「あっ」
まずい相手に会ったというのを隠しきれない反応にますます苛立ちが募る。少しくらい反省の態度を見せるだろうと予想していたがそんな考えは甘かったようだ。
くるりと踵を返して走り出そうとするのを首根っこを掴んで引き留める。
「マスター」
思ったよりも低い声が出てマスターは肩を震わせ怯えだしたが悪いことをしたとは少しも思わない。
ぐいと掴んだまま腕を引けば、マスターは悲鳴を上げてよろつきながらやっとこちらを見た。眉を下げて上目遣いにこちらを見る姿は庇護欲をそそるが、この苛立ちは収まらず、むしろ見えた頬のガーゼや首の包帯がますます油を注いでくる。
「しゃ、シャルル……あの……」
視線をふらふらと彷徨わせ、小さな声で言おうとしている事は予想がつく。けれど、聞きたいのはそれではない。
「怪我は大丈夫か?」
そう問えばぱっと視線を合わせて、やはりまた困ったように笑いながら言った。
「ちゃんと見てもらったよ。ごめ」
「謝罪はいらない。君に必要なのは反省だ」
マスターは肩を落として小さく「はい」と答える。
ちゃんと叱られる理由も自分が悪いことも理解しているようだ。ひとまずは良しとしよう。
掴んでいた服を離せば、マスターはバランスを崩してふらつくが、鍛えた体幹はしっかりと体勢を正常へと戻した。
こんな簡単に許されたのだろうかと不安と期待の混じった目を向けるマスターに、ふっと息を吐いて微笑み返す。
「さて。それでは部屋に戻ろうか、マスター。なにせ考える事は多い、立ったままでは辛いだろう?」
マスターはきちんと意味を理解したらしい。思い切り顔をしわくちゃに歪めた。
けれど逃げずに首を縦に振ったことは正しい判断だと認めよう。
「何をどう考え、どうしてあんな行動をとったのか、一から十まで詳しく説明してもらえるのだろう?」
すっと体を寄せ後ろから腰に手を回して支えるようにすれば、マスターは緊張に身を固くするがそのまま押してやればぎこちない動作で歩き出す。
ひんひんと泣き言が隣から聞こえてくるが、知らぬ顔で部屋へと連行する。
可哀想だと思うが、こんなことで君を失うわけにはいかないのだ。鬼でも悪魔でもなんだって引き受けよう。
それで、行動が変わればいいのに。
敵わぬ願いだと知っていても、そう願わずにはいられない。