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    sushiwoyokose

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    超全空の覇者2024 無配で配っていた小説ひとつめ!

    日常のひとつ、いつものある日生きようとして、腹を抉るなどと。考えてみればおかしな話だ。臓物を破るのは、元来死を願う時の行動だろう。事件の仔細を知らぬ女中たちがひそひそと、「あれは罪から逃れて死のうとしたのだ」などと噂をしていたことがあったが、側から見れば当然の見解だ。この傷を生きる意思と思う人間はそういまい。
    だが、これは確かに生きる決意だ。なぜなら星を宿したこの身体は、コアに刻まれた命令を受けて死ぬための自傷が一切合切できないのだから。死のうと思っていたのなら、自決機構を取り出すことはできなかった。星の民が獣に課した憎たらしい制約は、皮肉にも私とデストルクティオにとって淡い希望となっている。生きていたい。強大すぎる苦悶の中で、一瞬煌めいた願いごと。それが決して気の迷いでなく本物の心であると、裏付けを得ることができるから。
    「大丈夫、なんだよな?」
    「そんな死にそうな顔をせずとも。平気だよ、悪いね気を使わせて」
    「そんなものいくらだって使わせてくれ。……なぁ、顔色がいいのはわかるが、やはり医者には見せたほうがいいんじゃないか。俺が走れば城下町なんてすぐそこだぞ」
    「ふふ、頼もしい限りだがね。そこまでの騒ぎではないさ、明日にはきっと戻るよ。今までもそうだったろう?」
    「それは……、そうだがな……」
    生きようと足掻いた決意は本物。だが、終わりを願う覚悟もまた本気も本気の代物だった。故に、完全な復調までの道のりは随分と遠く長いらしい。
    質素なベッドの上。端に腰かけて微笑む私を、顔を青くしたアルベールが見下ろしている。窓の外では小鳥が囀り、滅多にない晴天が広がっていると言うのに、部屋の空気は辛気臭いことこの上なかった。心配をされているのは私だが、どう見ても彼の方が病人に見える。精一杯朗らかに努めてみても、友の顔は変わらなかった。
    我々が身を寄せるのは、親友名義で借りられた郊外の一軒家である。療養のためという名目で住処を移したのだが、実質アルベールに軟禁されているようなものだった。言葉にすると聞こえが悪いが、親友に強硬手段を取らせた原因はというと私にある。退院の際、体力を戻すための療養は必須……つまりはしばらく自発的に安静にしていろと医師から忠告を受けたにも関わらず、こっそり執務をこなしていたのだ。無論、団長許可のない労働。これを見つかって以来、アルベールは私の「大人しくしているから」という言葉を一切合切信用せず、この静かな家に柔らかく閉じこもっている。何も一緒に閉じこもる必要はないだろうと幾度か反論をしてみたが、目を離せば無茶をするとぐうの音も出ない正論を返されてしまって無駄だった。
    国から一番の働き手を奪っていると思うと心苦しいものがある。何度国力を奪うつもりなのかと糾弾されれば、返す言葉もない。
    だが、しかし。
    心配性との二人暮らしは、不謹慎ながらどんな薬より弱った心身を癒してくれた。少し散歩に行こうとすればどこへ行くのだと隣を占拠され、食事を用意するのに火を起こすのさえ火傷をするなよと見張りが付く始末。至って窮屈だ。窮屈だが、こんなにも暖かい。名を呼べば名が戻ってきて、気まぐれに手を伸ばせば握手が戻る。たまらなくなって柄にもなく抱き着いてみれば、あやすような手つきが寄り添った。長く押し込めていた本心の願いが満たされていく。たった一人、唯一無二の親友にどこまでも甘えてどこまでも愛されていたい。そんな風に幼稚で我儘な本心が。
    ただ傍に居る生活が良薬になっているのは、アルベールも同じことのようだった。青白さが目立つ寝不足の顔は大分ましになり、朗らかに笑う日も増えている。ふにゃふにゃと柔らかい年に似合わぬ童顔は、やはり笑顔でいるのがいい。小うるさいのは玉に瑕だが、その喧しさとて今は愛おしく感じる。私が気まぐれに抱擁を強請るように、アルベールもまた無意味に肌を寄せてくることが多くあった。親友という特別な呼び名でさえ、私たちの友愛を言い表すには既に物足りなくなっている。友というには近すぎる距離。では、この距離の名は何なのか。――わかっている。わかっているが、口にするのはこそばゆかった。
    閉じ込められていながら、幸福を噛みしめるあべこべな日々の中。ではなぜ今、この部屋はこんなにも冷え切っているのか。答えは簡単、私が心配性の尾を踏んでしまったからである。
    本来であれば今日、我々は早起きをして長閑にピクニックへ出かける予定だった。昨日の月に雲がかかっていなかったから、晴天を見越して私が友を誘ったのだ。素晴らしく晴れたら、サンドイッチやサラダを持って遠足に行こうと。
    ひとけのなさを重視して買い求めたが故、この小屋は森の中にぽつんと寂しくそびえている。農耕用具があちこちに残されているあたり、元々は山の管理をするのに使っていた家なのだろう。暮らし心地と言えば城での生活より不便で無人島の生活より快適といったところ。つまりはまずまずなのだが、家を囲む景観は実に素晴らしい。青々とした木々は英気に満ち溢れ、それを育てるふくよかな土は適当に植えた作物でさえ見る間に立派な緑にしてしまう。裏手に流れる小川は細いが、少し丘を登ると段々せせらぎを逞しくしていくのだ。古い地図を参照するに、これをずっとずっと上に登れば小規模な湖に行き当たるらしい。晴れた日に湖面を眺めれば、きっと煌めいて美しいはず。それを見ようと思ったのだ。痛みや痺れといった怪我の後遺症も徐々に収まっており、体力も回復しつつある今ならば、少しの遠出には耐えられると。心配を重ねるばかりの友に、少しの安心を示す魂胆があっての思いつきだった。君のおかげで元気になれていると、感謝を伝える準備さえ。
    (よりにもよって、なぜ今日なんだ)
    私が気を落とせば、アルベールの笑顔はきっと戻らない。思わず舌を打ちそうになるのを必死で堪え、微笑みを繕ったまま足元を見下ろす。昨日までは何の問題もなく歩けていたはずの足が、今朝になって急に調子を崩してしまったのだ。床に足を付けても感覚がなく、立とうと力を入れても上手くいかずに倒れるばかり。神経のつながりが狂っているのか、一時的に下肢が麻痺してしまうのは怪我をしてからよく見舞われる後遺症の一つだった。それでも最近はとんど起こらなくなっていたのに、どうして今日、今日なのだろう。もしも神がいるのなら文句の一つでは気が収まらない。意地悪に触手が出てしまいそうだ。
    「痛みはないんだな?」
    「ないよ。力が入らない以外は至って健康さ」
    「……、わかった。医者は保留にする。ただ、少しでも悪化したらすぐ言えよ。絶対に隠すな」
    「わかっているさ、約束するよ。……言い出しておいてすまないが、ピクニックは中止かな」
    ずいと差し出された小指に、苦笑しながら自分の指先を絡める。幼くも強い誓約を取り交わしながら、努めて軽やかに謝罪を零した。すると、それまで不安げに眉を潜めていたアルベールは、何かを思いついた顔でぽんと私の背を叩く。
    「……歩けないだけで元気というなら、裏庭でやったっていいんじゃないか」
    「ん……?」
    「ピクニックだよ。湖は残念だが、裏手の丘も結構眺めがいいんだぞ。畑や田んぼが見えるから、きっと酒も美味いさ。サンドイッチは……一緒に作ればどうにかなるだろ」
    瞬く間に明るくなっていくアルベールの顔に、つられて私も笑ってしまう。そうだ。大切なのは共に居ることであって、場所なんてどこでもいいじゃないか。肉体的な回復がまだといって、心は頗る健やかになっている。晴れ間のピクニックという長閑極まりない日常を楽しめるようになったのだ。これだって、アルベールを喜ばせるには十分だろう。
    「――名案だ。いいね、そうしよう。裏庭まで負ぶってくれるならの話だけれど」
    「任せろ。なんなら背負ったまま上まで行ってやったっていい」
    「ふ、くくくっ。君ならやりかねないのが恐ろしいところだよ」
    けらけらと笑いながら、傍に立つアルベールの手をなんとなしに握ってみる。あたたかい手だ。私を繋ぎ留めてくれた手。不思議そうな顔をした親友は、自然な所作で腰を折ると今度はこちらを見上げてくる。
    「どうした」
    「……、いや。君はやっぱり、光だな」
    「俺にとってはお前がそうだよ」
    捉えていないほうの手が、そうっと私の頬を撫ぜる。私も、空いた手で柔い頬を撫で返した。どちらからともなく擽ったく笑って、引き寄せられるようにキスをする。今はまだ、これ以上は求められない。あまりに幸せが過ぎるから、どうにかなってしまいそうで。
    「サンドイッチ、作ろうか。リビングへいいかな?」
    「勿論。手、回してくれ」
    幼子のように手を伸ばし、友の首筋に縋り付く。腰を支えられ、足を支えられ、いとも簡単にひょいと持ち上がった身体はずっしりとアルベールの腕に収まった。剣士にしては細く、しかし何より頑なで、絶対に私を離さない掌。
    これに守られているのだと思うと、もうこの空に怖いものなど何もないような気がした。

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