「動かないで」
星々が空を彩る時間、眠る前にと本を読んでたファルガーに浮奇が唐突に告げる。寝巻き姿の浮奇は白い脚を晒すショートパンツで、いくらもこもこした素材の冬のパジャマとはいえ風邪を引くのではと心配になる。寝る前は膝掛けやら靴下やらで覆われていても寝る時はそのままなのだから、金属で出来た冷たい脚を触れさせることのないように他の時季よりも早くベッドに入っている、なんて浮奇は知らないだろうけど。
とにかく、ファルガーは持っていた読みかけの本を置いて、浮奇に向かって両手をあげることで降参を示した。満足そうに笑った浮奇は、近づいてきたかと思うと「手を出して」とにこやかに要求を重ねる。抱きしめて欲しいのかと思い伸ばした腕は柔らかな身体を引き寄せることなく、そっと手首を掴まれて両腕を纏められた。視線だけで問い掛ければ笑みを深めた浮奇が、ファルガーの手首をどこから持ってきたのか分からないもこもこ素材の細いベルトのようなもので縛り始めた。
「あー、...浮奇?」
「なぁに?」
疑問を込めて問い掛けた声に優しく疑問を返されて口籠もる。浮奇の声はいつも通り穏やかで、何か怒らせるようなことをした訳ではないらしい。内心でホッとしながら腕の自由を奪う物を確認すれば、浮奇が着ているパジャマとセットになっていたカーディガンのベルトだった。朝から天気が良く洗濯したばかりなせいか、ふわりと柔軟剤の香りがする。ハンガーに掛けてしまうと伸びるからとカーディガンを丁寧に広げて干していたことと、洗う前にベルトは外して別に干してたことを思い返しながら現実逃避をしていると、湯上がりで温まっている上にしっかりとスキンケアされてすべすべした柔らかい身体が膝へと乗り上げるのを感じた。
「...浮奇?」
相変わらず目的の分からない行動にされるがままでいるファルガーの縛られた手首を、浮奇が不意に持ち上げる。ある程度まで上げると、懐に潜り込む猫の如くファルガーの腕の間に浮奇が入り込んできた。近づく距離に戸惑いを隠せずにいると、にっこりと笑った後に細長い人差し指がファルガーの唇へ置かれる。
「ふーふーちゃん、好きだよ」
柔らかく溶けるような、何とも言えない声に言われて、無意識にハッと息を呑んだ。
「好きだよ」
「ふーふーちゃんが好き」
「大好きだよ」
額や頬や鼻先へと雨のように口付けを降らせながら、何度も何度も好きを伝えられる。何か言いたげにファルガーが唇を開けば、瞳を細めた浮奇が再び指先を唇へと乗せる。まるで内緒話をするように囁かれる愛おしさを詰め込んだ言葉たちが、ファルガーの中で幾重にも重なった。
「ふーふーちゃんの優しいところが好き」
「いつもみんなのこと見てくれてるとこが好き」
「優しく見つめてくる瞳が好き」
「すぐに差し伸べてくれる掌が好き」
「ぎゅっと抱きしめてくれる腕が好き」
流れるように注がれる言葉を受け止めながら、ファルガーは何層にも重ねられたパイの気分になった。浮奇の紡ぐ言葉のひとつひとつは決して重く響かないのに、じんわりと包まれた気持ちになっていく。けれど一方で、真ん中で膨らんでいく浮奇への愛おしさと、今更のようにやってきた気恥ずかしさに苛まれた。膝の上で愛おしさに瞳を溶かす浮奇はスキンケアも済んでいい匂いがして下拵えされた料理もいいところなのに、腕を縛られ膝に乗られては手も足も出せないし、そもそも何故こんなに褒められてるのか検討もつかず逃げ出したいのに、浮奇を無理矢理に降ろして逃げだすような選択肢は端から存在しない。
律儀に黙って聞いているファルガーを見つめていた浮奇が、不意に力が抜けたようにふわりと笑った。
「愛してる」
鼓膜を揺らす音とその意味を受け取った瞬間に言葉にできないほどの愛おしさが込み上げて、ファルガーは浮奇をぎゅっと抱きしめた。