朝日/喫茶店/ワンピース早朝の太陽がバカみてえに眩しい。
こういう日差しは好きじゃねえけど、バカがサ店で待っていやがるせいで、その中を突っ切って歩いていかなきゃいけない。ガン飛ばして振り切った人並みの奥で、外席のパラソルの下でゆうゆうとレモンティーのグラスをかき混ぜているそいつは見たことのないワンピースを着ていた。
衣装持ちの男だから、見たことがない服を着ているのは別に今に始まったことじゃないけど。薄ぼけたピンクの地に黒いレースとリボンの散りばめられた、スカートや袖口の広がりのわりにやけに身ごろが細身のその服も。緩く数本編んで巻いた髪も、バシバシに長いまつ毛で潤んだ目を隠す、焦れたような、熱っぽい表情だって知らない。
だから一瞬そいつは俺の知ってるヤツじゃない気がした。
けどテーブルのま横に立って濃い影が差してやっと俺のほうを向いた時、にっと歯を見せて笑ったから、こいつはあのクソ野郎だとわかった。「お、猿川くん。ちゃんと時間通りに来たじゃん」
「来てねえ」
「いや来てるって。えらいえらい」
「撫でんな、触んな。行くぞ」
「おっけ」テラは長い腕をすらっと伸ばし、背後にあったカウンターにグラスを置いて立ち上がる。
「そんじゃ行こっか、デート」
なんか頭の位置がいつもよりさらに高いと思ったら、今日のテラは随分ごつくてヒールが高い頭の丸い黒い靴を履いてやがった。「は? 何がデートだよ」
「どう考えてもデートでしょうよ。二人っきりだぞ」
「あのさー、これからカチコミ行くんだけど……わかる?」
「でも終わったらデートじゃん。一日二人でどうぞってふみやくん言ってたでしょ。僕ら今日の予定はこれしかないんだよ。だからさ、さっさと終わらせて遊び行こ? この辺面白いんだよ古着屋とか多くってさ。おいしいお店も知ってるよ。僕ね猿川くんと行きたいとこいっぱいあんの。だからね。今日はめっちゃ本気で来たんだ」
肘にかけたちっせえ鞄の中身を、そっと見せてきた。
その中には、何も入ってなさそうな薄い財布とか、布っ切とかスマホとかが乱雑に底に溜まっていて――てっぺんにこの男の長い手指の中に隠せてしまえそうな小さい銃が入っていた。
「ふみやくんから借りてきちゃった」
「おいたかが貸した10万帰ってこねえガキだろ。それでさっさと終わりにするような奴か?」
「だからー、ふみやくんに貸してもらったって言ったばっかじゃん?」撃っていいんだってさ。「あのね、いらないんだって。ガチ小物。半グレですらないただのヤンキー。だからべつにいてもいなくてもいいんだって。見せしめ的にちょっとヤっちゃうだけだから……もうこれ一発でさっさと終わらせてさ、遊び行こうぜ」
ふみや。あいつもバカ。絶対わかっててやってるし、面白がってる。明日絶対シメる。
「今日はね、すっごい本気で来てんだよ僕。ほら、よく見てみ? 服もメイクも完璧でしょ? まあ僕って何しても可愛いしなんでも似合っちゃうけど、今日は300%で超絶可愛いんだよな〜。後でプリクラ撮ろ? 一枚あげるから」
にこにこにやにやアホかってくらい腑抜けた笑顔を惜しげもなく振りまく(俺にだけだ。あとは全部見当違いの流れ弾)テラ。鞄にチャカ忍ばせてるなんて露とも知らない奴らが、こいつを噂してる。道ゆく男も女も振り返り、指をさしたり、ため息をついたり。
信号待ちなんか最悪だ。横にいる俺も含めて、じろじろと視線が向けられている。こいつ本人は人の感情なんて興味ないんだかわからないんだか、気づいてるそぶりはないけど。
――いやこいつ、俺とたった数時間のデートするために人を殺せるイカレ野郎だぞ。考え直せ。たしかにちょっと見ないような造形してるけど、もうちょっとまともなやつはいくらでもいるから……。
じっと上から俺を見つめ続けるこいつの目をちらりと見る。ぎらぎら光って、中には見事なくらい俺しかいない。もうすっげえ居心地が悪い。ほんとやだ。なんでこいつ俺のことこんな好きなんだ?
「デートは別日で行ってやるからそれ使うのやめろや」
「えっなんで? 今日のテラくんは特にめっちゃかわいいでしょ!? 猿川くんこういうの絶対好きだと思ってこっち系で攻めてんのに! 間違えた? そそられない!? 何とは言わんけど大きくならないの!?」「バカお前声でかいわアホ」「……最後にホテルに行って明日までどさくさで一緒にいようとしてるの、バレた?」「なんで自首した?」「え〜〜っ、ヤダ。ヤダヤダ。っていうかこれしか武器持ってきてないし」「俺が持ってるから。貸すから」「本当にデート行ってくれんの?」「そうだっつってんだろ」「今日も余った時間は遊びに行ってくれる?」「わかったわかっただからカバン貸せ」「ホテルは?」「…………」「今日ホテル行く?」「お前、カチコミの後にセックスできんのってどういう神経なわけ」「テンション上がるやん」「わかるけどわかんねぇ……」「行くの? 行かないの?」しぶしぶ頷くと、自分の体積をいっさい考えてないバカが全力で抱きついてきた。
「猿川くん、だーーーいすき♡」
「うっっっぜえ〜〜〜……信号変わってんぞ」