頭痛が混ざる。
ピンクと水色のグリッターに沈んだ部屋だ。
からだを起こすと大きなケーキがあった。
甘い匂いとおんなくさい、鉄はおんなの股のにおいだ。
腹が減ったからばりばりばりと伸びない腕を伸ばして掴む。
生暖かいケーキを両手でぎゅうっと潰して齧りついた。
瞬間スパンコールの極彩色が弾け飛び、頭の後ろが冷たくなった。
「起きたかよ寝坊助」
鼓膜に何かへばりついたみたいに音がくもってる。
灰色の天井の小さなシャンデリアからほこりがちらちら落ちてきて、ああおれはのけぞって頭を打ったんだ。
目を擦ってまたからだを起こすとエースが不機嫌な顔でおれを見ていた。
「こんなことしといてよく眠れるよな」
「エースなんでサボの家にいんだ」
エースは舌打ちをしてそっぽを向いた。
もういちど目を擦ろうとすると自分の手が茶色いことに気づいた。
気持ちいい部屋着の下のからだがぱりぱりと茶色い、外から雨の降る音と湿っぽい匂いがする。
エースとおれを隔てるように大きな段ボールがふたつ。
弱々しく射す朝日で明るい室内、はじめてみたカーペットはなんとも言えない柄と色をしていた。
持ってきた記憶の無いおれのチョッパーの帽子が転がっている。
おれどうしてサボの家で寝ちまったんだろう。
段ボールをまたいでエースのとなりにぴったり寄り添って座った。
「おれは許さねえからな」エースは段ボールを叩いた。
「悪かったよエース。おれもここで寝ちまう予定じゃなかったんだ、帰らねえですまねえ」手を伸ばすとはたき落とされた。
「帰ったって何も変わんねえ。ルフィはもうやっちまったんだ」
「ああ?サボとはヤってねーよ」
「言い訳なんざ聞きたくねえ…っ」
またメンヘラモードか。
耳とほっぺと唇に触れるだけのキスをしてやると抱きついてきて何かを言いたげに唇をふるふると震わせた。
頭を掻いてあくびをすると廊下からどたどたとサボがきておれらに突進してきた。
太陽より暑苦しい笑顔のサボは洗濯したばかりのおれとエースの服を差し出して笑ってる。
「おはようルフィ、エース♡ふたりが動いて喋ってるのがいまだに信じらんねえよ」
「なんで服洗ってくれたんだ?」
エースはおれを強く抱きしめ、サボは不思議そうな顔をした。
ふたりがおれの目をややしばらく覗き込む。
「なんだよ」
エースは唇を噛み、サボはおれの頭をなでながらまた笑った。
「…お泊りだったから洗っちまった。柔軟剤ちょっとくせえかな」
「いや別にこだわりねえけど」
「よかった♡シャワー室あっためてるからエースと浴びておいで。場所はわかるよな」
もう帰るし家で浴びるよと言おうとしたらエースに抱き上げられた。
そしておれは有無を言わされず温泉くらいでかい風呂に一緒にエースと一緒に入った。
乳白色の風呂の中で執拗に指で全身を撫でられ茶色いものを落とされる。
「これなんなんだ?」
「ココアこびりついたんじゃねえの」
「あーかもな。サボ元気だし。甘いの好きだし」
「そう」
エースの声はずっと震えてる。
ときどき抱きしめてきて何度もキスしてくるからうざったい。
頭を洗い、ちょっと勃ったからエースの喉で抜いてから上がった。
髪を乾かし服を着て、ポケットの中のスマホを確認すると、見覚えのないアカウントから「食堂で待ってるよ愛しい兄弟サボより」と気持ちの悪いLINEが入っていて履歴削除をした。
おれが喉使ってる間自分でしごいて精子を出し、惚けっぱなしになってたエースの頭を叩いて服を着せ食堂に向かった。
一階におり、廊下に飾られたある大きな写真の前でエースは止まった。
服の裾をひっぱってもエースは動かない、おい、と声かけるとエースはサボのそばに並んでる女と男を指さした。
「ルフィはこいつら会ったことあるか」
「ねえけど」
いつも夜に歩いてたからあんまり見えてなかったけど、これサボの親か?随分肥えた男とガリガリの女だ、ザ金持ちって感じ。
エースは熱い手を絡ませて心底嬉しそうに歯ぎしりした。
「どうしたんだ?」
「どうもしねえ。どうしようもねえなあ」
おれの手を握って祈るように言った。
「おれたち兄弟だからな」
「はあ?」
「ルフィが言ったんだろ。おれたち兄弟だって、兄弟だから守ってやるって。おれもそうする」
変な顔。
おれのどれだけ洗っても落としきれなかった爪の間の茶色い汚れにエースはキスした。
食堂にいくとサボがにこにこしながら新聞を読んでいた。
長いテーブルにはかたいパンと黒いジャムと何かの内臓潰した生臭いテリーヌ、エッグスタンドに殻の割れたどろどろの卵があった。
エースは通夜みたいな顔してパンだけ食べた。
「サボこの卵にかかってんのなんだ?」
「目しぼったやつ」
「目?なんの?」
「メス」
だからなんの?
当たり前の顔してサボが食ってるからおれも卵をパンに乗せて食べた。
「こういうのがフレンチとかイタリアンなのか?」
「まあね。おいしい?」
「かてえかな。いっぱい噛まねえと」
サボが優しく笑うとエースは手拭きを握りながらつぶやいた。
「何個悪いこと重ねりゃいいんだ」
「何個だってしたらいいんだよまた三人で」
エースが顔に手拭きを投げつけてもサボは笑ってる。
「エースは忘れちまったかな。いきものって内臓と目玉が最初に腐るんだ。臭いがえぐくなるから絶対にバレる。食っちまおう。オスとメス。何日かに分けりゃ食い切れる。少しでもルフィのためにって工夫してんだぞ」
「おれのため?サボ、これうちにおすそわけしてんのか?」
「そうだよ。ふたりが寝てる間に作ったんだ」
「すっげー。おれら豚汁ばっか食ってたからありがてえ。なあエース」
かごからパンをとりテリーヌを塗ったくって目の前に置いてやるとエースは涙目でパンを手に取り、ごめんなさいとつぶやいておれとサボよりたくさん食べた。
食べてすぐにトイレに向かったエースを尻目に、サボはおれを手招きした。
「ごめんねルフィ、後片付け頼んでいいかな。おれ準備してくるよ」
「なんの?」
「引っ越しの準備。おれら三人で暮らすんだ。この街よりもっと田舎におれのマンションがあるからそこで。エースもいいって言ってくた」
「んん?なんでだ?」
「ずっとかび臭い家で生きるのはいやだ。今から車のって、エースの家に荷物取りに行くから」
「おお…」
「お金のことは心配しないで。ルフィももう盗みは卒業。わかった?」
なんだおまえ口うるせえ嫁か?おれの知らないとこでふたりが仲良くなってる。
サボに頭をなでまわされ、とりあえず食器を流しに下げ洗う。
引っ越し…行く当てもねえしおれもふたりにくっついていくことになるんだろうけど。
もうこの屋敷に来ることもねえのか、そう思うと地下室が気になった。
最後にあのワインいっぽんくらい盗もうか、ついでに書き込みすぎてはしからはしまで真っ黒な日記も…
何枚か割ってしまったけど食器を拭いて適当に並べてるとエースがぐったりして戻ってきた。
「サボは」
「準備してくるって」
「……ああ。運ぶんだろうな」
「なあほんとにサボと暮らすのか?」
「ほんともなにも、おまえらが…いや、うん…おれら三人で暮らそうってことになった。急ですまねえな」
「いいけどよおれも居候だし。友達出来てよかったなエース、サボがいたら金に困んねえ」
「そうだな」
蒼白な顔をしてエースは笑った。
指に歯型が滲んでる、そんなにあのメシまずかったか?
コップに水道水を入れて渡すと一気に飲み干しまた笑った。
エースに連れられ玄関に行くとサボが高そうな黒塗りの車に軽々とでかい段ボールを積み込んでいた、案外軽い荷物なのかもしれない。
ふたりに手を引かれ車に乗り込み、おれたちは屋敷を後にした。