浮奇が床に落ちている。
どうしても仕上げなければいけない作業を終えてやけに静かな階下に降りたファルガーが見つけたのは、すっかりと傾きかけている陽が当たるカーペットの上で猫さながらに身体を丸めて眠る浮奇だった。すぐそこに使い慣れたソファがあるのに昼寝をするには妙な場所で丸くなる姿は、眠っているというより「落ちている」と言った方が正しいような光景だった。
近寄ってみれば浮奇へ身を寄せたKatとCatがこちらを見詰めてくる。まだファルガーに慣れないらしい彼女たちが普段なら一目散に逃げ出しそうな距離なのに、視線を向けるだけで動かずにいるのは浮奇が傍にいるからだろうか。まるで母猫に寄り添う子猫のように見えて、お互い親と離れた身であることを思い出して胸の奥が切なくなる。だが、本人が気に留めていないことを他者がつつくことでもないとすぐに頭を振った。
普段なら眠ければソファに横になるのを知っているだけに体調が悪いのかと思ったが、緩やかに上下する身体と安心しきっている寝顔が穏やかな眠りであることを告げてきて安堵する。浮奇の正面に静かに腰を下ろせば、どこからか聞こえてくる鳴き声に反応した猫たちが浮奇の傍から飛び出して行った。あまりの早さに驚きながら姿を追えばその先にうきにゃが居て、ついに猫にまで気を遣われるようになったのかと苦笑を漏らす。ファルガーが浮奇を膝に乗せて甘い時間を過ごしているのを見て、遊んでいると勘違いして巨体を二人の間に突っ込むドッゴとは大違いだ。けれどペットが飼い主に似るとはよく言うもので、ファルガーだってこうして浮奇と猫たちの時間に首を突っ込んでいるのだから、ドッゴのことを言えた立場でもない。
「…浮奇。」
起こしたいのかそうでないのか自分でも分からなくなりながら掛けた声は、小さく掠れ気味だったのにも関わらずきちんと浮奇に届いたようで、小さく唸るような返事が返ってきた。トントンと優しく背中を叩いて覚醒を促す。
「寝るならベッドに行こう、ここじゃ身体を痛めるぞ。」
「んー、」
「ほら、浮奇。」
目を開ける代わりに伸ばされた浮奇の片腕を肩へと乗せて、少し浮いた背中へ手を入れて抱き起こす。寄り掛かるように凭れてくる浮奇はやはり起きる気はないようで、ファルガーは諦めて浮奇の膝の下へと手を入れて抱き上げた。
「俺がサイボーグでよかったな。」
ベッドへと向かいながらだらりと身を預ける浮奇に多少の皮肉を込めて呟くと、腕の中の身体が小さく震える。笑う余裕があるならと背中に回した腕から一瞬力を抜いてやれば、慌てたようにファルガーの首元へ腕が回されてしがみつかれた。
「冗談だ。大事なベイビーを落とすわけないだろ?」
無言のままで恨めしそうな瞳で睨んでくる浮奇を抱え直して額へキスを贈る。普段なら余計に怒らせるだろうあからさますぎるご機嫌取りも眠気の前には効力を発揮するようで、ふにゃりと笑う浮奇になんとなく物足りなさを感じた。
「ほら、着いたぞ。」
「ありがと…」
寝室についてベッドへ浮奇を下ろせば首元へ回されていた腕がするりと解ける。再び閉じかけている瞳にファルガーを映した浮奇は、すぐに瞼を降ろして寝息を立て始めてしまった。なんとも言えない気持ちを抱えながら穏やかな寝顔を見つめていると、廊下から足音が聞こえてくる。聞き慣れた音はファルガーの傍までやってくると、濡れた鼻先を掌へと押し付けてきた。
「ドッゴ、浮奇が寝てるんだ。静かにな。」
こちらを見上げてくる円らな瞳へ視線をやりながらそう声を掛けた瞬間、ドッゴは前足をベッドに掛けて軽々と乗り上げた。超がつくほどの大型犬である自覚があるわけもないドッゴがお構いなしに浮奇に近づいて、ギシリと沈むベッドに浮奇の眉間に皺がよった。
「こら、降りろ!」
小声で怒りながら床を示すファルガーをよそに、ドッゴは浮奇の傍に腰を降ろした。配信が長時間になっても静かにしていられるほどに普段はいい子なのに、今日に限っては無視を貫くつもりらしい。
「…お前らばっかりずるいだろ。」
自分ではなく猫と寄り添って寝ていたかと思えば中途半端に相手をする浮奇にただでさえ消化不良を起こしているのに、あまつさえドッゴに恋人を取られたファルガーは子供じみた文句を溢す。何の解決にもならないと分かっていながら恨めしい視線をドッゴに送れば、不意に逸らされて浮奇の腹へとその頭を預けるのを見せつけられる。
「…!」
ファルガーは叫び出したいのを押さえつけながら浮奇の足元とドッゴの身体へブランケットを掛け、すやすやと眠る浮奇とその腹を枕に満足そうな顔をするドッゴを写真に納めて、スマホの待ち受け画像に設定する。眉間に皺を寄せたまま極力物音を立てないように乱暴に寝室を出る。
こうなったら犬にも猫にも負けないもので浮奇を振り向かせるしかない。美味しそうな匂いにつられて起きてくるだろう浮奇の胃袋を掴むべく、ファルガーはキッチンへと立った。