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    第6回刃丹ワンドロ

     丹恒がいなくなった。

     そう連絡を受けて、刃は羅浮の神策府にある地下倉庫を訪ねていた。見張りをかいくぐり、倉庫の前まで来ると、青ざめた穹となのかが駆け寄ってくる。
    「どういうことだ」
    「俺たちにもわからない。将軍からの頼まれごとをしてたんだけど、気付いたら三時間も姿が見えないんだ」
    「危ない依頼じゃなかったんだよ。倉庫にあるはずの奇物が必要だから、皆で探してきてくれないかって」
     なのかは今にも泣きそうな顔だった。一時間後にここに集合することを約束して、三人は別々の倉庫で手分けして奇物を探していた。丁度一時間程で穹が目当ての奇物を見つけ、集合場所で待っていたがいつまで経っても丹恒が帰ってこない。丹恒が時間を守らないことは珍しく、心配になって彼が入ったはずの倉庫へ呼びに行ったが誰もいない。もしかしてすれ違ってしまったのでは、と、神策府に戻ったが、丹恒は帰ってきていないとのことだった。
     おかしい。見張りの雲騎軍や辺りの人に声をかけたが、誰も丹恒を見かけていない。倉庫を出るときは必ず出入り口を通らなければならないので、見張りの雲騎軍が丹恒を見逃すことはほぼありえない。結局、神策府内で丹恒は見つけられず、倉庫に戻って隅々まで探したが見つからない。狭く薄暗い倉庫の中で、丹恒ほどの体格が隠れられるような場所もない。

     消えた。そうとしか表現できなかった。

    「列車には戻っていないのか」
    「パムに聞いてみたけど戻ってない。そもそも、丹恒が俺達に黙って帰るはずないだろ」
    「……どうだかな」
     冷たい目に嘲笑の色を浮べながら、刃が鼻を鳴らした。むかつくけれど、丹恒を見つけることに関しては刃を呼ぶのが一番早いのだ。ぐっと堪えて、頼むよ、と藁にもすがる思いで頼み込む。
    「どこの倉庫だ」
    「地下の一番奥。他の場所は鍵がかかってる」
     地下へと続く階段を確かめるように降りるたび、コツ、コツ、と刃のブーツの音が反響する。壁に点在したオレンジ色の淡い光に照らされて、長い影が石畳に伸びる。埃っぽい廊下の左右に並んだ扉を通り過ぎて、一番奥の扉の前に立つ。正面に据えられた重苦しい扉を開くと、年季の入った扉はギィと悲鳴をあげた。
     倉庫の中は薄暗かった。薄い灯りを頼りに、三人でくまなく中を探し回る。ふと、刃は倉庫の片隅にある木箱が目についた。面積は雑誌を開いたときくらいのもので、高さもふくらはぎ辺りまでしかない。どう考えても丹恒が入れるような大きさではなかった。けれど、刃の手甲がぼんやりと熱を持った。表面に貼られた黄色に赤文字の札を見て確信する。
    「これは」
    「開ける場所が無いんだ。鍵がかかってるみたいで」
    「ふん……」
     呟くと、刃は剣を取り出した。指でやいばをなぞると、きんいろに変色する。突然、刃はそれを木箱に向かって振り下ろした。
     ザン、という音と共に、木箱が真っ二つに——なることはなかった。何度も振り下ろされるやいばは、不思議と木箱を壊すことはない。けれど、一振りごとに、確実になにかを切り裂いていた。突然木箱を攻撃しはじめた刃に、穹となのかはあっけにとられていたが、刃の異様な様子に気圧されて声も出せずにいた。
     やがて刃の手が止まる。しゃがんで箱に手をかけると、あっけなく蓋があいた。それだけでも驚いたが 、次いで刃が中から引きずり出したものになのかが悲鳴をあげた。人間の腕だった。穹も死体だろうかと恐怖に身が竦んだが、続いて現れた見知った緑の上着に思わず駆け寄る。丹恒、そう言葉をかけようとして、箱の中が目についてひゅっと息を呑む。
     箱の中は底が見えなかった。薄暗い部屋で影になっているからとか、そういうことではない。ただただ真っ暗な、吸い込まれそうなほど漆黒の闇がそこにはあって、靄のようなものが丹恒のからだにまとわりついている。
    「放せ」
     低く、威圧感のある声だった。聞いたことのない地を這うような刃の声に、自分に向けて言われているわけでもないのに身が竦む。それでも、黒ずんだ靄は諦め悪く丹恒のからだに纏わりついたままだ。
    「放せ。……これは俺のものだ」
     正面から浴びていたら圧力で押しつぶされていたと思う。冷徹な響きに、靄はようやく、しぶしぶといった様子で丹恒の身体を離す。恨めしそうに見えて、穹は不安がこみあげてきた。刃は蓋を閉めてから気を失っている丹恒を横抱きにすると、不安そうに見守っていたなのかと穹に声をかける。
    「出るぞ。長居すれば引き摺られる」
     何に、と聞くことは憚られた。異様な雰囲気に、二人はただ黙ってうなずくことしかできない。速足で出口へと向かい、外に出て扉を閉めたところで、内側からバン!と何かが扉を叩く音がして、二人は飛び上がってしまう。刃が舌打ちをした。
    「持っていろ」
    「え、え、」
    「それから、適当な店で聖水と札を買って来い」
    「えっあ、わ、わかった!」
     弾かれたようになのかが駆けていく。預けられた丹恒のからだは重く、支えるのが精いっぱいだったが、あたたかいぬくもりにほっとする。眠っているだけのようだった。それにしても、刃は穹がなんとか支えられるほどの鍛えられた重たいからだを、なんともないように運んでいた。今はそんなことをいっている場合ではないのだが、なんだかくやしい。
     相変わらず扉はバン!バン!と叩かれていて、刃はそれを冷めた目で見つめている。
    「……そんなにあれが気に入ったか」
     扉の向こうから、呻くような声が聞こえる。丹恒が欲しいと訴えている。
     ――あれは俺の獲物だ。誰にも渡さない。
     刃のからだを、激情が支配している。
    「悪いがあれはお前のものではない。……一生、俺が逃がさない。お前よりもよほど」
     得体のしれないものに恐怖などない。むしろ笑いがこみあげてきて、刃はハ、と息を吐きだした。思えばあれは昔からひとを惹きつけて狂わせる性分だったが、まさかこんなものにまで魅入られてしまうなんて。
     そのこころとからだが誰のものであるか、わからせてやらないといけないかもしれない。抑えきれない激情は炎となり、剣と共に扉の向こうの何かを焼き尽くす。あれが出てきてしまったらどうしようとはらはらしていた穹も、刃の様子を見てくちびるを引き結んだ。
    そうして扉の向こうの物音がだんだんと弱々しくなっていき、やがて何も聞こえなくなったところで、水の入った瓶と、箱に貼られていたものと似たような札を持ったなのかが駆けてきた。
    「これでいい!?」
    「…………気休めにはなるか」
    「もぉ!これだけでも探すのすっごく大変だったんだからね!?」
     礼も言わずにそれを受け取った刃は、扉の開く場所に躊躇いなく札を貼っていった。人差し指と中指を立てて目を瞑る。空気が変わった。刃は二本の指先でなぞるように倉庫を一周すると、穹の腕の中で眠っている丹恒に目を向ける。穹には謎の行動だったが、後々あれは結界を貼っていたらしいとわかった。幽霊の類いを信じていなかった穹は認識を改めた。
    刃は丹恒を抱き起こすと、瓶に入った聖水を口に含んだ。丹恒の後頭部に手を添えて、ごくあっさりとくちびるが触れる。穹となのかは絶句した。口移しに、聖水を丹恒へと流し込んでいるようだった。つう、とくちびるの端を水が伝って、なんだかいけないものを見ている気持ちになる。
    「……これでいい。明日の朝まではここに誰も入れないことだ」
    「え、あ……わかった」
    「あれは気休めでしかない。太卜にでも声をかけておけ」
     刃はまた穹に丹恒を預けると、さっと踵を返してしまった。あっという間に見えなくなる。穹となのかは二人がかりで丹恒を支えながら倉庫を後にした。階段を登る前になんとなく振り向くと、一番上に貼られた札がゆっくりと剥がれていて、穹はぞっとして丹恒を運ぶ足を速めた。

     目が覚めた丹恒は、倉庫に入ってからの記憶をごっそりと無くしていた。
    「夢の中で、ずっと女に呼ばれていたんだ。向かおうとしたら急に腕を掴まれて、行けなかったんだが」
     そう言って穹となのかに泣きつかれる丹恒が目撃されたのは、それから二日後のことである。
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