あくろす小咄(にゅーろんどん夢市民系)————お、アンタら此処は初めて?
そりゃあ分かるよ、アンタらの英語訛ってるし。ああ、訛りをバカにしてるわけじゃないんだ、こっちの人じゃないなぁって思っただけさ。
此処には学校の旅行かい? 引率の先生と生徒達って見えたから。え、違うのか? そんな歳じゃないって? 泣くこたないだろ、いろいろあんだなぁ…………。
まぁ、いいや、クソみたいに騒がしい街だけど、楽しんでくれると嬉しいね。俺達の街だから。
ただし街歩く時は気をつけな。………何故かって? この街には悪魔の使いの集団がいるんだ。
いや、悪魔そのものだな。人々を誑かし、唆し、煽り、挙句に暴力を振るう。酷いと思うだろう?それがまともな神経だ。対峙すれば命の保証なんてない。まったく、賞賛してる奴らは正気の沙汰じゃないね。
こないだだってそうさ。街中で騒いでる馬鹿どもがいたから、ちょっと注意してやってたら、勝手に割り込んできてぶっ飛ばされたんだ。ここは俺たちの街だぞ? そこへ不当にやって来たあいつらへ、当然の権利を行使したまでだ。嫌なら出てけってな。それをクソどものくせに……って、痛ぇ! なにしやがる、このババア! 俺は客だぞ!
はぁ? 『アンタみたいなバカに出す酒はハナっからない』? 『当然の権利を踏みつけてるのはアンタらだろ』? 『そもそも仕事も家も放っぽりだして、しみったれたエンブレムに縋ってる時点でダサすぎる』? なんって言い様だ! こっちは国のために……! うわっ、やめろ!
畜生っ、覚えてろ、このクソババア! こんな店、二度と来ねえよ! この店も、パンク共も、オズボーン卿が潰してやっからな! 泣いたって知らねぇぞ!
災難だったね、あんた達。しばらくは店の前で叫んでるだろうから出ない方がいいよ。
……恥ずかしい話だけど、ああいう輩がいるってのがこの国の現状でね。あいつらだって入植者の子孫だってのに。エンブレムに縋って、内輪だけで纏まって、一日一日を生きようって頑張ってる連中に石を投げつけて踏みつけて嗤うのさ。日々の不満がぜーんぶそいつらのせいだって顔でね。情けないったらありゃしない。自分の機嫌くらい自分で取るのが大人ってもんだろうに。
詫びに一杯おごるよ。………ははは、分かってるよ、そっちの子達はジュースか水だろう? 身構えなくたって飲酒年齢に達してない子供に飲ますほど落ちぶれちゃいないよ。大人達の目を盗んで背伸びしようってやんちゃさは可愛らしいと思うけどね。
————ぁあ、あの悲鳴。
放っておきゃいいさ。さっきの馬鹿、ずぅっと叫んでたろ? 十中八九、調子に乗りすぎてお仕置きされたんだろうね。あんだけ吠えといてみっともない声だ。本物の豚や山羊の方がもっと綺麗に鳴くよ。そこらの街灯か看板にでも吊るされてるんじゃないかね。通報するかって? まさか! お優しいご同輩か見回りの軍警が下ろしに来るだろうから、放っておけばいいのさ。わざわざ無駄なことすることない。
ん………? 誰にお仕置きされたのかって?
そりゃぁ、スパイダー・パンクかその仲間達かさ。この街はあの子らが護ってるからね。………もっとも、本人は『護ってる』なんて言われたかないだろうけど。自分の街で好き勝手暴れてるって面構えだからね。ヒーローなんて柄じゃないって。
スパイダー・パンクがどんな奴か? んー、そうだねぇ………、色んな意見があるだろうけど、あたしらから見たらかわいい悪ガキかねぇ?
こないだもここから三ブロック先のライブハウスから「誰が捕まるかバーカ!」って仲間と大笑いしながら走り出てきてたし、かと思えば露店で美味そうに頬張って顔馴染み達と駄弁ってたりもするし、友人らしいコスプレ連中と連れ立って街ん中飛んでることもあるし、ゲリラ的なショーだってやるし。学生達と組んでのパフォーマンスだってあるよ。
………そりゃ、悪評だって高いだろうさ。神出鬼没で、正体不明。軍警達との諍いで壊れたとこだってあちこちある。顔を出さないのは卑怯だって言う連中だっている。恨みだってそこら中で買ってるだろうね。さっきの馬鹿みたいに逆恨みしてる奴の罵詈雑言だって珍しかない。でもね、基本パンク達の行動は『街を護る』って意味じゃ、ブレちゃいないんだ。もっともらしいことを好き勝手言ってこの町をかき乱しといて肝心な時にはいない、なんて無責任さとは無縁な悪ガキ達だよ。
あたしも似た世代の子供持ってる身だから、あまり無茶しすぎてるのは見たくないんだけどね……。こないだのも………いや、こっちの話さ、旅行の団体さんらには刺激が強くて聞かせらんないね。
————って、ベア! いつまで掛かってたんだい! 夕方どころか夜が明けちまう!
次のフェスの準備で忙しいんだって? ったく、あんたが演奏するわけじゃないだろうに……一張羅で決めたいって?
はいはい、だったら頼んだ手伝い、完璧に終わらせてからにしな! 全部終わらせてからだって、パンク達が逃げる訳じゃないだろ!
もー、うるさいなぁ、マム。そんなんじゃダイナミックな白髪がもっと………あー、ごめんごめん、ハイハイ、言いすぎた、やります! やればいいんでしょ! ソッコーでさっさか終わらせるっつぅの!
おじさん、パンクのこと聞いてるって聞いたんだけど、スパイダー・バンドの取材? あ、違うんだ。
でも記者だってのはホントなんだね。新聞記者? えー、見えない。ちゃんと日頃取材できてる? あははは、余計なお世話様だったね、ごめんごめん。お詫びに手伝って……って冗談は言わないから、え? やってくれるの? うわ、めっちゃいい子達じゃん……。おじさん、どういう関係か知らないけど大事にしなよ? って、なんで染み入った顔してるの? なんか恐いんだけどさ……。
んっ! これで全部だね、ありがとー! なんか奢る………のは、うちのマムからもう奢られちゃってるもんね……。よし、バンドステッカーをあげよう! ニュー・ロンドンの顔、スパイダー・バンドのだよ! お土産にしてね!
パンクファンに見えない? あはは、よーく言われるよ、それ。こっちは慣れたけど。
なーんかパンクジャンルってギャリギャリ音に任せて叫んで暴れて、ファンもギャーギャー他人威嚇してるって怖いイメージあるみたいだけど、うちらはそんなことないよ? 新参も中堅も古参もいつでも誰でも来い来い。ジェンダーが、セクシュアリティが、で弾き出すなんてバカはいないし、髪型もファッションも好きにしていいよーって感じなんだよね。ホービーが、あ、応援してるスパイダー・バンドのリーダーなんだけどね、ご本人が結成当時から《枠》が大っ嫌いだから。『らしさ』『らしくなさ』なんかに縛られるな、自分のお気に入りを着てくるなら、それがうちらのステージ衣装なんだって。メンバーが褒めてくれて、真似してくれる時もあるんだよ! ファンに優しくない?
ただ、さすがに無法地帯ってんじゃないよ? ファン内でもいくつかルールはあるね。バンドからじゃなく、うちらの中でライブ前に毎回呼びかけてるやつ。
まず「転んだ子がいたら助けろ」「モッシュしたくない奴を巻き込むな」。ここらへんは今時どこでも基本でしょ?
他には……………あ、めっちゃ重要なやつ。
「ホービー達が自分から『何が聞きたい?』と訊かない限りは『この曲演って〜』は絶対言うな。最悪ライブがそこで終わる」。
冗談だと思う? これマジだから。
新曲演る気満々だったホービーが『この曲演って〜』って違う曲を催促された瞬間にだらんと腕を下げたと思ったらギター叩き折ってステージ降りた事件もあったし、一曲どころか一小節でライブが終わった事件もあったからねぇ………。
え、怒ったかって? まさか! マナー破ったのは客の方だもん。うちらが楽しんでくれるならメンバー達が応えてくれること知ってるから、責められないよ。
因みにホービーは機嫌良くても悪くてもステージでギターを叩き折るから、前後に問題ない場合ならこっちは気にしなくていいよ。………えぇ、やっぱり怖い? そんなことないのにー。
あとわざわざ会場まで来てこき下ろす暇人アンチもいるんだけど、「そんなつまんねー曲やってねぇで、カバーでもやれや」って野次ってきたらどうしたと思う? すごく悪い笑顔を浮かべて『つまんねー曲』を色んなバージョンで弾いてくれるの!
前演ってくれた時、何バージョンあったっけ? 6、7………8バージョンは演ったねぇ………演った。あれはめっちゃ笑っちゃったよ。最高の嫌がらせだもん。
………でもそれ見てて、ちょっと反省もしたんだよね………。ホービー達、色々好き勝手やってるって言われてるけどさ、客に目を配ってて、皆の安全もちゃんと考えてくれてる。アーティスト側にだって選ぶ権利はあるんだもん。ファン側も甘えてるだけじゃなくてちゃんとしなきゃって。
いつかはメンバー皆の素顔見せて欲しいなとも思うけど、状況が状況だしね……。
————あ、そうだ、おじさん記者なんでしょ? もしこれから時間あって、ホービーがどんな奴かって《知りたい》ってんなら、“L”……ラスに話を聞いてみなよ。パンクの時のホービーと直に会話してる数少ない人間。この時間ならバックストリート・マークでの仕事も終わってる筈だから。すこし前に大変な目にあったから、すっかり人間不信になっちゃってるけど、うちの名を出せば会ってくれるよ。話すか話さないかは本人次第だけどね。
うわ、こんな時間だ、やば! この後待ち合わせがあるから、じゃあね! 旅行中、機会があったら聴いてみてよ! スパイダー・バンド、マジでオススメだから!
ぶわっ、あぶないな! 気をつけろよ、おっさん!
————って、うわ、なになに! やめてよーっ!
……………………。
…………チッ、バレちゃったか。うまくスったと思ったのになぁー。おねーさんたちもカンいいんだね。
ってか、おっさんさぁ、サイフ軽すぎ。もうちょっとスリごたえあるくらい、おカネ入れといてよ。
!? うぇ、ケーサツ!? やめてよ! ビンボーなことしんぱいしただけなのに! あんなクソブタにつきだされたら、ボクしんじゃう! その軽すぎなサイフとっただけじゃん!
えぇー……『とることじたいがわるいコト』? セッキョーくさーい。おっさん、モテないでしょ?
…………モテんの? ウソぉ、くっついたヒト、ぜったい見る目ないよ。〰〰〰〰〰〰〰いったぁぁあああ! なぐることないだろ! ソボクなギモンってやつ、ぶつけただけなのに! ボーリョクおっさん! ボージャクムジンっていうんだろ、アンタみたいなおっさん! クソブタと同じじゃん!
『ことばが悪すぎる』? なんで? ブタはブタだろ? あっちのカドから門ケービしてるヤツ見てみなよ。そぉーっと。
…………ね? ブタだろ? この街のグンケー、まんまブタなの。
『なんでブタがセーフク着てんの』って? そんなの知らないよ、ボクが生まれる前からそうなんだもん。おっさんたちも気をつけなよ、アイツら話ぜーんぜんつーじないから。
聞いといてよかったでしょ? そゆわけだから、おろしてくんない? おっさんたちもユーカイハンにまちがわれたくないでしょ? 『ボクがスるから』? もー、あー言えばこー言うなぁー。
え、ボク……? ここで何してんだって? ………別にカンケーないだろ。ヒマつぶしだよ。テキトーにブラついたり、落書きしたり、遊んだり、昼寝したり。そうそう、サイフとったり………って、おっさんワザとだよね。きらわれるよ、そーいうしつこすぎるの。
なぉーん。
DB!
え? DBはDBだよ。このあたりに住みついてるこのネコ、スペルはD・B。ディヴィッド・バァーンってひとの名前から付けたんだって。ボク知らないけど、ユーメージンなんでしょ? オンガクやってるって。あ、おねーさん知ってんだ。モノシリだね! …………おっさんはムリしなくていいよ。『ムリしてない!』? ふーん、そうなんだ、べつにいーや。
ここらのネコ、いろんな名前でよばれてるよ。JR、シムノン、イギー、ストラングラーズ、ビリー、ノーティ、他にもいっぱい! あそこの屋根の上でヘソ天してんのはフィッシュボーン。『ネコに魚のホネ?』…………合ってんだからいーじゃん。付けたヤツに言ってよ、そーいうのは。ボクに言わないで。
なぁーん、なぁーん。
どうしたのさ、DB。カンコーキャクにスリスリするなんてめずらしくない? ボクとパンクにしかなつかないのに………って、あ………。
い、今の聞いた!? 聞いたの!? おねがいっ、聞かなかったコトにして! ダディにバレたら、おこられる……! ゴハン抜きになるから………!
………バラさない………!? ホントに………!? ウソじゃないよね?
…………………。
………………ありがと。…………うん、だいじょうぶ。
にゃー。
…………うん、DBもありがと。へいき、おちついた。ゴメンね。…………………おっさんもゴメン。
…………どうもしないよ、別に………ちょっとパニクっただけ………。こんどはスったやつのしんぱいすんの? おっさんたち、ヒマ? …………ん、そっか…………いーひとなんだね。
…………だれにも言わない? ホントに? ホント?
…………………。
…………ダディ、パンクのこと大ッキライなんだ。あいつは悪いヤツだって。
パンクにたすけられたヒトだっているのに、DBとフィッシュボーンのこともたすけてくれたのに、まるでハナシ聞いてくれないんだ。『なついてるなんてロクでもないネコだ!』って………。ホントはちがうのに………。
ボクがスクール入るためのテスト受けにいった時にね、パンクとパンクのなかまたちがクソブタとケンカしてたんだ。ココのみんなをまもるために。
そしたら、ホントはヒトがいるトコでつかっちゃいけないアブない武器をクソブタがつかっちゃって、ハルクが………あ、パンクのなかまなんだけどね、すごくおっきくてミドリ色の。そのハルクが、いつもおこるとコワイんだけど、いつもよりおかしくなっちゃって、スゴくおこって、おおあばれして、いっぱい、いっぱいこわしちゃって。パンクはハルクもみんなもまもろうってしてくれたのに、ココのみんなといっしょにがんばってハルクもとにもどしてくれたのに、それでもこわれちゃって。ボクのテストもダメになっちゃって。テストを受けてもらうために、ダディおしごとすっごくがんばってたんだ、でもぜんぶダメになっちゃって。…………うん、だからダディ、パンクのこと大ッキライなんだ。パンクはなんにも悪くないのに、パンクだっていっぱいケガしてたのに、ジゴージトクだって言うんだ。
ダディがパンクの悪口言いはじめるとね、お酒いっぱいのんじゃうんだ。いつもはやさしいのにお酒のむとコワイひとになっちゃうから、こーやってヒマつぶししてんだ。『コドモがひとりであぶない』? 『ケアできるところにかけこんだら』? ………おっさんたち、いーひとだね。
だいじょうぶ、ココのみんな、エンブレムのヤツらは別だけどキホンいーひと多いからいつでもトビラ開けてくれるし、ナイショのトモダチいるから。
にゃーん。
……………うん、DBと…………それから…………うん、ときどきパンクとかパンクのなかまがきてくれるんだ。ホントにときどきだし、こないときもあるし、コッチのこと、なんにもきいてこないけど。そーいうベタベタしないほうが、ボクにとっていーからさ。DBたちとあそんだり、ボクのグチとワガママ、聞いてつきあってくれてるの。
ダディがキボーしてたスクールには行けなくなっちゃたけどさ、今のスクールにはフマンないんだ。このままシンキューできたらドームに入れるってきいたし。だからもっとベンキョーして、このセカイのコトもいっぱい知って、パンクのてつだいするのがボクの夢。
…………ホントにナイショにしててよ? クソブタにボクが知ってるってバレたらヤバイし、ダディだってだまってないし、パンクたちにもっとメーワクかけちゃうから。
……………そっか、ならいいや。
それでおっさんたち、ココでなにしてるのさ? ヒト探し? あぁー…………、“L”かぁ…………。アイツすっげぇブアイソだけど、だいじょうぶ? おっさんのキモッタマ、ちぢんじゃわない?
スハイルのことひっぱってるしなぁ………ひっぱっちゃうのムリないけど。うー…………しょーがない! おっさんがキョヒられないように、ボクとDBがチューカイしたげる! ハナシ聞いてくれたおれー!
あ、言っとっけど、おいかえされるかはホショーしないからね。がんばってよ?
…………はぁ、それでここに。
スライ、DB、一応お礼は言っておく。ほら、チップだ。もうおうちに帰りなさい。
まだ帰れない…………? …………分かった。なら、DBを連れてベアの元に行くんだ。たむろってる場所は分かるな? 連絡は自分がしておくから。
……………。
…………自分の頭文字は"L”じゃないってずっと言ってるんですけどね………。面倒なのでもう訂正しませんけど。
ところで、用件はパンク達のことですか。
それは公式な取材ですか? その子達も一緒に?
……………。
…………そうですか、そういうことなら場所を変えませんか。運河沿いに歩きましょう。人も多いところですが雑談には向いてますから。
…………正直明かすと、彼の………パンクのことはよく思ってはいませんでした。
今のここの体制に不満はあります。時間をとって然るべき場へ書面も送って抗議活動もしてます、昔から。………でも暴力沙汰は好きではなかったので。人々を護るって言ったって、限度はあります。
TVやラジオで流れてくるのはパンク達の悪評ばかりで、自分もそれを鵜呑みにしていました。自分達の活動に乗っかって騒いで暴れているだけだと。………今思えばなんて勘違いなんだろうって、自分の尻を蹴飛ばしたくなるんですけどね。
あの日も………自分達は街で行進していました。駅前に差し掛かった時です。黒い服を着た人達が雪崩れ込んできて。次の瞬間、自分は意識を失っていました。
後から分かったことですが、エンブレムの一団に待ち伏せされていたんです。自分は一撃で吹っ飛ばされ、隣を歩いていたパートナーはリンチされていました。倒れた自分を庇い、抗議したのが気に食わなかったんでしょう。退院後、仲間や目撃者達が残してくれた映像を確認したら、執拗なまでに殴られ、蹴られ、叩き伏せられていました。声を上げていただけなのに、悪いことなんて何もしていなかったのに、ただあのエリアを通っただけなのに取り囲まれ、一方的に暴力を振るわれたんです。ああ、『軍警は……?』。国外から来た方には当然の疑問でしょうが、この街を見ていたら分かるでしょう。彼らは我々を助けなんてしなかった。騒ぎになるのを待っていたんです。エンブレムの一団を見逃し、行進の参加者の中から《首謀者》と決めつけた人間を収監していました。
病室で目覚めると、すぐに軍警とその関係者に囲まれました。動けないままの自分へ一方的に告げられたのは、あの混乱の中でひどく損傷した為にパートナーの遺体を渡せないことと、沈黙への命令でした。こちらは葬式をあげたくても「何も言うな」と脅されたんです。「せめて顔を」と頼んでもあちこちたらい回しされ、何も返ってこない。遺体は安置所に放置されたまま。
自分が何を尋ねようが「黙っていろ」と念を押す彼らの目は、誰も彼もが獣の目でした。姿だけじゃない、心までも『ひとではない』者達でした。自分達と我々とを同じと思っていないから、我々の言葉を聞く必要なんてないから、自身を獣同然に改造してもなんとも思わないんだと。こちらの英語で《pig》と警官達を侮蔑する言葉があるでしょう?あれは比喩でも皮肉でもないんです。紛れもなく、この街の現実です。その子達にはショックが強すぎるでしょうが……。
…………すみません、話がずれましたね。
兎も角、死に目にも会えず、葬式もあげられない。お別れすらも言えない。あの時の自分は一切の気力を失い、寝ていました。泣く気力すらもう湧かなかったんです。もしかしたら、あのまま死んでもいいと思っていたかもしれない。
その夜のことです。窓が開いたと思ったら、自分は空を飛んでいた。足元にはニューロンドンの街。何が起きたかなんて分からぬままで、風をきって。拐われたと気付いたのは、共同墓地の一角に降ろされた時でした。そこには碑ではなく簡素な石が置かれていました。石の前には小さなものが月光を受け光っていて、拾い上げてみれば生前パートナーにプレゼントして、亡くなる直前まで付けていた時計とアクセサリーでした。
呆然としている自分へ、傍に立つ木から低い声が届きました。
「指輪じゃなくて悪いな。あんたの元に戻してやりたかったんだが、指の骨がメタクソにぶっ壊されてて外せなかった。糞豚共から取り返したのはそれで全部だ」と。
木の陰に紛れて、まるでシルエットは見えませんでした。
もしやこの下に埋まってるのか、せめて顔を、と願うも「………やめておいた方がいい。あんたの為にも、パートナーの為にも」と突き放されて。荒事慣れしている《彼》の目から見ても相当にむごい有様だったのだろうと、今なら分かります。
膝が崩れ落ち、なんで、どうして、自分があの時、と慟哭を止められない自分に、少し間を置いて再び声が掛かりました。
「大事だったんだな」
当然だ、と返しました。
「なら、ちゃんと送ってやれ。愛してんなら尚更だ。……送ってくれる奴が誰もいないってのは寂しいからな」
ぼそりと言い添えて、声はそれきり途絶えました。
待ってくれ、きみは一体誰なんだ、と問いかけても何も返らない。暫くしないうちにサイレンとライトが近づき、あっという間に取り囲まれました。大規模な捜索と追跡を横目にしながら病室へ連れ戻される道中聞かされたのは、数十分前にパンクが安置所に不法侵入し、遺体から押収した品々を盗んだことと自分を『拉致』したことでした。墓地で自分と会話していたのはパンク当人だったんです。自分が意識を失ってパートーナーが半死半生になったタイミングで別の現場から駆けつけて、市民達を護ってくれたのもパンクでした。
収監した筈の《首謀者》が何者かの手助けで脱走していること、安置所に放置している遺体が何体か無くなっていたことを軍警側が訝しんで、遺体にGPSを仕込んでいたことで発覚したそうですが、亡くなった者の尊厳を踏みにじった愚行を市民が知ればどうなるか、分かりますよね……? 秘密裏に処理したい当局は取引を仕掛けてきました。
なんて返したかって?
「……いいですよ、あの人を静かに眠らせてくれるなら」
無力な遺族の振りをして了承しました。パンクに取り戻してもらえた時計とアクセサリーを握りしめながら。
その時計とアクセサリーは、って? もちろん、今も大事にしてますよ。ほら、これです。ずっと肌身離さず付けてるんです。お揃いで買ったやつと一緒に付けて。ブレスレットが二連みたいでいいでしょう?
パンクが埋めてくれたお墓にもよく行ってます。一昨日も仲間達と一緒に会いに行ったんです。
……………大丈夫かって言われたら、自信はありません。まだぽっかり穴が開いたままだし、どうしようもなく苦しくて、死にたくなる時だってある。でも、天国にいるパートナーが…………スハイルが心配しなくてもいいように、送る手伝いをしてくれたパンク達にも恥ずかしくないようにって思いはずっと持ってます。その思いで、抗議活動と社会活動も今も頑張らせてもらってます。また襲われるかも知れないって恐怖は常にありますよ。嫌がらせもまだありますし、角を曲がるたびに足が竦みます。このまま黙るのは簡単なんです。
でもね。『少しでもよりよくなってほしい』、それが自分達の————パートナーと自分の望みなので。
いつか機会があればパンクにちゃんとあの時のお礼を言いたいと願っているんですけど、どうかな………すげなくされそうで恐いですね………。
………え、そんな事ない………? 国外の方からそう言われるのは、ちょっと複雑ですが……素直に受け取っておきますよ。有難うございます。
「と、そういう次第でなぁ」
「さっきからどいつもこいつもヒトに引っ付いてぎゅうぎゅう締め付けてんのはそのせいか」
「「「…………」」」
「おいそこの無言トリオ。こっちは爪塗ってんだよ。少しは隙間開けろ」
「「「…………」」」
「………どいつもこいつもスルーか」
「ああ、無理に剥がそうとすんなって! 皆まだ若いんだから好きにさせておいてやんな」
「こっちの都合は御構い無しでか?」
「はは、ま、ま、そこは。ほら、コーク、お前さんも飲むだろ」
「買収?」
「労りって言ってくんない?」
「物は言いよう」
「ここは年長者に免じてよ」
「………今回だけな」
「サンキュ。…………オレもさ」
「?」
「この街にはお前さんが必要なんだなぁって、しみじみ実感してんだ」
「んだよ突然、気味悪ぃな」
「褒めてんだけど!」
「知ってる。…………良いことばっかじゃねぇけど、生まれ育ったホームだからな。今更離れる気ねぇし」
「だよなぁー。…………にしてもさぁ」
「なに」
「ホービー、お前さんいいのか?」
「だから何が」
「今日一日ニュー・ロンドン市民の皆さんの話聞いてたわけだけどさ。おれらが聞いてるだけでもかなり《前科》増やされまくってるよな……? 動きにくくなってない?」
「別に? 俺ぁヒーローじゃねぇし。糞共にどう扱われようが痛くも痒くもねぇよ」
「そうは言うけどさぁ……」
「むしろ俺を貶めようとすればする程、逆に連中の動きは絞られるし、無能さが剥き出しになる」
「そういう狙い!?」
「全部読んでる訳じゃねぇがな。やられてばっかは性に合わねぇし、好みじゃねぇ。テメェの方が上だと勝ち誇って嗤ってる気になってたのがいつの間にか逆転してる。傑作な展開だろ? ……って、痛ぇよ、締めすぎんな」
「そういうの、全然良くない……! 笑えない……!」
「カッコつけすぎも程々にしなよ、馬鹿ホービー」
「前から『もしもの時は頼れ』って何度も言ってんのに、僕の話聞いてなかった!?」
「…………どうにかしろ、引率者」
「いや、無理無理。これは助けらんない」
「そのニヤケ面じゃ説得力ねぇよ」
「あ、分かっちゃう? 愛されまくりってことで手打ちに」
「なるかよ。ミセス・ジェーンにチクるが、いいか」
「ちょっと待ってそれ冤罪! って、なんでホービー、端末出してんの。もしかして、MJの連絡先知ってる……?」
「なんでもなにも四六時中惚気てんのアンタじゃねぇか。それとあっちにも話してたんだろ? 前に子守した時『いつでも連絡ちょうだい』ってカードもらったぞ」
「嘘ぉ!?」
「マジ。おら、証拠。替えオムツセットに入ってた」
「…………その節は大変お世話に……」
「アンタまで引っ付くのかよ」
「………だってMJに嫌われたらもう生きてけなぃい………一度ポシャってるしぃい………メイディもお前さんに懐いてるしぃいい………」
「鼻水擦り付けんな。汚ぇ。あとドサクサ紛れに端末に手出すな。必死か」
「………お願いだから、チクんのやめてぇえ……」
「親馬鹿のみならずパートナー馬鹿……」