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    こてぶぜ♀現パロ
    篭手切くんは合鍵を持っている。

    ##こてぶぜ

    乖離「豊前はなんていうか……『強い女』って感じ」
    わかる、と同意を得たその発言は俺の相槌を待つことなく一人歩きし、水を得た魚のように盛り上がっていく。
    彼氏とかいらないでしょ?いやでもそういう子が甘えてくるのが可愛いんだよ!アンタの話は聞いてないし〜
    次々と飛び出す、彼女たちの中では強い女に分類されるらしい俺のイメージに辟易としながらぬるくなった酒を飲む。
    強い女、カッコいい女。
    そう言われることには慣れている。
    飲み会の席であればなおさらだし、そう思われるよう自ら振る舞うこともある。あるのだが。
    「強い女ねえ……」

    俺のことなにもしらねーくせに!

    ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

    家に着くや否や、俺は上着を脱ぎ捨てトップスを脱ぎ捨て、下着以外のものをぽいぽいと落としながら自室へ向かった。
    全身鏡に映るのは純白のレースがたっぷりあしらわれた下着に身を包んだ姿。
    鏡の中の自分と目を合わせたまま太ももからゆっくりと自身を愛撫するように指を滑らせ、臍を撫で、その下にある子宮を意識するように下腹部を撫であげる。
    途端、腰につけていた香水が香った気がした。
    “強い女である豊前”が付けるにふさわしい香り。可愛らしい下着には似合わない香り。そのチグハグさに笑ってしまうが、そうなるように振る舞っているのは自分なのだからタチが悪い。
    ゆるりと下腹部を撫でながら、お気に入りの下着を見つめる。
    選んだ色は、白。
    だってお姫さまの、花嫁の色だろ?

    小さな頃から女の子らしいものが好きだった。
    眠ってしまったお姫さまが王子さまの口づけで目を覚ます童話に胸を躍らせ、絵本が擦り切れるほどに繰り返し読んだ。
    ふわふわとしたワンピース、子犬のペンケース。そのどれもが俺の心を満たしてくれた。
    母親が誕生日にと贈ってくれたリボンのついたカチューシャ。それを付けるとお姫様になったような心地がして、当時中学生だった俺は少々気恥ずかったが、それを宝物にしていた。
    はじめて恋人ができたのもその頃だったと思う。
    俺のことを好きだと言ってくれた隣のクラスの男子。あまり話したことはなかったが、試しに付き合ってみてほしい、好きにさせてみせるから。そう頼み込まれては断ることもできずに頷いたのを覚えている。
    はじめてのデートも彼とだった。
    俺はせめて可愛くしていこうと例のカチューシャを身につけ、待ち合わせ場所で彼を待った。
    待たせてごめんと現れた彼が次に口にしたのは。
    『豊前ってそんな感じなんだ。イメージと違うな』
    びしりと体に力が入った。俺?俺のイメージ?この格好が、変なのか?
    お姫さまのようなカチューシャ、動くたびに揺れるフリルトレースがたっぷりのワンピース。
    髪の毛は短く、学校では制服姿なのだったのだから俺が普段どのような服装を好むのか知らなかった彼は悪くない。実際失言であることに気づいたのか何やら弁明をしているようであったが、もはや俺の耳に届くことはなくて。
    その後数カ所デートスポットを巡った気がするがよく覚えていない。彼とも数週間後に別れた。
    そのときに俺ははじめて、周囲が自分に求めている人物像と自分がなりたい自分自身のズレを認識したのだった。
    ふわふわとしたレースとリボンをクローゼットの奥深くに仕舞い込み、シンプルな服を揃えた。持ち物も黒に統一し、できるだけ周囲が求める姿になることを意識した。

    ――だってそうした方が、息がしやすかったんだ。

    けれどそうして中学生の自分を押し込んだとて好きなものを嫌いになれるわけもなく、街を歩いていて目が奪われるのは花嫁のドレス。ふわふわとしたスカートに下着。
    ふらりと立ち寄った店で下着を物色しながら、下着であれば、肌を見せない限り誰かに知られることはないだろうか、そんなことを考えていた。
    女の子に、なりたい。
    気づいたときには上下揃いの、純白の下着を購入していた。

    ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

    ショーツのふちに親指を差し込み引き下ろそうとして、やめた。
    もう少し、もう少しだけこの姿を眺めていたい。お姫さまでいさせてくれ。俺の柔らかな自尊心。
    『豊前ってさあ、かっこいいよね!』
    飲み会での言葉が脳内に響く。
    「ちげえよ、俺は、そんなんじゃないよ」
    かっこいいより、可愛いが良い!
    強い女より、可憐な女の子が良い!
    そんな俺のやわい部分を知っているやつなんて。
    「うぅ……」
    酒に犯された脳で、とある番号を呼び出す。時間は深夜1時半。真面目なあいつのことだ、もう寝ているのかもしれない。
    呼出音4コール。
    スマホを耳から離そうとしたところで、声が聞こえた。
    『もしもし?』
    「あは、あ〜……篭手切ぃ……」
    『はい篭手切ですが、こんな時間にどうかしましたか?」
    思ったより元気そうな声。もしかして寝てなかったんかな。そういや今ダイガクセーだったか。
    年下の恋人の声を聞き、なんだか力が抜けてしまった俺はぺたりと床に座り込んだ。
    あのさ、あのさ、俺って
    「なぁ篭手切、俺ってさ、かっこいいだろ。美人でかっこよくて、バイクなんかも乗れちゃって。なんつーの、強い女ってやつ」
    言いながらツンと鼻の奥が痛む。
    お願いだから気づかないでくれ、こんなどうしようもなく女で、みっともなく酔いながら深夜に恋人に電話をかけてしまうこの俺にどうか気づかないでいて、気づいて。
    押しつぶされそうになる。なぁ、俺はどうすれば良かった?求められるままのかっこいい豊前でいられたら良かった。中学生の俺を、捨てられたならばどれだけ楽だったろうか。
    『豊前、さんは…かっこいいですね』
    「ん」
    『でも、それだけではなくて。あの、もし気を悪くしてしまったらすみません、それでも私は貴女のことを――可愛いと思ってしまいます』
    視界がぼやけ、涙が溢れて止まらなくなる。
    俺が一番ほしい言葉。なぁ本当にそう思ってる?その言葉に縋ってもいい?
    「おれ、可愛いのかなあ、そっか」
    最早涙声であることは隠し通せず、さとい彼には俺が泣いていることは知られてしまっただろう。
    けれども声だけは明るく取り繕って笑ってみせた。だってほら、豊前はそういう女のはずだから。
    『豊前さん?大丈夫、ですか?」
    「ん、あぁ、でーじょーぶ、なんもねーよ。いつも通り!いつもと、同じだった、笑っちまうくらい変わんねー」
    『……わかりました』
    ガチャン、と玄関の鍵が回った音がした。
    空耳かとも思ったが続いてドアが開く音がしてそれが現実の音であることに気づく。
    まさか鍵を閉め忘れたのか。いや、鍵が回る音がしたということは帰宅したときには閉めたことになるが。
    ぐちゃぐちゃの心に誰かが家に侵入してきた恐怖も重なり、体が震えて仕方がない。隠れなければ、でもどこに?
    行動に移す暇もなく自室のドアが開かれ、俺は身を小さくすることしかできない。
    「豊前さん」
    聞こえてきたのは先ほどまで通話をしていた彼の声。
    顔を上げれば、そこには驚いた顔をした篭手切が立っていて、見知らぬ誰かが入ってきたわけではない安堵感と、下着姿で号泣している姿を見られてしまったという絶望感が襲ってくる。
    「こて、ぎ」
    「どうして……」
    篭手切は俺のそばにしゃがみ込むと着ていたシャツの袖で俺の涙をぬぐいはじめる。ひんやりとした感覚が伝わり、今まで外にいたのかな、何をしていたんだろう、会いにきてくれたんだな。馬鹿になった頭ではそんなことしか考えることができず、ついでに篭手切の服が汚れてしまうのも気が引けたので彼から身を離そうとすると強い力で引き寄せられた。
    「どうして、なぜ、何も言ってくれないのですか……こ、こんなに、なるまで」
    「……?」
    「豊前さん、私はそれほどまでに頼りない存在ですか?貴女が苦しんでいるときに、力になれないことは、私にとってとても、とても辛いことなのだと……知ってほしいです」
    篭手切の声が震えている。
    押しつぶされそうなほど抱きしめられるのははじめてで、もしかして篭手切も冷静ではないのかもしれないななどと考えていた。俺のことで心を揺らしてくれるのか。
    篭手切ならば、俺の心を打ち明けてもいいのかもしれない。そんな期待を込めてそれこそ母親にしか話したことのない秘密をぽつりぽつりとこぼしてみる。
    「おれな、本当は強い女になんてなりたくないよ。可愛いかっこして歩きてえし、可愛いって、言われたい。だからほら、こんな下着付けたりして……はは、似合わねーだろ、俺らしくねーのはわかってんよ、でも」
    「そんなことありません!自分がなりたい姿を目指して、自分の好きなものを身につける貴女が、らしくないなんてこと、そんなことはありません」
    「優しいなぁ……でもな、そんなことはあるんだよ、篭手切。世界はそんなに、おれにやさしくない。皆俺らしくねーって言うんだ。違うって、そう、なんども」
    そう、何度も言われたことがある。親しみやすさのせいか、俺が触れられたくない内側まで踏み込んでくるやつは何人もいた。彼ら、彼女らにとっては軽い冗談であっただろうその言葉たちは今でも俺の心に刺さっている。
    篭手切の体が暖かい。だからだろうか、とろりと体の力が抜けていく。
    「……私は豊前さんに優しくありたい。そして、誰もが自分の好きな服を着て、幸せに笑える世界であれば良いと、そう願ってもいる。豊前さん、覚えていてください。周囲がなんと言おうと、私は貴女のことを可愛いと、そう思っているんですよ」
    だからそんなに自分のことを否定しないで、そう言う篭手切の声があまりにも優しくて。勘違いしてしまいそうになる。
    「うそだ」
    「嘘じゃありません」
    「……きすしてくれたら信じる、かも」
    「えっ」
    支離滅裂なことはわかってる、でも仕方ねーじゃん。今めちゃくちゃきすしてーんだから。
    唇が降りてくる。俺のことを食べちまうみたいにひとくちで。
    ふふ、目を細めて篭手切が笑う。俺のことが好きで好きでたまらないって顔。
    冬の匂いがする。外寒かったのかな、どうしてきてくれたんだろう、好きだな。
    そうしているうちに自分が下着しか身につけていないことが恥ずかしくなり、篭手切の視線から逃れるようにしていれば。

    「ふふ、可愛い動きをして、どうしたんですか」

    あぁ、もう、言われ慣れてねーんだから勘弁しろ!
    中学生の俺が笑った気がした。
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