キス 換気扇の回る音がしていた。杉元の住む部屋の台所にあるその換気扇は羽根の色が明るい金茶色をした、紐を引いて起動させるプロペラファンタイプで俺がつけた。煙草を吸おうと思ってその紐を引き、コンロで火も拝借しようと考えていた。あ、という声がして視線を上げると、杉元がどかどかと足早にこちらにやってくるなり、俺の持ってきていた煙草の箱を奪って三角コーナーに投げ入れて、コンロの火を消す。余りに無駄のない動きに思わず見惚れて拍手をすると、間髪を入れず指と指の間に挟んで持っていた残りの一本も取り上げて握り潰し、そいつも三角コーナーの中へ放り込んだ。
その態度に怒りよりも面白いものを見た気がして杉元の顔を見る。こいつは嫌煙家だったけか。そうだと意識はしたことはなかったが、それでも気を利かせて場所を選んで吸おうと思ったのにまだ配慮が足りなかったか。咥える予定で半開きになっていた口を杉元が凝視してくる。
お前、んなもんより、口寂しいなら他にもあるだろうが。
杉元が低い拗ねたような声を出し、吐かれたテンプレート過ぎる台詞に開いていた口が塞がらなくなった。誘い文句にしてはあまりにもそのまま過ぎて、恥ずかしくて受け取りたくない。
正面にある顔から右に視線を外して云われた言葉の意味を考える振りをする。次に下、左。最後に前に視線を戻そうとしたら、もうそこに唇があった。逃げられないように肩に手も添えられていて目を伏せる。
あーあ、こんな場所でも欲しがるようになりやがった。それもセックスをじゃなくてキスをしたがるだなんて。こんな換気扇の下の所帯染みた場所で当たり前のように。
焦点の合わせられない程の距離に詰められて、目を閉じようか、手で突き飛ばして躱そうか考えていたが、唇と唇とが触れた瞬間に条件反射で目を閉じた自分をだせえなと思い、首を勢いよく前に突き出すことでせめて唇で退かせないか押し返してみることにした。