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    sanga2paper

    少ないスキルとスタミナで創作に勤しむアカウント

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    こちらで下書きするだけのページ
    追記)見つけたから公開にしました

    #一次創作
    Original Creation
    #創作
    creation
    #小説草稿
    draftOfANovel

    元天才は本気を出せない(仮「陣内君。昔は『天才』だったって、本当か?」
    「そうらしいな」
    クラスメイトの陣内勉は、他人事のようにヘラヘラと笑った。
    「事故で頭打っちまって、天才は辞めた」
    正確には「車に轢かれそうになった子供を助けたら、勢い余って頭をぶつけた」らしい。その場に居合わせた人の話では、まるで映画だったという。

    頭ならさっきもぶつけただろ、とクラスメイトに囃され、陣内は「そうだっけか」とまた笑った。
    実際、コイツは背がやたら高いので、教室の入り口でよく頭をぶつけている。わざとらしいほどよくコケる。
    昔は超人的な記憶力・運動能力の持ち主だったらしいが、今や体育なんか毎回最下位だし、テストも良くて下の上だ。
    だが、授業の時は別人のような真面目な顔でノートを取っている。時折、真剣にメモを取ったりスマホに何か打ち込んでいる。
    その様子に、ずっと違和感があった。

    「そうか。バカを演じてるのなら教わりたかった」
    僕が聞くと、ますます笑った。周りのクラスメイト達も笑った。
    「はは、なんでそんな面倒なこと。天才子役様は勉強熱心だなぁ」
    「バカだと思われれば、少なくともそんな風に言われなくはなる。でも僕は…バカのふりも出来ない」
    拳を握りしめた。教室はシンとなり、ヒソヒソと聞こえるだけになった。

    僕、草生伯朗は『天才子役』と言われている。
    小さい頃から物覚えがよく、少しばかり器用で、人の言う通りに動ける、ただそれだけの、友達ひとり作れないコミュ障陰キャ男子高校生だ。
    でも、周りはそう見ない。親までも。
    僕はまだ『天才子役』から、降りられずにいる。
    降りたくて縋りついたのが、この元天才だった。

    陣内は一瞬、別人のように真面目な顔をした。
    「そっか、悪い。ふざけすぎた」
    そしてポンポンと僕の肩を叩いて、ヘラヘラ笑った。
    「今日ウチ来いよ、お詫びにケーキ奢る」
    陣内の家はケーキ屋だった。

    ☆☆☆

    「いらっ…ああ、おかえり……その子は?」
    「クラスメイト。ふざけて泣かせちまってさぁ」
    「泣いてない‼︎」
    抗議したが、どこ吹く風と笑顔を向けられる。
    「お詫びにケーキ食わせたいんだ。どれするよ? ギリ三個までなら買える」
    ケースには、デザインの古くさいケーキが並ぶ。ココから一個選ぶのも難しい。
    「お友達なら何個でもいいよ」
    「ダメ、俺が払わなきゃ。母さんがコイツ泣かせたわけじゃないし」
    「泣いてない‼︎」
    再度抗議したが、笑顔で「早く選べよ」と返されるだけだった。仕方なく、ショートケーキとチーズケーキを選ぶ。
    陣内はチョコレートケーキとモンブランを選んだ。店を出ると、母親の声が追いかけてきた。
    「居間で食べてもらいなよ!」
    陣内は手を振って、危うくケーキの箱を落としかけた。

    「座れよ、なにしてんだ?」
    やたら手際良く飲み物の用意をしながら、陣内はソファを指差した。
    僕は仕事以外で人の家に行くなんてことないから、こういう時どうしたらいいかわからなかった。恐る恐る端っこに座る。沈黙が痛い。
    「い……居間で、と、おばさんが言ったのは、何か理由が?」
    話しかけてみた。そんなこと聞いてどうすんだ、と自分でも思ったが、陣内は不審な顔もせず、色々載せたトレイを持ってきた。
    「俺の部屋、散らかってるから。見るか?」
    襖を開く。
    薄暗い部屋の中を見て、息を呑んだ。

    壁の本棚にも、机にも、床にも。
    見たことない量のノートやアルバム、教科書、写真、所々にCD-Rが、部屋を埋めていた。

    「俺の頭の中身」
    陣内はいつもと違う笑顔を僕に向けた。

    ☆☆☆

    なぜか僕が選んだチーズケーキにかぶりつきながら、陣内は話してくれた。
    「事故前のことは、なんも覚えてないんだ」
    「記憶が戻ってないのか?」
    僕は仕方なくチョコレートケーキを取った。皿とフォークも用意してあったが、用意した本人が使ってないので、それに倣った。味はいい。
    「全然。だから、覚え直した」
    「⁈」
    「残ってた日記、家族の写真や話、卒業アルバム…あるだけ覚えた。でもやっぱり、記録にないコト聞かれると面倒でさ…だからアンタ正解。俺はバカを演じてる」
    正解と言われても、こんな事態は想定してない。もう一度部屋を見た。
    「アレを全部覚え直すなんて…キミ、全然『天才』じゃないか」
    「いや」
    陣内は残ったケーキを見て手を止めた。
    「俺の、どっちだ?」
    「? モンブラン」
    「サンキュ」
    モンブランにかぶりつく。
    「なんつーか……本気出すと記憶がバグるようになって」
    「え」
    「自分で言うのもなんだけど、本気出すとなんでも出来るようになる。日記でも、記憶が途切れてる直前は大体俺が何かやらかしたって言われてるみたいだし」
    噂の、車に轢かれそうになった子の映画のような救出劇。「なんでも」の範囲が天才の範疇も超えてないか。
    「さっき茶の準備、ちょっと頑張ってみた。したら選んだケーキ一つ忘れてる。そんな感じさ」
    僕の中で、今まで感じていた違和感が、ひとつづつ繋がる。
    悩んだが、伝えた。
    「……2つだ。キミが選んだのはチョコレートケーキとモンブランだった」
    「え、チーズケーキだろ俺?」
    「チーズケーキは僕のだった。皿とフォークを出したことは覚えてるか?」
    陣内は鋭い顔でテーブルを見た。
    「……あんなことで、こんなに……」
    そして僕に、学校で良く見せる笑顔を作った。
    「勝手に食ってゴメンな」
    「わざとじゃないなら構わない。チョコレートケーキも美味しかった」
    親のケーキを褒められて、陣内は更に笑った。いつもの笑顔と違って、ずっと自然だった。
    「それだ」
    「なにが」
    「キミの態度にずっと違和感があった。でも、今のキミはとても自然だ。もしかしてキミ、バカの演技に頑張りすぎてないか?」
    元天才は、素で驚いた顔をした。
    「その…本気を出せば記憶がバグるとか、まだよくわからないが……キミさっきから僕を『泣かした』って言うけど、僕は泣いてない。キミが僕を泣かせたって時からキミんちまでの間で、何か本気出したかい?」
    陣内はメモ帳とノートとスマホを見直した。
    「……たぶん、ない」
    「なら、演技に力入れすぎて、地味に記憶がバグってるんじゃないのか。バカになってる状態を計算に入れずにバカを演じてるから、不自然になる」
    バカバカ言いすぎた、とすぐ後悔した。が。
    元天才の驚いた顔が、じんわり笑顔に溶けた。
    「演技のプロ、すげぇ」
    ストレートに褒められて、僕は思いきり照れた。

    そして自分が逃げたかったのは「天才」であって「役者」ではないことに気がついた。

    ☆☆☆

    「お詫びのつもりが、助けてもらっちまった。ありがとうな」
    「……いや、大したことはしてない」
    「大したことだって」
    陣内は、いつもと違いユルく安心した顔をしている。
    自分勝手な理由で話しかけた僕は、なんか悪くて目を逸らした。
    勝手に縋りついたのに、僕を引き上げてくれた。大したことをしてくれたのは、君の方だ。
    「僕の方こそ色々勉強になった、ありがとう。ケーキもご馳走様。美味しかった」
    僕は、心から丁寧にお礼を言った。意外に難しかった。
    『友達になってくれないか』
    出かかった言葉の対処に戸惑っていると。
    「ちょっと待って」
    陣内は、メモ帳とペンを持って戻ってくると、急いで何か書き始める。
    「これ」
    メモ帳に何か書き、破って僕に渡してきた。
    『草生伯朗 様
    陣内勉の演技指導
    お礼・ケーキ』
    「助けてもらった上で悪いんだけど……俺の様子がまた変だったら、指摘してくれないか」
    「えっでも」
    「バカのフリに本気出しすぎてたなんて考えもしなかった。俺の考える『本気』と、俺の身体の『本気』の範囲は、どうも違うんだな。でもそれを突き詰めてたら、また記憶飛ばしちまいそうで」
    「……そうだね」
    「今までも、もしかしたら沢山あったのかもな……あのメモの山も、どれだけ正確か、もうわからない」
    陣内は自室を見た。
    「けど、今日の、少なくともお前とのことは、正確に書き残せると思うと、嬉しいしホッとする」
    ……断れるワケがなかった。

    ☆☆☆

    ひとつだけ聞いた。
    「キミはなんで本気出すんだ? さっきのお茶の支度みたいな些細なこととかにまで」
    陣内はちょっと考えた。
    「俺も忘れたかないんだけど……それで、誰かが喜んでくれたらまぁ、いいかってなる時もあるんだ」
    呆れを通り越し尊敬しそうになったが、ギリギリ留まった。僕の役はそうじゃない。
    「呆れた、お人好しが過ぎる。それじゃいつまで経っても同じことするぞ。自分自身のためにも、君のノートにしっかり書き込んでおいた方がいい」
    「あはは、そうする。ありがとな」

    僕は、コレからずっと彼の望む役を演じ続けられるだろうか。こんなに自信が持てない役は初めてだ。
    生まれて初めて「僕が天才だったらよかったのに」と思った。

    そんなことを考えてた自分に苦笑するのは、もう少し先の話。
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