シチューの味 和やかに会話が弾む。いつものように連れてきた彼に会った途端「お話したいです」とセラが言ったため急遽始まったおしゃべり会。会話に加わることなく、僕はただその様子を少し遠くから椅子に座ってぼんやりと眺めていた。
「グレミオさんってどんな方だったのですか?」
セラの質問に彼は少し苦笑いをしたものの、遠くを見つめながらポツリポツリと話を始めた。幼い頃から自分を守ってくれてたこと。クレオさんに頭が上がらなかったこと。父親であるテオに一緒に怒られたこと。ツケを溜めすぎて借金取りに追われたこと。監獄でのこと。
「でもね、やっぱり一番の思い出は彼が作ってくれたご飯が美味しかったことかな。特にシチューは絶品だったよ」
最後にそう言ってふにゃりと笑った。
「また……食べたいな……」
そうポツリとつぶやいた声に思わず「じゃあ自分で作ってみたら?」と少し険のある言い方をしてしまったのは何故なのか。少しモヤモヤした気持ちを抱えた僕と逆に、彼は晴れやかな顔で「そうだね!ルック台所借りるね!」と素直に行動を始める。そんな彼の様子が心配になったのかセラが「お手伝いします!」と後をパタパタと追いかけていった。
一人部屋に残された僕は、台所の様子が少し気になったものの、セラも一緒だから大丈夫だろうと思いため息をつきながら再び椅子に深く腰掛けた。
しばらく経って、両手にお皿を持った彼と一枚のお皿を大事に抱えたセラが帰ってきた。「一緒に食べよう」と差し出されたお皿の中身をじっと見る。特に変わった見た目はしていない。入っているものもここにある材料を使っているため僕が作るものと同じだ。ふうんと思いながら彼らが作ったシチューを口へと運び出た言葉は「まずい」の一言だった。
「びっくりするぐらいまずいんだけど?」
「だよね……でもルックにも食べて欲しかったんだ」
「なにそれ?何の嫌がらせ?」
「……ルックが初めてシチューを作ってくれた時のこと思い出してさ……。あの時ルックも苦戦しながら作ってくれたのかなと思ったら、グレミオの味を再現することよりルックに食べて欲しい気持ちが強くなっちゃって……うまくいかなかったけど持ってきちゃったんだ」
小さく「ごめんね」と呟いて困ったように笑う。セラはその隣で申し訳なさそうな顔をしていた。二人の顔を見て怒る気も失せてしまった僕は二口目を口へと運ぶ。
「無理して食べなくていいから!」
そう焦る彼を一瞥し
「食べ物を粗末にしないでくれる?ちゃんと自分の分は食べ終わってよ。セラもだよ?」
そう告げ、僕はまずいシチューをひたすら口へと運ぶ。その様子を見ていた二人はお互い顔を見合わせた後、慌てて自らの皿のスープを食べ始める。
お互い声を発することなく黙々と食べ続け、しばらくして3つの皿はすべて空となった。
「まずいシチューしか食べてないから食べた気がしないんだけど」
各々食べた皿を片付けながらそうぼやく僕と苦笑いする2人。食べ物をひたすら口に運び飲み込むという行為ではちっとも満足感なんて得られないことがよくわかった。
だから二人の顔を見ながらこう言った。
「しょうがないから今度は僕が作ってくるよ。ちゃんとしたご飯をね!食べたいものは何かある?」
僕をキョトンと見ていた二人は再び顔を見合わせた後、笑顔になって答えた。
「「シチュー!!」」