姿。どれだけ勇ましかろうがコイツは年下で、女の子なんだと言う事実に殴られた気になった。
何度か瞬きを繰り返し、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「……いいぜ」
「えっ」
「ただし、条件がある」
「な、なんだ…?」
ごくりと唾を飲み込んだ輝ニが緊張感を漂わせながら見つめてくる。目線を受け、やれやれと手で夜空を仰ぎながら譲れない条件を提示した。
「泉ちゃんに誤解されたくないから、ちゃんと報告すること!」
「……ふっ、そんなことか」
「そんなことって、おいこーじっ!」
「ああわかった、ちゃんと泉には伝えておくさ。…ありがとう」
その感謝の言葉が擽ったくて聞こえないフリをした。
…ってのが、輝一が仲間入りする前の話。
いつもは端っこか、泉ちゃんの隣で静かに寝ている輝ニが、俺の胸元にぴとりとくっついて寝る姿を初めて目にした拓也と友樹の驚きようには笑っちまったよ。目線だけで泉ちゃんに頼れる男アピールをしてみたら、凄く嬉しそうに微笑んでくれた。その笑顔を見れただけで、骨骨しい身体に抱きかかえられるのも悪くないと思えた。
輝一は、自分の妹が、たとえぬいぐるみ代わりだとしても男子に寄り添って寝たがることに言葉を失っている。その姿に胸が痛んだ。やっぱり、こういうのは教育上良くないのかもしれない。いくら仲間だとしても性別が違うんだからな。くまさん離れはしなくてもいいけど、そろそろ睡眠時の俺離れをしてもらうべきかも。欲を言えば、代わりに泉ちゃんとぎゅうぎゅうしたい。……無理だろうけどな!!
「輝ニ…悪いけど、今日はちょっと…」
「あっ…そ、そうだよな……すまない、お前も疲れているだろうにオレの都合を押し付けて…」
例えるならチワワかハムスター。背後にしょん…と項垂れる小動物が見えた気がした。多少なりとも罪悪感を感じたが仕方ないじゃねえか。吹けない口笛をヒューヒュー吹きながら「聞いてませんよ〜俺は見てないですよ〜」の定の拓也は置いといて、まるで屍のように動けなくなっている輝一が気の毒だ。提案してみようかな、最近みたいに今夜も輝一と引っ付けばって。
だが、それは口には出来なかった。
たし、たし、と足音が続いて誰かと思い顔をあげれば、にこりと笑ってくれる俺の女神、泉ちゃんが立っていた。
「どうしたのっ泉ちゃ、」
「ねえ…純平?」
「は、はいッ!」
小鳥のさえずりのような声がなぜだかとても刺々しい。にじみ出た冷や汗が額から流れていくのがわかった。
「本当に、疲れているのかしら」
「えっ…えっと……そこ、までじゃ…」
「だったら問題ないわね」
「……」
「輝ニっ!純平が一緒に寝てくれるって言ってるわよっ」
「言ってなくないか…?」
言ってないんだよなぁ〜これが!…って言えたらどれだけいいか。背中を押され、俺に押し付けられた輝ニが戸惑いながら目線を向けてきた。その背後の泉ちゃんからの圧が凄い。
『可愛い可愛い輝ニのお願いを貴方は断るの?』
とでも言いたげだ。多分、言っている。口パクで伝えて来ている。気になってる子からの頼み事が目の前の女の子と一緒に寝てくれって……こんな酷い話あるか?
ゔん…ゔ〜ん…と唸り声を捻り出し、フェアリモンが乾かしてくれたであろう黒髪を二回撫でてやる。許可がおりたと悟った輝ニの目の奥がキラキラと輝き出した。
「……」
「そんな嬉しそうな顔されちゃったらなぁ…。年長者の胸ぐらい、どーんと貸してやるよ」
「ホントか?!ありがとう純平っ!」
デジタルワールドに来た頃は「群れるのは好かん」とか言ってたくせに…この変わりようはなんなんだ。無理してたのか意固地になっていたのか…。とにかく、大切な仲間の安眠のために、今夜も俺はくまさんになってやるのだ。
輝ニぃ…拓也もだけど、なによりも、輝一のアフターケアはちゃんとしておけよ…。