世の中に疲れた2推しが遊園地で2に遭遇する話 オクトパスが少し見える道の暗いベンチで、もうすぐ閉園のアナウンスをBGMに、チカチカと瞬く光を眺める。乗り物に乗るでもなく、何かを食べるでもなく。ただ光を眺めていた。なんとなく出先からの帰り際に思い立って、閉園まで一時間を切った遊園地なんかに一人で来てしまった。
光ばかり見ていても疲れるから、たまに空を、そして人が通りかかれば、視線を下ろして人間観察をする。人が行ってしまえば人間観察を終えて、再び電飾を眺める。
不審者や、寂しい人間に思われても仕方がない。でも私の目当ては遊園地の写真でも乗り物でも食べ物でもなく、この空間。少し肌寒くなってきた夜に見るきらめく電飾は、何故か暖かくて心に沁みる。この辺りは人気が無いからなお良い。綺麗だ。クリスマスイルミネーションとは違う。街のライトアップとも。プロジェクションマッピングとも違う。そんな集客力を持つ光とは違う。この光だから美しいと思う。
毎日毎日、楽しい世界を照らし出すために輝く光。少し疲れたようにも見えるこの光。切れた電球があることに親しみを感じてしまうのは、完璧ではないこの世界を表しているからかな。それとも私の中に、切れた電球がいくつもつけっぱなしになっているからかな。
なんて考えているうちに、気付けば閉園時間をもう過ぎてしまっていた。アナウンスが止んでいたし、元々少なかったお客さんの気配は完全になくなっていた。
帰るか。
夜になって強くなった風に当たりながら立ち上がる。その拍子に、膝にかけていたストールがバサリと落ちる。おまけに強い風に煽られて既にボサボサの髪が目に入った。痛い。物理的な攻撃によって涙が溜まった目で見る電飾は、なお綺麗だった。
もう10分は閉園時間を過ぎている。ストールを拾い鞄に突っ込み、そのまま出口へ急ぎ足で向かった。
道中、アトラクションのお兄さんは最後の点検をしていた。フードカーのお姉さんはシャッターを下ろしていた。でも良かった、ゲート付近にはお客さんがまだ居るのが豆粒のように見えた。多少焦っていたが、大丈夫なようだ。少し歩みを緩めつつ出口へと向かう。こんな慌てるはずではなかったし、そもそもこんなに長居するつもりもなかったのにな。私の周りの世界に対して、ここの電飾が綺麗なせいだ。いや、電飾のせいにしたらだめだけど、私が帰る世界には暗闇が待ち受けている。今日はいい気分転換になった。
「お姉さん?」
遊園地は意外と広かった。ゲート付近が見えてもここはまだ園内。やはりこんな時間に居たら道に迷ったか何かと思われて、声をかけられてしまうな。すみません。
「お姉さん?」
「はい、すみません、もう出ます」
係のお兄さんが困っていた。ように見えた私には信じられない光景が広がっていた。……待って……この人は係のお兄さんじゃない。係のお兄さんなんてものじゃない……まって??
そこに居たのは、私が推しているグループのお兄さんだった。つまりは私の推し。推しが少し息を切らして立っていた。私の推し色のストールを持って。
「これ、落としましたよ」
「あ、どこに、」
あ、どこに、など普通の受け答えができてしまう自分にも驚いたし、まず口にした言葉がお礼ではないという失礼な自分が、酷く哀れだった。
「ついそこで。鞄から落ちました」
「すみません、ありがとうございます」
「いえ」
待ってよ、そんな、そんなとこを見られていたというの?
いえ、なんてサラッと言うけど、推しは一人で落とし物を持って追いかけてきてくれた。撮影か何かだとして、スタッフが居たのではないか?人の良さが出てしまっているのではないか?私はこの人に会ってしまってよかったのだろうか?そもそも私は人の気配は感じなかったのに。推しはどこから現れた?
頭の中で疑問符が駆け巡る。
「あの、本当にありがとうございます」
ようやく思考が追いついてきた、追いついてきたからこそ見えているものが信じられない。信じられないその存在は柔らかく笑った。
「それじゃ」
それじゃ、の一言で背を向けて行ってしまう。このひとときは、なんて短さなのだろう。
「あの!」
つい、呼び止めてしまった。呼び止めて止まってくれるところがやはり優しい。優しい、でいいのか?無防備なのでは?悪い人に利用されてしまったりしないのか?
「呼び止めてすみません。撮影ですか?」
「……、バレてた?」
「あの、好きです!」
好きです、なんてストレートに何を。馬鹿だなぁ。推しですとか、応援していますだとか。あらゆる言い方があるのに。なんて思考と全身の血液だけは駆け巡っていて、声は上ずっていた。恥ずかしい。
「ありがとさん。もしかしてこの色、意識して買っちゃったりした?なん」
「はい」
「あ……サンキュ」
なんてな、に被せてイエスを言ってしまったことがまたしても恥ずかしいが、推しのほうも多少恥ずかしそうにしている。好きですと言われて動じないくせに。なんてなを言い切れなかったせいか?私のせいか?
「ほんと悪い、そろそろ時間、」
「あ、すみません!お会いできてよかったです」
「こちらこそ。これからも応援よろしくな」
頭を下げると手を振ってくれた。
ゲートの方へ、走った。振り返ったらいけない気がして、まるで漫画やドラマの主人公になったような気分のまま走った。
アイドルが撮影するとあれば、混雑するゲート付近には流石に追い出しのスタッフがわらわらと出てくる。ストールを握りしめて、誘導されながら出口まで走った。
外は暗闇だ。明日からも暗闇だ。たまに日が差すし、永遠に続くわけではないけれど、暗闇には飲み込まれそうになる。
でも大丈夫だ。輝いてくれる存在があるから。電飾なんかよりもっと美しい輝きがあるから。その輝きを見失わないように生きていこう。
後日。あの場所で撮影されたあたたかなMVと、撮影時の裏話が公開された。
実はあの日、推しは閉園の1時間前に現場入りして、お気に入りのスポットを探し歩いたり、小さかった頃に乗りたかった乗り物を見て回っていたようだった。あまり遊園地には行けなかったらしい。
推しはメンバーから先駆けはズルい大人のくせに、と批判を受けていたが、嬉しそうに答えてた。
「だって、あんなとこで撮影するとなると、テンション上がっちまうじゃん?お前さんたちよりはしゃいでるMVできたらイメージ崩れちゃうでしょ。あ、ここカットな」
公開されちゃってるよ。
大丈夫。みんな心底楽しそうだったし、推しは誰よりも幸せそうだった。
これからも輝いていてね。