びすきゅい 3階建ての西洋の屋敷だ。
警備員の交代の時間を見計らって塀をよじ登り、いい匂いのする青いバラ園に隠れながら広場を横切って、物置の上に立ち二階の引き窓に枝を差し込んで開ける。
窓のすぐそばの天蓋つきベッドに等身大の人形が寝かされていた。
大きい目の金髪の顔が欠けた人形だ、サンダルを窓のサッシに置きっぱなしにし人形を踏んづけて屋敷に降り立つ。
頭がさえる甘いにおい、これがほんとの金持ちの家のにおいかあ。
ふっかふかのカーペットの上を歩いて部屋の鍵をあけスマホのカメラをまわしながら廊下に出る。
間取りは階段の踊り場に飾ってあった。
花の模様の壁紙に大きな絵が飾られていたり、花瓶にドライフラワーが飾られていたり。
厨房に行くとそこらのレストランより立派な構えでフライパンが十個くらいあった。
冷蔵庫の中にはなんにもない…と思ったら薬瓶がいくつか入っていて、どれも封が開いてるけどラベルがなかった。
浴室に行くと水気ひとつない広々とした浴槽と龍の形の蛇口だ、風呂の天井裏をあけるとジャンプより分厚い現金の束が出てきたからポケットにしまう。
トイレは芳香剤が微かに香り便器の中は濡れている、警備員が使ってんのかもしんねえ。
時々屋敷の軋む音が天井や壁から聞こえるからだいぶ古いし、なんだかずっとほこりっぽい、冴えたにおいに紛れてエースの家とあんまり変わらないにおいが漂っていた。
誰もいねえんだな、そりゃそうか別荘だし。
誰かいたってやることは変わらないけどスリルがねえ、中に警備員はひとりもいないから入っちまえば好き勝手遊び放題ってことだ。
それからその日は屋敷内をちょっとふんぞり返って歩き回り、ベッドみてえなソファの上をジャンプしてエースの家に帰った。
控えめに腰をおしつけてヘコつかせてくるエースを押し倒して舌フェラしてやってからまた屋敷に向かった。
ほこりっぽいけど裸足ですべるカーペットがきもちいい。
壁のすみっこはカビが生えてる、誰もいねえ家の冬はこうなるんだ、暖房焚かねえから結露して湿ってそれで。
階段の手すりも黒く傷んで模様が全然見えない。
居間はシャンデリアが飾ってあって、テーブルには上等なテーブルクロスが埃をかぶってる。
丸々一室服と靴とバッグしか置いてない部屋があって、1番高そうなバッグを3つ腕に通し金髪の人形を踏んづけて窓から出た。
雪がまだ積る道路を短パンとサンダルで歩くのはもう慣れた。
ちんこ咥えてもいい…?って言われたからエースの喉奥で抜いてやりまた屋敷に向かった。
最近エースの顔が溶けてる気がする。
一緒に風呂入った後触られ待ちの顔してジャージの裾をもじもじさせてる、やっぱり本気で惚れられちまっためんどくせえ、ワンナイトでころっと落ちる雑魚メスかよ。
めんどくせえけど最近身ぎれいだしおっぱいがふわふわしておっきくて、一緒に寝ると気持ちいいからできれば一緒にいたい。
数日前にもう盗みはしないって宣言したのにこのザマだ、おれだってやめようとおもってるぞ、でも今日で最後だそれでいいだろ?
それよりこの屋敷地下もあるのか。
広々としててワインセラーや飾られたギター、ステージみたいな段差の上にはドラムセットと大きなモニター。
娯楽室みたいなところか、蜘蛛の巣に引っ掛かりながら隣の部屋に入ると三方を壁まである本棚に囲まれている書斎だった。
全然かび臭くない、机の上には埃ひとつなくペンとだいぶ分厚くなったポケットサイズの日記帳が置いてあった。
時間が止まったような屋敷でこの部屋だけはしっかり時間が進んでる感じがする。
耳をすませたまま日記の中を見ると真っ黒だった。
卓上ライトをつけてよく見ると黒い紙じゃなくて、3ミリ前後の大きさのアルファベットが紙のはじからノドの奥までびっしり書かれている。
日記なのか?読み返すことを一切考えずに書かれているってことだけはわかる、最後のページはまでびっちり書かれたそれをそっと閉じて元の位置に戻し、娯楽室からロマネコンティをとって一階から二階の寝室の人形を踏んづけて窓から出た。
2週間くらいそんな毎日を繰り返した。
今日エースを犯したらオナホよりはまあマシくらいな感じで正直はやく盗みに繰り出したかったけど、ものすごく幸せそうな顔をして足を絡めてくるからちょっと申し訳なくなった。
花屋の卸のバイトしてることになってるおれは本当に肩身が狭いから本当に屋敷に来ることはやめたいんだけど、でもおれが盗ってこないとエースの給料じゃとてもとても。
しばらくは盗まなくても食っていけるけどもうちょっと、まだまだあともう一回今日だけ。
そんな考えはやっぱりすぐに消えた。
青いバラ園を突っ切り物置の上に乗り、窓を棒でつっつく。
そういえば毎日窓の鍵が閉まってるから毎日鍵開けをしてるけど、一体誰が戸締りしてるんだろう、警備が強化されてるわけでもなさそうなのに。
窓を開けて足を踏み入れようと部屋の中を見た。
金髪で顔が欠けた人形が起きてる。
ベッドボードに頭と背中をくっつけて、ページが全部ないのにぼろぼろの表紙の本をめくる動作を繰り返していた。
起きて動いてる、手首は球体じゃないし肌はプラスチックでもなかったけど、本と同じ無機物に見える。
毎日踏んづけていたそれが動いてるのをただ目を凝らして見る。
「この世界ってほんとうなのかな」
周りを見渡してもおれしかいない。
手だけじゃなくて人形の髪が少し動いた気がした。
欠けてると思ったとこが月に照らされるとでこぼこした火傷痕で、鼻の先が赤い。
静かな息遣いが聞こえる人形じゃない、こいつ生きてるんだ、生きてて喋った、背を向けて窓から飛び降りようとすると。
「好きなの持ってったらいい」
うしろを振り返ると怒ってないしスマホを取り出してもいない。
裾がすすけた分厚いカーテンが揺れてほこりっぽい。
両膝をサッシについたままじっと見てると、そいつは600年は生きたんじゃないかってくらい疲れ切った笑顔を向けてきた。
「本も花も、他の物もルフィになら。もう抱えきれねえ」
窓から離れ、目を離さないままそいつのそばに腰かける。
人形じゃなかったそいつはからっぽの本に赤と白の花のしおりをはさんで枕の脇に置き、抱きしめようとしてきたなんだこいつ。
両手を布団の中にしまわせて寝かせるとそいつはにこにこしながらベッドの端により片腕を出しぽんぽんと空いた場所を叩いた。
「一緒に寝てほしいって?」
「逆に寝ないのか?いつも夜中にばっかきて。もう遅いし寒いだろ、短パンにサンダルなんてだめだ泊ってけよ」
初対面で、しかも泥棒に添い寝させたがるとかおかしいきっと変なやつだ。
「おれのこと知ってたのか」
「世界で知らねえ奴いないだろ、会えてうれしい」
「んん?ルパンほどの犯罪者じゃ」
「おれのルフィ。生きてるなんて…なあエースは?生きてる?もう会ったのか?」
「なんでエースを知ってんだ?」
「兄弟だからだろ変なこと言うなよ」
「兄弟?おまえとエースが?」
「お前じゃなくてサボだよ。おれもエースもルフィのにいちゃんだろ」
「んんん?」
体をゆっくり起こしてまた抱きしめようとしてきたからグーで顔面殴ったらえへ♡と拳を舐められた。
こんな気色悪いやつ知らねえけど、エースの兄弟…には見えねえや、根っこから金髪だしキモいし、エースの知り合いか?こんなのが?絶対あわせちゃダメだろ。
懲りずに手を伸ばしてくるから布団でぐるぐる巻きにして天蓋カーテンをまとめる紐で縛って上に乗る、意外とでけえやつだ。
「おまえ気持ち悪いやつだな」
「2人にだけだよ♡本当に会えて嬉しい…もう無理だと思ってたんだ。何回やったってもう、ああ…ブルームーンの匂いがする、ようやく冬が明けるんだ」
「ブルームーン?」
「庭にあるバラ」
うっとりした顔でボロボロ涙を流しながら笑ってる。
なんでおれらのことを知っているのかは全くわからないけど、このサボってやつはきっと気をやられちまってんだ。
病気の療治のためとかの理由でこんな山奥の片田舎に隔離されてるんだろうな。
その永遠を体験したかのような顔を見ると無性にかわいそうで苦しくなり、自然と土下座するように額に口付けた。
した瞬間後悔すると同時にぶち!と縛ってた紐が解かれ、布団の中から這い出たそいつ…サボはおれを抱きしめる。
「もう逃さねえ。今度こそ3人で、ちゃんと…」
ぶつぶつ呟いてねっとり太ももを這う手はやさしくて、毎朝エースがするみたいにキスをしようとしてきたからほっぺを掴んでひっぺがした。
おれが強盗だとかミリも考えてなさそう、エースもそうだけど年上のやつってのはちょっとキスしてやりゃすぐ人を好きになってなんでも言うこと聞くのか。
試しにメシ食いてえと言うとサボはベッドから降り、タンスから堅焼きワッフルと青いチョコを出して丸テーブルに置いた。
席についてチョコを一個とると、サボはにこにこ泣きながら鉄みたいに硬いワッフルをバリバリ食い出した。
その日がおれとサボのはじめての深夜の茶会だった。