色んな顔をもっと見たい今週は嫌な事が続いた。もう本当にありえない。
月曜日、山奥の廃墟の呪霊祓除の任務。一級二体と雑魚複数。雑魚を一掃して、一級一体倒して、最後の奴に止めを刺そうとした時、金髪の黒いスーツ着た外国人が現れた。そいつは私の攻撃を簡単に跳ね返して、呪霊を逃がした。不敵に笑った顔がかっこよくてムカついた。
火曜日、月曜の任務の件で学長に呼び出された。事情を説明したら、金髪スーツは呪詛師だと言われた。学長が何だかいつもと様子が違ったから、ちゃんと謝罪したけど、詳しい事は教えてくれなかった。
水曜日、近場の廃墟の祓除の任務。帳を下ろしたら、複数いたはずの呪霊の気配が消え始めた。おかしいと思って廃墟に向かったら、またあいつが居た。『またお会いしましたね』なんて言って笑うから、不覚にも少しときめいた。ムカつく。
木曜日、二件の任務の件でクソジジイ達に呼び出された。煩い小言を言われた。マジクソ。
金曜日、緊急任務に駆り出された。窓の報告より呪霊の数が多くてかなり手こずった。怪我したから硝子さんの所行ったら、五条さんもいて、マジ面倒くさかった。
そして今日。何とか任務を終えて、明日は休みだからと行きつけのバーに来た。今週は飲まずにはやってられない。いつもより強めの酒を頼んで、四杯目を飲み切ろうとした時、後ろからグラスを抑える手が伸びてくる。振り返ると、そこにはあの金髪スーツがいた。
「もう止めた方がいい」
「誰のせいだと思ってんのよ……」
私は奴の手を払い、残りの酒を飲み干した。奴は私の隣に座りながら、バーテンに水を頼んでいた。
「何で隣に座るの」
「貴女と話がしたくて」
「は?あんたと話す事なんて無い。あんたのせいでこっちは面倒臭い事になったんだから」
「それはすみません。ですが、私も仕事なので」
「呪詛師のくせに。何が仕事だ」
私はそう言い放ち、目の前に置かれた水を一気に飲み干し、追加の酒を注文した。
「私は七海建人と言います。お名前をお伺いしても?」
「あんたに名乗る名前なんて無い」
「ふふ。随分と怒らせてしまったようですね」
奴は薄く笑いながら、ウィスキーを一口飲んだ。それさえも絵になるのが何かムカつく。
「顔が赤い。飲み過ぎですよ」
奴は私の頬に掛る髪を耳にかけながら言った。
「触らないで」
「これは失礼。貴女の顔をしっかり見たかったもので」
「は?あんたに見せる顔は無いし、あんたの顔も見たくない」
「残念。結構顔には自信があるんですが」
「そんなの知ったこっちゃない」
「ふふ。怒った顔も可愛いですよ」
奴の言葉に思わず咳き込んだ。
「は?あんたの目は腐ってんの?任務終わりで化粧も崩れて、こんなボロボロなのに、可愛いわけないでしょ」
そう言って、五杯目の酒を半分飲む。奴は笑いながら、残りのウィスキーを飲み干し、追加をオーダーした。
「可愛いですよ。怒った顔も戦っている顔も驚いてる顔も、全部可愛いですよ」
「な!何言ってんよ」
顔に熱が集まるのがわかる。相手は呪詛師。まともに受けても馬鹿を見るのは分かってるけど、普段言われ慣れてないせいか、どう返していいのか分からないし、とにかく恥ずかしい。
「照れた顔も可愛い」
私の頬を撫でながら優しく笑う。その顔に一瞬絆されそうになるが、直ぐに正気に戻り奴の手を振り払う。
「止めて。そういうのはそこら辺にいる普通の子にやって。私にやっても意味無いから」
「貴女じゃないと意味が無い」
「……………は?」
振り払われた奴の手が私の手に重なる。
「一目惚れ、してしまったので」
「はい?」
私は驚いて奴の方を見る。すると奴は先程と変わらぬ優しい笑みで私を見つめていた。
これは良くない。きっと何かの罠だ。相手は呪詛師。私が邪魔だから消そうと思って近づいてきてるだけ。こんなの本気なはずがない。
そう思ってみても、酔いのせいもあり、段々と思考が鈍っていく。
もしかしたら、本気なのかも。
そんな考えが頭をよぎり始める。それを察したのか、奴が少し体を寄せてくる。距離が近づいたせいで、奴の体温が伝わってきて、余計に顔が熱くなる。
「もし出来れば二人きりになりたいのですが、いかがですか?」
「な、何を……」
奴は私の耳元に唇を寄せ、甘い声で囁く。
「貴女の色んな顔をもっと見たい」
私は耳を押さえて奴から距離をとる。それを見た奴は、面白そうに微笑んでいる。
「その顔も可愛い。私にもっと見せてくださいよ。貴女の色んな顔を」
囁きながら奴の手が私の頬を包み、奴の方を向かせる。絡まる視線に熱が込められているのがわかる。これの意味が分からないほど子供じゃない。でも、目の前で微笑むイケメンに目が逸らせない。
逃げないと。
そう思うが、体が言うことを聞かない。奴の顔が段々と近づいてくるのに、何も出来ない。どうしたらいい、そう思っているうちに、唇が重なる。奴は嬉しそうに笑うと、もう一度口づけた。
「近くにホテルを取ってるんです」
そう言うと、奴は立ち上がり私の分も会計を済ませる。
「そこでゆっくり飲み直しましょう。二人きりで」
甘く低い声でそう言うと、奴は私の手を取り、私と自分の荷物を持って出口へと歩き出す。その背中を見つめながら、このまま流されるのもアリかな、なんて思い始めている私は、相当酔っているのであろう。でも、本当に酔っているだけなのかどうなのか。それは、今は考えないことにしよう。