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    苗麻呂

    わたしです。
    主に現在描いている絵の進捗を上げています。

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    苗麻呂

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    2023年11月18日(土)〜19日(日)にピクリエで開催されておりました、DQ男女カプWEBオンリー『心にときめきを❤️』展示作品です。
    書きかけです、すみません!
    文章を押下していただくと全文閲覧できます。
    主人公の名前は「エミリア」、弟の名前は「アレン」で固定です。
    若干アイ→主。

    #ユシュ主
    hostess
    ##展示作品

    ただのわたし ジャリムバハ砂漠の夜は深く、手元に灯りがなければ自身の足元を見ることすらも叶わない。おまけに砂漠の夜は冷える。暖を取らなければ夜を越すことも難しい。もしこの場に道に迷う観光客がいるのであれば、地元住民は口をそろえて、「南へ向かえ」と答えるだろう。
     ジャリムバハ砂漠の南には、砂の都ファラザードが存在する。ファラザードは交易と交渉の国だ。城下町の入り口を通りすぎると、すぐにバザールに迎えられることになる。そこには武器屋、防具屋、道具屋などの冒険者向けの店だけでなく、魔物が経営する怪しげな店も軒を連ねているのだ。ファラザードは何者も受け入れる自由の国である。国のあり方は王のあり方だ。つまり、ファラザードの王であるユシュカもまた、自由を愛しているのである。

    「あの女ァ——!! しもべのくせに生意気なんらァ——!!」
     久しぶりに酒場に顔を出したユシュカは、浴びるように酒を飲み、絵に描いたような酔っぱらいに成り果てていた。ユシュカは元々暑がりで、酔っぱらうとすぐに服を脱ぎ捨て、裸になってしまう。これには酒場に勤めるスタッフも大迷惑である。ただひとり、バニーガールはユシュカの裸を見て、きゃあきゃあとはしゃいでいるのだが。
     ファラザードでは今、〝ユシュカのしもべ〟の話題で持ちきりだった。ユシュカは、成功するかどうかわからない、しかも失敗したら自身の命を落としてしまうような〝血の契約〟を、見す知らずの女に施したのだ。しかもその女を自身のしもべとしていると来た。
     元々宝石商の経歴を持つユシュカには、価値あるものを見定める力があった。使えそうなものは使う主義なのだ。それは魔族に対しても例外ではない。ファラザードには、ユシュカからのスカウトを受けて城に勤める者も多く存在する。
     しかし、ただ単に気に入った女に対して、身のまわりの世話をさせるためだけに、わざわざ血の契約を施すだろうか? 住民の頭には常にそういった疑問符が飛んでいる。ゴシップ好きな住民は、ユシュカとしもべの仲に色恋沙汰を見出しているが、それにしてもだ。ユシュカは恋ごときに命を捧げるような男だっただろうか。
     実際、しもべはよく働く。住民の誰もが面倒くさがるような雑用を快く引き受けてくれるし、冒険者歴が長いのか、腕っぷしも十分に強く、魔物の討伐を難なくこなしてくれる。ユシュカの目に狂いはなかった。十分に使える人材だった、というわけだ。ファラザードの住民は、すでにしもべに対して好感を抱いていた。
     しかしどういうわけか、ユシュカは裸でしもべの愚痴を吐き出している。バニーガールが隣に座って、ユシュカの愚痴をうんうんと頷きながら聞いているものの、ユシュカの口からは、「どうして俺のものにならない」「かわいくない女」「面白くない」という言葉が順繰りに、くりかえし出てくるだけだ。それに辟易とした魔族の女が、酒場の隅のテラス席に座っていることにも気付かずにいる。
     ネシャロット。〝黄昏呪術店〟を営んでいる、呪術師の女である。彼女は小さく舌打ちをし、ユシュカの背中に向かって、誰にも気付かれないように術を施した。ネシャロットにとってみれば、これは小さな悪戯である。術がいつ発動するかはネシャロット自身にもわからないが、ユシュカが困った顔をしてパニックに陥りさえすれば、それだけで大満足なのだ。彼女はほんの少し機嫌を取り戻して、テーブルの上に置いてある、少し汗をかいたワイングラスを手にした。赤ワインからはフルーティな香りが広がる。ネシャロットは液体をちびちびと口に含みながら、点々と灯る街並みを、テラス席から見下ろした。

     それから時が経った。しもべは〝大魔王〟と呼ばれるようになり、ユシュカが大魔王の臣下となってから、もうずいぶんと経つ。異界滅神ジャゴヌバを討った目的は、〝大魔瘴期の到来を阻止し、アストルティアの平和を守ること〟である。元凶であるジャゴヌバがこの世から消えた今、新たな魔瘴は生み出されなくなった。これから長い時間をかけて、現状世界に点在する魔瘴の対処をおこなわなければならない。しかしそれは、エミリアや、彼女の最愛の〝弟〟であるアレンが必ずしも対応しなければならない、というわけではない。その地に住まう人々が、ゆっくりと、ゆっくりと。自身の生活と共に魔瘴と向き合ってくれることだろう。
     エミリアには夢があった。エテーネの村が冥王ネルゲルによって滅ぼされたその瞬間から、その胸の内に秘めていた夢が。それは、〝弟と、エテーネの村で暮らすこと〟である。彼女はそのためだけに、たったそれだけの素朴な夢のためだけに、これまで幾度となく死戦を乗り越えてきた。途方もない夢だった。もはや叶わないのではないか、とすら思ったこともある。それでも彼女は戦い続け、ようやくその夢が現実味を帯びてきた。
     魔仙卿の役割を終えたアレンが、エテーネの村の地に足を着ける。このエテーネの村は、かつてエミリアやアレンが暮らしていた村そのものではない。エミリアが世界各地を飛び回る中、復興の指揮は主にシンイやカメさま——天馬ファルシオンが取った。そんな中で少しずつ、エミリアやアレンが、気が遠くなるほどに長い旅をしてきた中で紡いだ縁。それが、レンダーシアの孤島へと徐々に集まり、新しくエテーネの村が誕生したのである。

    「あっ、エミリアさん! 商品の仕入れは俺がやっときますんで、エミリアさんはエミリアさんの用事済ませちゃってください!!」
    「エミリアさぁ〜〜ん! 畑仕事はオラがやっときますんで、エミリアさんはゆっくりしてけろ〜〜」
    「……」
     新しいエテーネの村にて、アレンとの暮らしを始めてしばらく経った。以前のエテーネの村では当たり前のように行なっていた、店の手伝いや畑仕事。新しいエテーネの村では、村人から妙に気を使われ、仕事をせずに楽に過ごしている。
    ——まぁ、仕事は他の人に指示をするより、自分でやってしまった方が気が楽だもんな。
     村人から丁重な扱いを受けた際、まずエミリアが考えたことといったらそれくらいである。村人が自身を大事にしてくれている。そのことに関して、エミリアはまったく以て深く考えていなかった。また、〝自分で仕事をしてしまった方が早い〟という気持ちも、エミリア自身はよくわかる。エミリアは最初、そう納得して、村人の言葉にありがたく甘えていた。
     新しいエテーネの村で、エミリアがおこなう仕事というものはほぼ存在しない。彼女は仕方なく自宅に戻り、藁でできたベッドに身を横たえた。これまで旅をしてきた中で、非常に上質なベッドに出会し、その身で体験したことがある。けれども結局のところ、エミリアにとって一番落ちつく場所と言ったら、エテーネの村の自宅の、幼い頃から慣れ親しんだベッドの上だろう。
     なんとなく仰向けになって、天井に敷かれている藁の数を数えてみる。藁の数が百を超えたあたりで、エミリアは考えをぐるぐると巡らせた。

    ——以前のエテーネの村では。日々を忙しく過ごすほど、村人から仕事を頼まれていた。両親がいなかったため、食い扶持は自身で探す他なく。仕事がもらえるという状況は、むしろありがたいとすら思っていた。それと併せて当時のエミリアが頭を抱えていたのは、弟のフォローについてである。
     エミリアの弟であるアレンは、好奇心旺盛で、創作意欲に溢れている、快活な普通の少年だった。趣味は錬金術で、村に常備してある素材を無断で使用し、錬金しては失敗することをくりかえし……。エミリアはアレンが大好きだったが、アレンの行動力——例えば、〝無断〟で何かを実行するアクティブさについては、身内としても放っておくことはできない。自然は豊かだが、資源は豊かでない村だ。アレンが錬金術を失敗する度に村の食い扶持がひとつずつ減り、その度にアレンは村人から責められる。だがアレンはどこ吹く風で、そんなアレンの様子に腹を立てた村人は、次にエミリアを責めるようになった。
     〝ごめんなさい〟という言葉は、エミリアの口癖である。それでもエミリアは、エテーネの村での暮らしが好きだった。エミリアを責めてしまう村人達も、本当のところはエミリアやアレンには少々甘いところがある。アレンが問題を起こした時は怒るものの、それ以外は気にしない。むしろ両親のいないエミリア、アレン姉弟を快く支援するような、さっぱりとした、優しい性格の持ち主ばかりだった。

     ある日。いつものように村人から仕事を頼まれていたエミリアは、たまたま教会に訪れていた。教会入口の左手には、村の中で最も高い魔力を有している、巫女アバの部屋がある。当時のエミリアはアバに会う用事がなかったため、アバの部屋の前を通り過ぎようとした。
    「エミリアは奴隷じゃないんじゃぞ!」
     アバの、怒りに満ちた声が扉の奥から聞こえてくる。自身の名前が耳に入ってきたので、エミリアは思わず足を止めてしまった。次に、焦ったようなシンイの声が、扉の隙間から漏れ出るように聞こえてくる。
    「わかっております! しかし、エミリアさんの助けがなければ村は——」
    「子供の助けがないと生活ができんか!? ええ!?」
    「……っ」
    「恥を知れ! 子供を拘束するような村は潰れた方がマシじゃ」
     子供は。エミリアは。もっと自由であるべきなのだ。ひとしきり怒鳴った後のアバの静かな声は、どこか悲しげに聞こえる。エミリアはほんの一瞬だけ足をすくませた。そうか、自分は自由ではないのか。アバの言葉を頭の中で反芻した。でもそれだけだ。エミリアはアバの声を振り切るように教会で用事を済ませて、その場を後にした。

    ——今にして思えば。アバは、その後過酷な運命を背負うことになるエミリアやアレンの身を案じて、少しでも子供らしいことをさせたかっただけなのかもしれない。だがそれを当時のエミリアが知ることはなく。自身の心にほんの少しの陰りを感じたエミリアは、その後しばらく、村人との接触がぎこちないものになった。自身が村人によって拘束されているなんて夢にも思わなかった。村人の笑顔が、アレンの笑顔が、ほんの少しだけ憎くなっている自分に気が付く。信じられなかった。自分の感情が怖かった。自分にこんな感情を与えたアバに対しても、ほんの少しだけ怒りを感じる。そんな自分に驚いた。しかしそんな心は、日々の忙しさによって徐々に薄くなっていった。……その頃だ、冥王ネルゲルがエテーネの村に現れたのは。
     村が滅ぼされた後、エミリアは根無草になった。冥王ネルゲルの情報を得るため、とにかく名誉を上げなければならない。魔物を狩って力をつけて、世界中を旅して……。その頃のエミリアは、行動の原動力がすべて、〝冥王ネルゲル〟だった。エミリアに、自由はなかった。
     冥王ネルゲルを打倒してからも、エミリアの旅は続いた。エミリアにほぼ選択の余地はなく、流れに身をまかせて続けていた旅。楽しいことばかりではなかった。苦しいことの割合が多くを占めていたと言っていい。けれども、エミリアはこの旅が、存外楽しかった。元来能天気な性格なのだ。各地の料理に舌鼓を打ち、各国の要人と友人になり。様々な地で足元を見られ、多くの雑用をこなしてきたものの、それはエミリアにとって苦ではなかった。これが自分の生き方なのだ、とすら思えた。

    「……んあ」
     エミリアはふと目を覚ました。目の前には相変わらず茅葺き屋根の天井が広がっている。藁の数を数えているうちに眠りこけてしまったらしい。少し首を捻って窓の外を確認すると、空の色が青から橙色に変化している。エミリアは旅を終えてから、一日が過ぎる速さをはじめて知った。日々何もしていないと、一日どころか、一ヶ月だって光の速さで過ぎていってしまう。我ながら自堕落な生活をしていると思うが、昔と違って資金は余るほどある。資源だって他の国から調達できる。新しく生まれ変わったエテーネの村は、もはや〝孤島の村〟ではなくなった。エミリアは今、働かなくても生活していけるのだ。
     隣の藁でできたベッドを見てみる。アレンのベッドだが、本人はまだ自宅へは帰ってきていないようだ。エミリアは少し考えて、村の西にある風車小屋を訪ねることにした。風車小屋には錬金術の研究室が設置されており、アレンは一日のほとんどをそこで過ごしているのだ。

     以前、風車小屋の内装はなんの変哲もない、木造りの小屋だった。現在は小屋の真ん中に大きな壺が設置されている。謎の気体が色を着けて、壺の口の中から姿を現していた。家具も新たに設置されている。エミリアには到底使い道がわからない、謎の液体が入った瓶。凄腕の錬金術師しか読み解けないであろう分厚い参考書。そういったものが棚の上や、本棚の中に所狭しと並べられている。机の上には大量の紙がばら撒かれており、その紙には図や文章が細かく記載されていた。おそらくアレンが書いたものだろう。昔と変わらず、少し丸みがあって可愛らしい筆跡だ。
    「あ、姉ちゃん!」
     風車小屋の内部をキョロキョロと見回していると、奥からアレンが現れた。奥の部屋にこもって作業をしていたらしい。アレンは手元に持っていた紙のメモ——おそらくレシピを見て、それからエミリアを見た。
    「どしたの、わざわざ。なんか用事?」
    「いや、帰りが遅いなと思って」
    「え? あっ、うわ〜〜。もうこんな時間かぁ」
     アレンは窓の外を見ながら苦い顔をした。それを見て、エミリアは少し笑ってしまう。
     かつてのエテーネの村が滅ぼされてから、アレンも過酷な旅路を辿った。エミリアはそのことについて、言葉にならない感情を抱いている。エミリアはアレンを助けるため、無意識に……そう、本当に無意識に、〝時渡りの術〟をアレンに施した。冥王ネルゲルからアレンの身を守るため、エミリアは、無意識のうちにアレンに、〝呪い〟を施していたのだ。
     結果としてアレンは、生きながらえることができた。ところが〝時渡りの術〟の呪いが、アレンを過酷な旅路へと誘っていく。アレン自身は語ろうとしないが、エミリアは、アレンが壮絶な孤独感と闘いながら旅をしていたことを知っている。エミリアの名を呼びながら、涙を枯らし旅を続けていたことを、姉である彼女は知っている。
    ——命を落とすことと、孤独感と闘いながら生きながらえること。どちらがつらく、苦しいのかは言うまでもない。
     エミリアは、アレンが明日へ希望を抱いていることを知っていた。それと同時に、姉が大好きな弟であることを知っていた。エミリアも、弟が大好きだった。咄嗟の出来事だったとはいえ、エミリアはアレンに、つらく、苦しい道を強いてしまったことを悔いている。それでも最愛の弟に、死んでほしくはなかった。……エミリアの中では、〝あの時〟どうすればよかったのか、未だに正解が出てこない。
     そんな中で再会したアレンと暮らしていると、昔と変わらぬアレンの癖を発見することが多々ある。先程の苦い顔もそうだ。アレンは、気になったことは時間を忘れてとことん調べてしまう。そのくせ、ふと気が付いた時に時間の経過を目の当たりにすると、げっ、と苦い表情をするのだ。アレンの中ではその日の朝、一日のスケジュールが大体決まっていて、それが大きく狂ってしまうと、〝時間が有効活用できていない!〟と思ってしまうのだそうだ。
     昔と変わらぬアレン。エミリアはそんな弟を見る度に、アレンに許してもらえているような気がしているのだ。

     エミリアはアレンを連れて自宅へ戻り、姉弟水入らずで夕飯の準備に取りかかる。「今日は何が食べたい?」「お肉が食べたいなぁ」「この間メレアーデからいいお肉もらったから、それ食べる?」「いいね!」そんな会話をしていると、モーモンのフワーネが張り切って姉弟のお世話をしようとするのだが、ふたりは苦笑いしながらそれを断った。フワーネにかかると、どんなごはんも薬草の詰め合わせになってしまうからだ。
     エミリアは村に流れている澄んだ川の水を使い米を研ぎ終わったところで、鍋に洗った米と適量の水を入れ火にかけている。アレンはキッチンで肉を一口台に切ったところで、「あ」と声をあげた。
    「コーヒー飲む?」
    「え、うん」
    「じゃあハツラツ豆錬成しよっかな!」
     エミリアは思わずアレンの顔を見た。アレンはそんな姉の様子などどこ吹く風で、自宅で気軽に錬成するための小ぶりな壺を取り出すため、寝室へ向かっている。エミリアは米の様子見をフワーネにまかせて、焦るようにアレンの後を追った。
    「ちょ、ちょっと待って」
    「特やくそうと、せかいじゅの葉と、星のカケラか。ちょっと量ほしいから多めに入れとこ」
    「ちょっと待って!」
     アレンは寝室の床にあぐらをかき、足の間に壺を置いている。その壺の中に放るように素材を入れたアレンは、念を込めて壷に手をかざした。まずい。エミリアはアレンを止めようと声をあげたが、アレンは集中しているのか、姉の声に耳を貸さなかった。まずい。〝いつものように〟失敗して、壺が爆発してしまう……!
    「はい、できた」
    「へ」
     エミリアの間の抜けた声が、アレンに届く前に消えていく。当のアレンはなんでもない様子で、できあがったハツラツ豆を壺から出して姉によこした。エミリアはハッとして、慌てて両手で器を作り、山ができるほどに量のあるハツラツ豆を受け取る。
    ——どこからどう見ても、正真正銘、ハツラツ豆だ。しかも質がいい。挽いて濾せば味わい深いコーヒーになることだろう。
     言葉の出ない姉を見た弟は、姉がなぜ放心しているのかを肌で感じ、笑った。
    「オイラだって成長してるんだよ!」
    「……」
     しばらくエミリアは、腹の奥深くが重くなる感覚を覚え、その場に立ちすくんでしまう。アレンはそんな姉に気付かず、ヨイショと声をあげながら立ち上がり、フワーネに頼んでいた米の番を引き継いだ。声をあげて笑いながら夕飯の支度をする、アレンとフワーネ。エミリアはそんなふたりの背中を見て、どうしてか疎外感を覚えてしまった。

    。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚

    『よう、エミリア。元気にしてるか? 俺は世界中を旅していて、今は王都キィンベルってところの宿屋でこれを書いてる。お前の故郷ってエテーネの村ってところなんだろ? 大エテーネ島から近いから、久しぶりに会いたいな。一日、俺に時間をくれないか? 返事待ってるよ。俺はしばらくキィンベルにいるつもりだから、宛先はキィンベルで頼むな。アイゼルより、心を込めて』

     ある朝、正体不明の鳴き声が原因で目を覚ましたエミリアは、薄目をあけて枕元を確認した。エミリアの頭の横には鞄を下げたドラキーが座っていて、ニコニコしながらこちらを見下ろしている。エミリアがドラキーの頭をひと撫ですると、ドラキーはキャッキャと喜ぶ。それから、自身の鞄から手紙を取り出すようにエミリアに促した。鞄には王都キィンベルの国章がアップリケされている。
     このドラキーは王都キィンベルの郵便局に勤めている魔物だ。本来であればエテーネの村の郵便局から手紙を受け取るシステムなのだが、どういうわけかこのドラキーはエミリアに懐き、村の郵便局へ寄る前に、まずエミリアの自宅へ遊びに来る。エミリアはドラキーの鞄から、自身に宛てた手紙を取り出した。すると、ドラキーは一仕事終えたような顔をして、満足気にその場でくるりとまわり、それから窓の外へと飛んでいった。
     さて、とエミリアは手紙の封を開け、手紙を読んでみる。送り主はアイゼルのようだった。
     一時期、エミリアはバウンズ学園長から依頼を受け、グランゼドーラ王国の駅から向かえるアスフェルド学園に、学生として潜入していたことがある。そのときに出会ったのがアイゼルだ。彼や他の生徒と苦楽を共にする内、アイゼル本人から好意を打ち明けられる。魔法で容姿を変え任務を遂行していたエミリアは困ってしまったものの、素直に状況と、自身にはその気がないことを伝え、結果的にアイゼルを振ってしまった。アイゼルはエミリアの言葉に、少し悲しい表情を浮かばせる。しかし、エミリアが特殊な任務に就いていることについて理解を示し、このことは決して口外しないことをその場で誓ってくれた。
     それからアイゼルは、これまでのように親友として、エミリアと接するよう努力をしてくれた。エミリア自身は恋愛経験が豊富でないものの、アイゼルから告白を受けたという出来事もあってか、彼の一挙手一投足から、自身への好意を肌でひしひしと感じてしまう。——アイゼルは、こんなわたしをまだ好きでいてくれているのか。エミリアはこのとき、生涯で一番罪悪感を抱えたし、悩んだなぁ、と後に振り返った。だって、叶わないことをいつまでも抱え続けるのは、つらすぎる。恋愛についてはてんで無知なエミリアだが、〝叶わないことをいつまでも抱え続ける〟ことについては、非常に理解があった。かと言って、彼の気持ちをわざわざ言葉で否定することも、これまた違う気がするのだ。エミリアはアイゼルからの好意あふれる対応を、ただただ受け取ることしかできなかった。
     それからアイゼルは学園を卒業し、エミリアは学園での任務を終えることになる。今でこそ頻繁に会うことはなくなってしまったが、こうしてたまに、お互いの気が向いたときに手紙のやりとりをしているのだ。
     さて、とエミリアは藁でできたベッドから起き上がり、自宅のリビングにあたる箇所に設置されている、キッチンと地続きのテーブルに向かった。アイゼルへの返事を書くのだ。
    『王都キィンベルの観光は楽しんでいますか。キィンベルは、わたしの従姉が治めている国です。アイゼルが気に入るといいけど。また、よかったらエテーネの村へ遊びに来ませんか。何もない村だから、いても楽しくはないかもしれないけど、あたたかい村です。一度立ち寄ってほしい。それから、アイゼルの行きたいところを教えてください。一緒に行こう。エミリアより』
     そんな返事を書いて、手紙を封に入れ、郵便局——といっても、現状郵便局専用の建物はなく、屋台のようなところで、郵便局員である村人のエルフが店を構えている——へ向かう。宛先はもちろん、王都キィンベルである。手紙と共に、エテーネの村へ向かうことができるルーラストーンを添えた。待ち合わせに指定したのは三日後である。エミリアはアイゼルをもてなすため、村のシンボルの前にいるシンイに声をかけた。宴会の打ち合わせのためだ。
    「それはいいですね、準備しておきます!」
    「ありがとね、シンイ。お手数かけます」
    「いえいえ、とんでもないです! そういえばエミリアさん」
    「ん?」
    「学園では容姿を変えて生活していたのですよね? 今の姿で会いに行っても、気付かれないのでは?」
    「あっ」

     三日後。太陽が真上へ向かおうとしている頃、ひとりの男がエテーネの村の入り口へ降り立った。赤毛で、ハンサムで、長身。服装は旅人らしく機能的だが、清潔感が漂っている。そんな彼を、村人たちはあたたかく迎え入れた。まずはシンイが挨拶をして、次に村人に飼われている犬がアイゼルにじゃれついて。その次にアレンが、弾けるような笑顔でアイゼルと握手をした。そんな感じで、さわやかな笑顔で村人一人一人に挨拶したアイゼルは、ふと辺りをキョロキョロと見回す。それに気付いたシンイは、村人がたくさん集まっている中に紛れ込んでいた、ひとりのウェディの女性に話しかけた。
    「村長! ご挨拶を」
    「! あー……」
     シンイが声をかけた直後に、村人たちは笑いながら、村長と呼ばれるウェディの女性の背中を押し出す。それを見たアイゼルが、にこやかにシンイに話しかけた。
    「彼女が村長なんですか?」
    「ええ! ものすご~~く頼もしい方ですよ。彼女に村の案内をしてもらってください」
    「……やめてって、それ」
     彼女はシンイを諭すように、居心地悪くボソッとつぶやく。シンイはそれに気付いて、「ごめんごめん、あとはよろしくお願いしますね」と笑いながら、宴の準備に取りかかるため、教会へと向かっていった。
     他の村人も挨拶自体は済ませた。各々自身の仕事をキリのいいところで終わらせるため自宅へ戻ったり、シンイの手伝いをするため同じく教会へ向かったりしている。入口付近には、アイゼルと村長しか残されていなかった。村長は口下手なのか、「あー」だの「えー」だのと口ごもる。アイゼルは村長へ助け船を出すため、自身から声をかけることにした。
    「アイゼルです。よろしく」
     そう言いながら、手を差し出す。彼女はそれを見て、慌てて自身の手を差し出し、握手をした。
    「ようこそ、エテーネの村へ。ここは新しい希望が生まれる村……と、村人たちが言っていて、わたしもホント、その通りだなと……」
    「……エミリアか?」
     握手をした手を見ながらゴニョゴニョと話し出していた村長——エミリアは、突如彼の口から出てきた自身の名前に目を見開き、はじめて彼の顔を真正面から見た。
     アイゼルの顔は、長らく旅をしていた影響なのか、健康的に肌の色が焼けている。度々魔物と交戦することもあるのだろう。小さな傷が顔や腕、そして手にも数えきれないくらい見受けられた。学園にいた頃よりずっと精悍な顔つきをしていて、エミリアは寸の間見とれ、口からこぼれるように、「……よくわかったね」とつぶやく。その言葉を拾ったアイゼルの表情が一気に華やいだ。
    「そうか、エミリアか! あの時、姿変えて潜入してるって言ってたもんな。それが本当の姿なのか、そうか!」
    「あー、ええと、まぁ……そうね?」
     厳密に言うと、ウェディの容姿も仮の姿である。エミリア自身思うところがあって、特別な用事がない限りはウェディの姿でいる。ホーローによって、ウェディの姿でいても、本来の自身の姿でいても、他人から〝エミリア〟だと認識される魔法をかけてもらっているし、ウェディの容姿との付き合いも長い。だが、それをわざわざアイゼルに説明する必要もないだろう。エミリアはなんとなく言葉を濁したが、アイゼルは特に気にしていないように見えた。……気にしてはいるが、態度に出さないだけなのかもしれない。彼は優しく、案外繊細なところがあるのだ。
     アイゼルはニコニコしながら、握手した手を優しく放した。
    「な、ハグしていいか?」
    「ハグ? なんで」
    「なんだよ、親友だろ!」
    「……ははっ! まぁ、そうか。いいよ」
    「やりぃ!」
     お互い久しぶりに会った、という事実がまるで嘘のようだ。学園にいた頃のように、ふたりはじゃれあいをはじめる。エミリアはそんなお互いの空気感を懐かしみつつ、アイゼルと会ってはじめて、声をあげて笑った。彼がうれしそうに両手を広げるものだから、エミリアもつられて笑いながら両手を広げる。お互い近付いて、身体と身体がくっついた。アイゼルの腕がエミリアの背中にまわって、彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。エミリアも笑いながら、アイゼルの背中に腕をまわした。
    「会いたかったぜ、エミリア!」
    「わたしも! 元気だった?」
    「ああ! ……会いたかった、本当に」
     アイゼルの明るい声色が、少しだけ甘さを孕んだ——ような気がした。エミリアはそれに気付かないふりをして、アイゼルの背中をトントンと叩く。エミリアの背中にまわっていた腕が一瞬強張って、それから名残惜しそうに離れていった。
    「……エミリアも元気そうだな!」
    「まぁね。じゃ、まず村、案内するよ。ついてきて」
    「おう!」

     その日の夜、村のシンボルを囲むようにして宴会が開かれた。色とりどりの料理と、村に伝わる美味しい地酒。それらを前にしながら、酒を飲みつつ村人と談笑するアイゼルを見て、エミリアは彼の隣に座る。
    「飲んでるねぇ」
    「おう! ここ、いい村だなぁ。エミリアの優しさが表れてる感じがするよ」
    「そうかぁ〜〜?」
     アイゼルの言葉を茶化しながら、エミリアは自身が持っている木のジョッキをグイッとあおる。それを見たアイゼルが「いい飲みっぷりだなぁ!」なんて笑いながら、愛おしそうに見つめている様子を——アレンはなんとなく眺めていた。ふたりの光景から目を背けるように視線を切ったアレンは、背中にリュックを背負って立ち上がる。
    「! アレンさん、もう行かれるんですか?」
    「うん、この時間から出ないと。向こうにはお昼頃には着くかな」
    「この宴会を終えてから出発してもいいと思うのですが……」
    「うーん、そうしたいけど。各国との打ち合わせの時間があるからね。遅れるわけにはいかなくて」
    「そうですか……」
     村を発つアレンに声をかけたシンイは、少し寂しそうに焚き火の炎を見つめている。アレンはこれから、魔界へ視察に向かうのだ。ジャゴヌバを討伐して以降、魔瘴に異常が起きていないか。アストルティアに魔瘴が発生していないか。その点検に向かうため、ルーラストーンはあえて使わずに魔界へ向かい、ゼクレス魔導国、バルディスタ要塞、そして砂の都ファラザードへと、その様子の報告に向かう。各国の兵を使って国中を点検をさせてはいるが、とにかく魔瘴というものは、触れるだけで精神的にも身体的にも影響を及ぼしてしまうものである。普通の魔族がどうこうできる代物ではない。魔瘴を消し去ることができたイルーシャも、ジャゴヌバ討伐後はその力を失ってしまっている。何より、少女ひとりに魔界全体の魔瘴を背負え、だなんて酷なことは指示できない。そこでアレンが各国へ向かい、魔瘴の点検および、魔瘴に触れてしまった魔族の治療——錬金術によって作成した薬を配り歩きながら、その状況を各国の王に報告する役割を担った。——かつては〝魔仙郷〟と呼ばれていたのだ。魔界の地理は当の昔から知り尽くしている。それを知っていても尚シンイは、アレンを引き止めずにはいられなかった。
     ——また、見知らぬ内にどこかへ行ってしまうのではないかと。
    「どこへも行きやしないよ」
     アレンは小さく笑いながら、シンイの横顔を見つめた。
    「オイラの故郷はここさ。何があったってね」
     アレンは村の入り口へ向かう途中、「アイゼルさん、楽しんでいってね!」と声をかけた。アイゼルもその声に応えるように手をあげる。エミリアもアレンに、「気を付けてね」と声をかけた。姉の言葉に笑顔で応えたアレンは、そのまま村の門を潜っていき、暗闇の中へ消えていく。その背中を、シンイが寂しそうに見つめていた。


    。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚+。。.。・.。*゚

    「あいつ来ないな、今日も」
    「……いい加減にしてください、ユシュカ。そう毎日来られるような方じゃないとわかっているでしょう」
    「……あいつ来ないな〜〜」
    「……お前な……」
     砂の都ファラザードは、今日も活気にあふれている。
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