サボって誰だよ エースに捕まって屋敷の正門まで引きずられ、警備員に突き出された。
「このネックレス落ちてたから拾って届けに来たんだ」
「ちげーだろがちゃんと謝れ」
「痛え!い、今さっき盗んじまって…もうしねえから警察には」
「そう、この通り反省させるから頼むよ、見りゃわかるだろこいつまだ未成年でなんもわかってねえんだ、今回が初めてで」
エースに頭踏まれて土下座させられながらポケットから赤い数珠みたいなネックレスを出すと警備員2人は顔を見合わせたあとおれらを上から下まで眺める。
そしてひとりが身を屈め、ひとりがどこかに電話した。
「ぼく、坊ちゃんのご友人ですよね。毎日裏のバラ園を抜けて窓からいらっしゃってる」
「ああ?」
「あっそうそう友達なんだ、最近夜一緒に遊んでて…」
バレてたのかよ、いやそうだよなバレるよな、何週間もサボの腹踏んづけて侵入してたからな。
エースの足から逃れると電話してたもうひとりがおれに向き直った。
「坊ちゃんが、ネックレスはあげたとおっしゃってますが」
「そう、ももももらったんだ」
「ここ人住んでんのか」
「おれの友達が住んでんだぞにしししっ、いやすまねえな騒がせちまって。サボに今日も行くからなって言っといてくれ。頑張れよふたりとも」
警備員はふたりとも恭しくお辞儀をした。
へらへら笑いながら複雑な顔したエースと手を繋いで家に帰る。
太陽が真正面から照らしてきて眩しい、家につき居間に寝っ転がった瞬間がばっと抱きしめられて謝られた。
「すまねえ疑っちまった」
「おれが盗みなんてすすするわけねえだろひゃひゃひゃ、それよりエース、バイトは」
「クビになった。帰り道ルフィが人んちの屋根からお菓子抱えて出てきたの見たから、そのままつけてた」
「ああ…」
「また仕事探さねえと…」
「もうなんもしねえほうがいいんじゃねえか」
「おれが稼がなかったらルフィはどうなるんだよ」
「おれはどうにでもなるっつうか…」
どうにもならねえのわかりきってるから、どうとでも生きていけるというか。
やめるやめる詐欺でさすがに申し訳なさはあるんだけど一向にやめれる気がしない、せめてもの償いで盗んだ赤いネックレスを出しエースの首にかけた。
エースはそれを瞬きもせず、数珠みたいな玉をつまんで角度を変えて眺める。
開ききってない目の奥に小さく鬼火が宿るのが見える、窓から差す朝日がネックレスに反射して赤い光のせいで一瞬血を吐いてるみたいだった。
握って開いて何度か繰り返しながら無言でじっと見つめてる頭にあごを乗せて抱きつくと、はっと息を飲むのが聞こえた。
「きれいだろ。似合ってる似合ってる」
「なんでおれに」
「世話になってるし、サボもよろしくって言ってたし」
「サボって、あの屋敷に住んでるやつ?」
顔を見ると眉間にしわを寄せておれの服をぐいぐい引っ張ってちゅーしてくる。
「エースの兄弟って言ってたけど知ってるか」
「知らねえ。兄弟はいねえし親もいねえ」
「友達もいねえもんなあ」
「うるせえ。今日バイトねえのか?バイトねえ日はいつもそのサボとかいうやつのとこに行くのか」
「おお、まあ…いやーそれより腹減ったな!な?」
なんか湿っぽい空気に耐えきれず腕から抜け出そうとするとしっかり抱きかかえられて熱いほっぺをくっつけられる。
足が絡みついてくる前に立ち上がってエースをくっつけたまま冷蔵庫を開けた。
ぺらっと置かれた20%引きの豚バラ肉がひとつ、もやしがひとつ、大きい豆腐の半分がラップぐるぐる巻きになってひとつ。
エースの作るメシが豚汁なのかどうかは置いといて、ここ最近ずっとこれしか冷蔵庫にねえ。
「しょーがねえな今作ってやる」
「おう…なあ、たまにはほかのもん食わねえ?おれ金あるからハセストとか」
「なんでだよ豚汁好きっつったろ」
記憶にねえなんて言ったら怒るかな。
食材盗んで冷蔵庫いれとくとおれが買ってくるからって言うからメシ任せてるのに。
エースは色の剥げたお椀を出し、そこに肉ともやしと豆腐を手でちぎっていれ、水道から水をじゃっと入れてつまみをひねる古い電子レンジに入れた。
3分して電子レンジから出すと砕け散った豆腐ともやしがお椀から飛び出てて、ちぢれてがちがちに固まった肉にフォークを突き刺して台所のテーブルに強く置いた。
「おら食え」
「エースなんか怒ってるか?」
「怒ってねーしっ」
即席3分豚汁にマヨネーズをぶちゅっと出された、汁もんにマヨネーズはダメだ怒ってる。
マヨネーズを冷蔵庫に投げいれバンッ!とドアを閉めたしやっぱりなんか怒ってる、フォークでかき混ぜお湯の中でかすかすに分離させながらエースの顔を伺うと下唇をぎゅううっと噛んでいた。
「どうしたんだよエース」
「うううう」
「唸るんじゃねえちゃんと言えって」
「どーせおれは金もねーしメシもショボいもんしか出せねーし」
「お、おお…」
「仕事クビになったし頭悪ぃしルフィのこと信じてやれなかったし家になんもねえしたまたま肉まん食わせてやっただけで全然ルフィのためになんにもできてねえしおれなんかと一緒にいたって楽しくねえだろうし、い、行きたかったらその金持ちのやつのとこ行っちまえば」
静かに喉仏を上下させて震えるエースにおれはフォークをかじりながら頭を抱えた。
決しておしゃれに破れたわけじゃないダメージジーンズに手を擦りながら友達に友達とられた小学生みたいなこと言ってる。
立派なメンヘラに育ったエース、いったい誰がこんな風にしちまったんだ、おれだ。
マヨネーズ味の豚汁を胃に流し込み両手を握った。
「エースはもうおれのこと助けてくれねえのか?」
「うっ」
「おれはエースがいいんだぞ。おれのこと大事に思ってくれるエースが」
ニカっと笑いかけると泣き出しそうだったエースの顔が和らいで指と指が絡まりあった。
めんどくせえけど捨てるのはもっとめんどくさそうなエースを抱き寄せて、どこかで聞いたような愛とか恋とか嘘臭い言葉を耳もとで喋り続け、太陽が真上にのぼるころに一緒に抱き合って眠った。