えんどれすくルーザー お見舞いのぶどうを食べた、小さくてすっぱいぶどうだ栄養足りてねえから食ってんだって気がするぶどう。口の中がひっぱられる。実家にいたときに食べたぶどうはひとつぶひとつぶが手のひらいっぱいの大きさの甘ったるい粒だった。それを思い出したのはエースのせいだ、おれのぶどうはふたつ。思い出させるだけ思い出させてとっとと死んじまいやがって。
小さなテレビの画面を消し、冷蔵庫を開ける。とうめいのプラスチックのカップの中に炭酸といっしょにうかべてみる。弾けるぶどう。毎日があわ。あわ。消えるおれの記憶は歯切れよく消えきる。
おれは誰の記憶の中にどんな顔して居座ってたんだろう、ひとのよさそうな笑顔はたくさんしたけど苦手だった。死ぬかもしれない。死にたくない。開きっぱなしの冷蔵庫の中のひかりが点滅した。消えたら死ぬ。かもね。死んだらいいかもね。死んだら次もサボだ。おれだけが繰り返す。ルフィもエースもいないのに苦しいのも辛いのも痛いのも寒いのも。ぶどうの皮が弾ける。おれの左の皮はいつも裂ける。どこにだっていけるのにどこにもいけない。備え付けの冷蔵庫を閉めて点滴を外し、ベッドに腰かける。
「あれもそれもサボが悪いんじゃないからな」ってルフィは言ったけど、悪いとか正しいとかそんなのはどうだっていいんだ。誰が許さなくたってただ三人で一緒にいたい。鍵のついた棚からポピーの燻したものを出しにおいを吸う。すこし記憶が蘇る。大粒のぶどうの記憶。愛かもしれないってすがりたくなる甘さの暴力。時をさかのぼるためのくすりだ。酒や脳の病気で頭を壊さなくても、遺伝子に刻み込まれたドアをゆるやかにこじ開けるカギだ。ようやく完成した。作り方は残した。おれの家族が継ぐはずだ。もう終わる。今世のおれはもう明日が来ない。ぶどういりの炭酸を飲もうとしてこぼしてしまった。
会いたい。生きたエースとルフィに会いたい。死んでからもおれはおれのまままた生きていく。誰に知られなくたっておれがいるんだからおまえらも生まれてるはずなんだ。でも、ほんとうはおれ誰なんだろう。
ぶどうまみれの園。
認知症なんて言葉が存在しない時代の新月。
四人部屋の病室で誰にも看取られず、老人は静かに眠った。