幸せのジンクスを君と タケミっちと付き合って初めてのクリスマス。
家で俺の手料理を振舞おうか…でも、家には家族もいるし二人っきりにはなれないよな。
一緒にプレゼントを見に服屋にでも行こうか…でも、気ィ遣いなタケミっちのことだからプレゼントする目的での買い物は気を遣わせるだろうな。
まぁ色々考えた俺は結局、世間で王道デートと言われる遊園地へ行くことに決めた。
チケット代はガキには痛い出費だが、ちょっとでも歳下の恋人にいい顔をしたくて、予め二枚購入しておいた。
ここまで俺がこのデートに並々ならぬ気合いを入れているのは、初めての恋人と過ごすクリスマスという理由の他にどうしても叶えたいことがあるからだったりするわけで…。
実はタケミっちとは付き合って一度も恋人らしいことを今の今までしたことがない。
そもそも俺とタケミっちは学校も趣味も家の方向も違うため、基本一緒にいられる時間が少ない。
唯一の共通点と言えば東卍で、タケミっちと一緒にいる時は、大概東卍の奴らも同席してるため、そんな中でイチャイチャなんて出来るはずもない。
唯一恋人らしいことをした記憶は、俺からの告白にタケミっちがOKしてくれた日の帰り道に手を繋いだことくらいで、それ以降手を繋いだことも肩を組んだことすら一度もない。
別に生き急いでいる訳じゃないが、それでもタケミっちは俺にとってずっと思いを寄せていた相手で俺にとって初めての恋人、さらに俺は良くも悪くも思春期真っ只中だ。
恋人との ”そういったこと”に興味はありすぎるほどにあるし、”そういうこと”を想像するのも、実際にする相手も、全部タケミっちがいい。
実際タケミっちと二人でいるタイミングは何度かあった。
その時、”そういう雰囲気”になることもあって、実際俺は何度か実行を試みた。
でもタケミっちは無自覚なのかあえてなのか、俺が行動に移そうとするとあからさまに距離を置いたり、どうでもいい話題をいきなり大声で持ち出したりする。
その度に俺は失敗し、最近では「あの時の俺の告白ってそもそもちゃんと伝わってたよな…?」と不安すら感じるほどにどこにでもいる健全な先輩と後輩の関係性を皮肉にも着々と築いている。
だから今回のクリスマスデートは俺とタケミっちが恋人同士なのだと改めて自覚するための【絶対に失敗出来ないミッション】でもあるのだ。
今回俺が選んだ遊園地にはカップルの間で有名な観覧車がある。
”その観覧車に乗ったカップルが地上に着くまでにキスをすると、幸せになれる”という誰が言い出したか分からないようなジンクスがあり、デートのラストでその観覧車に乗ってタケミっちにキスをするというのが、このデートでの最終的なミッションだ。
――――・・・・・
「お待たせしてすみません!」
デート当日、そう言って現れたのは、色素の薄い柔らかそうな髪をソフトモヒカンにセットし、”Merry Christmas”とデカデカと胸元にプリントされたどこで買ったのか分からない真っ赤なフーディーを着たダサさ全開の愛しい恋人だった。
タケミっちは、まだ待ち合わせ時間の十五分も前だと言うのに俺の姿を見つけるやいなや走ってきてくれた。
実は観覧車で行うミッションのことを意識しすぎた俺は、タケミっちとのキスを想像してはリップクリームを塗りたくり、緊張でほぼ寝れなかったため、待ち合わせ時間の一時間も前に着いてしまっていた。
だからタケミっちは遅刻していないし、謝る必要も全くない。
それでも「寒い中お待たせてすみません」としょんぼりする恋人に悪いと思いながらも内心その姿に『かわいいなぁ』と口角が上がりそうになるのを必死に堪えていた。
「今日は遊園地に行こうと思って」
そう言ってタケミっちにチケットを手渡すと案の定チケット代を払おうとマジックテープのついた薄い財布を出そうとしたため、「ここは俺のオゴリ。デートだし、恋人の前でカッコつけさせて」と言うと、タケミっちは眉間に皺を寄せたかと思えばすぐに下を向き、「ありがとう…ございます」と小さな声で言ってそんな様子のタケミっちに俺はどこか引っかかりを覚えた。
遊園地デートは王道なだけにカップルで楽しめる要素が多く、カップルにはピッタリの場所だった。
アトラクションに乗る度にタケミっちと自然な流れで隣に座ることが出来て、時には肌が触れたり一番近くで色んな表情や反応を感じることが出来て最高の気分だった。
色々と乗りまくった結果、乗り物酔いしかけのタケミっちに俺は、ゆっくり座って観られるクリスマスショーを提案し、ショーの会場に移動し横並びの席を二席確保した。
クリスマスショーは思っていた以上のクオリティーで、キャストの衣装も大道具も音楽も楽しめた。
ショーの終盤、『今ならイケるかも…』と俺の気など知る由もないだろうキラキラとした瞳でショーに夢中なタケミっちの手の上に俺は手を重ね上からギュッと握ろうとした。
その瞬間、バッ!と勢いよく手を引っ込められて、驚いた面持ちのタケミっちは俺の方を見ていた。
『もしかしてとはずっと思ってたけど、タケミっちって俺の事好きじゃねぇの?告白したのも俺からで、よく考えたらタケミっちから一回も「好き」って言ってもらったことねぇし…』
そんなことを考え出すとショーどころではなく、ショーが終わったあともなんとも言えない気まずい空気が二人の間には漂っていた。
今回も失敗か───ってかもう本当にダメかもしんねぇな、とこの関係の終わりを意識すると同時に無意識に強く奥歯を噛み締めていた。
あたりも暗くなっていたためタケミっちに「今日は帰ろうか」となけなしの男の意地で声をかけようとした。
「三ツ谷くん…良かったら”あれ”乗りませんか…?」
内心このまま帰りたくないと思っていた俺の心情を察してか否か、そう言ったタケミっちが指さした先には煌々と光っている観覧車があった。
観覧車を見てこのデートでのそもそものミッションを思い出した俺は、追い打ちをかけられているような地獄に落とされた気分だった。
何だかんだで観覧車に乗るための待ち列に並ぶと、そこには観覧車で二人の永遠の幸せを約束するのであろうカップルばかりで、一言も話さない男二人の俺らはこの場で浮きに浮きまくっていた。
ついに俺らの順番になり、中に乗り込むと記憶していたよりも狭いように思えた。
「あの…三ツ谷くん」
意外にも口を開いたのはタケミっちだった。
「さっきは…すみませんでした。三ツ谷くんのことが嫌とかじゃなくてただオレ…」
「じゃあ、何?」
自分でもびっくりするくらい冷たい声が出ていた。
「タケミっちさ、今日俺と一日一緒にいて楽しかった?お前、恋人らしいことしようとするといつもことごとく拒否するじゃん。待ってようと思ったけどさ、なんか俺ばっかお前のこと好きだなって正直ちょっとしんどくなっちまった。タケミっちの【好き】と俺の【好き】は、違うんじゃねぇかなって思ったり…」
そう言いながらタケミっちを見て俺は驚いた。
タケミっちは泣いていた。
「オレ…こんなこと初めてで。三ツ谷くんみたいなかっこよくて、優しくて、みんなから好かれてるような人から「好きだ」って言ってもらえた上に、こんなに大切にしてもらえるなんて、どうすればいいか分からなかったんです。一緒にいると心臓破裂するんじゃないと思うくらいにバクバクしてますし、手汗もヤバくてそんなのカッコ悪いし、嫌われるんじゃないかって…」
そういったタケミっちは眉間に皺を寄せたかと思うと俯いた。
そんなタケミっちのまろい頬を両手で包みグッと正面を向かせた。
タケミっちはまるで茹でダコのように真っ赤で大きな瞳にはうっすらと涙が張られていた。
今までのタケミっちの行動は【拒否】じゃなくて、自分じゃどうにも出来ないくらいに【緊張】してたんだ。
そっか、タケミっちはちゃんと俺のこと【好き】でいてくれてるんだ。
そう思うと途端に、目の前の恋人への愛おしさが溢れた。
「ねぇ、タケミっち。俺のこと好き?」
「えっ!」
「なぁ、ちゃんと言って」
「えっ、それ…は……。すき…で…す」
そう言われた瞬間、目の前に座ってるタケミっちに勢いよく抱きついた。
「三ツ谷くん!!めっちゃ揺れてるッス!!」
そう言ってビビり倒すタケミっちのことなんておかまいなしの俺は、タケミっちのことを強く抱き締めながら「なぁ、キスしていい?」と尋ねた。
少しの間が空いて「…はい」と恥ずかしそうに小さな声で了承してくれたタケミっちに、お互いの唇が触れるだけの優しい口付けを落とした。
ふとタケミっちの背中越しの窓に目をやると、外が暗いせいで中が反射し、タケミっちの着ているダサい真っ赤なフーディー並に真っ赤な顔した自分が映っていた。
誰が言い出したのか分からないジンクスに有効期限がないことを心から願う俺は、クリスマスを迎える度に今日のことを「あの時は若かったな」「お互い初心でしたもんね」と笑う俺たちの幸せな未来を思い浮かべた。